手技91:ベテラン救急隊員が伝承したい経験と知識(6)車両と器具の操作

 
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手技91:救急隊員を目指す初任科生へ

第6回
車両と器具の操作

今月の先輩プロフィール

川向隆博
(かわむかいたかひろ)
29歳

網走地区消防組合大空消防署
北海道北広島市出身
平成10年 消防士拝命
趣味は、映画・音楽鑑賞、レース観戦


「救急隊員を目指す初任科生へ〜ベテラン救急隊員が伝承したい経験と知識」

シリーズ構成

亀山洋児(猿払)


はじめに

第6回目となる今月は、これから機関員になる方のための「車両と器具の操作」について説明します。現在、国内を走っている救急車は、ワゴン車を改造した救急車と2tトラックをベースに作った救急車が主流で、運用方法や積載している資器材の違いで「高規格救急車」と「IIB(ツービー)救急車」などに分けられます

車種 特徴 乗ってみた感じ
トヨタIIB 扱いやすいエンジンパワーで、ベース車両が安価。手洗い器などを積載して高規格救急車として運用している署所がある 患者室は狭く、圧迫感を感じる。
運転した感じは、ホイールベースが長く小回りが全く効かないので慣れが必要。
トヨタ高規格 ハイメディック 上のIIBとベースは同じだが、患者室の長さが20cm長くなっている。その分、4WSを装備しているので、IIB車両より小回りが効く。 IIB車両より全長は長いが、4WSのお陰で小回りが効くので、狭い道も比較的楽に運転できる。患者室は縦方向にゆとりがあり、割と広い。
トヨタ高規格 新ハイメディック 新型ハイエースがベースで、乗用車タイプの救急車では患者室が一番広い。右側のスライドドアを開けると救助ツールがある。酸素ボンベの交換はここを開けて交換する。 車重が増えた上、従来型よりエンジンが小さくなりパワーが抑えられたため、坂道では非力さを感じる。患者室は従来型より広くなり、処置が行いやすくなった。

日産高規格 パラメディック
救急車の中で一番エンジンパワーがあり、坂道でも楽に運転できる。新しいハイメディックに次いで、患者室が広い。 患者室が横方向に飛び出している車両で、バックする時にドアミラーや目視で後方確認するには慣れが必要。エンジンパワーは一番あるが、燃費は悪い。
三菱高規格 トライハート 札幌ボデー工業(株)と札幌市消防局が共同開発した車両で、「札消式救急車」とも呼ばれる。現在国内で販売されている唯一のトラックベース救急車で患者室は一番広い。 床面が高くメインストレッチャーは自動巻上げ式になっている。雪の吹き溜まりも高さがあり、ある程度は問題なく通れるが、車高が高い分、横揺れが大きい。

機関員の役割

機関員の主な役割は、傷病者を病院などへ搬送するために「救急車を運転すること」と「現場での処置や観察の補助」です。

救急車は普通車のように免許があれば運転できる訳ではなく、一般的に普通自動車免許を取得してから2年以上運転経験があればよいとされていて、基本的には消防学校や各消防署などで訓練を実施すると思います。

機関員は救急車を運転するだけではなく、一般的な整備もできなくてはなりません。毎朝の点検時に各灯火類、タイヤなどをチェックして外観がひどく汚れているようであれば洗車しましょう。

では次に、機関員の役割を場面ごとに区切って解説していきます。

1.覚知から出動

通報を受理したら、場所を確認しましょう。当たり前のことですが大切です。

都市部などでは通信指令員からの地図誘導があって、場所を確認しながら現場へ向かうことができますが、私が勤務するような地方では、「○○地区の△△さんの家だ」で分かってしまいます。消防に入ってすぐの頃は、上司や先輩方から「家を覚えろ」と言われましたので、非番や週休の日に自分の車で走って調べたものです。

 場所を確認したら、いよいよ出動ですが、まずは感染防止衣を着ましょう。(写真6)ゴーグルやマスクは運転の妨げになることがあるので、現場に到着したらすぐに感染防止が行えるよう、ポケットの中に手袋と一緒に忍ばせておくと良いかもしれません。

 出動するときは、車輪止めを外すのを忘れないでください。(写真7)夜中や早朝のような起きがけの出動の時に、外すのを忘れて何度か乗り上げたことがありました。

2.出動から現場到着まで

出動したら、隊員間で通報内容の確認や現場へ持って行く資器材を確認して、情報の共有化を図りましょう。また、現場に着いたら誰がどんな活動をするのかを確認しておくと隊員各々が動きやすいと思います。

3.現場到着から傷病者接触

 現場へ到着したら、感染防止を再確認して(写真8)、搬送資器材の準備に入ります。

 メインストレッチャーは、ロックを外したらレバーをしっかりと握って操作しましょう。(写真9)レバーをしっかりと握らなければストレッチャーの足が下がりません。

 ストレッチャーの足がしっかりと下りていることを確認したら、車輪のロックを必ずかけてください。(写真10)ストレッチャーが勝手に動き出して、救急車や他のものにぶつかります。

そして、救急車から離れるときは、必ず全てのドアを閉めましょう。夜は虫が入ってしまい、冬は車内が一気に冷えてしまうので、保温効果がなくなります。

以前、夏の夜8時過ぎに呼吸苦を訴える傷病者のところへ出動したとき、傷病者の家の前にあった樹にスズメバチの巣があって、10匹ほど救急車の中に入ってしまい、スズメバチを追い出すのに5分以上かかった経験があります。

 メインストレッチャーを準備したら、バックボード(写真11)や
布担架(写真12)、
スクープストレッチャー(写真13)などの搬送資器材を持って、いざ傷病者のもとへ……。

4.現場活動


現場では、隊長と隊員が観察や処置をしているので、積極的にサポートしてください。

また、隊長や隊員がまだ状況聴取をしていないときは、機関員が状況聴取をします。

 基本は、4W1H(When=いつ・Who=誰が・Where=どこで・Why(What)=なぜ、何をしてHow=どうなった)です。これに加えて、既往症や現病・かかりつけも確認します。これらの情報は、傷病者の疾患や状態を限定(特定)したり、搬送先を決定したりするためにとても大切な情報になります。また、隊長や隊員が聴取した内容や観察した結果を観察表に記載するのも機関員の仕事です。(写真14)

特に、交通事故や労働災害などの外傷を伴う現場では、救助要請の連絡や警察官の現場要請、通信指令員への状況報告などをしなければならず、急に忙しくなります。この場合は、見たままの状況(事故概要と傷病者の人数、救急隊の増隊や救助隊の応援要請、警察官の要請など)を簡潔に慌てず報告しましょう。

5.車内収容から現場出発

現場での観察や処置が終わると、車内収容です。

このとき、傷病者はバックボードなどの搬送資器材に乗せ、転落防止や固定用のベルトをして救急車内へ向かいますが、現場へ持ち込んだ荷物は、家族や関係者に協力してもらって車内まで運んでもらうと、隊員の負担が少なくなります。あまり重たい荷物はお願いできませんが、
吸引器(写真15)などの重たくないものであれば
関係者などに積極的にお願いして運んでもらいましょう。(写真16)

屋外へ傷病者を搬出したら、メインストレッチャーへ傷病者を乗せて持ち上げます。

 このとき、無理に腕力を使ったり、下手な姿勢で無理矢理持ち上げようとすると、簡単に腰を痛めてしまいます。持ち上げるときは相撲の蹲踞(そんきょ)の姿勢(写真17)をとって、背筋を伸ばして、できるだけ腕は曲げず、主に足の力を意識して立ち上がるようにすると、負担をかけずに持ち上げることができます。

 最近主流のエクスチェンジタイプのメインストレッチャー(写真18)は、それだけで25キロ以上の重さがありますので、ここに体重60キロの傷病者が乗ると、85キロの重さになってしまいます。

これがしっかりできなければ、体重100キロの人は運べません。持ち上げられたとしても腰を痛めてしまいます。救急隊員は腰痛持ちが多いと言われていますが、実はこういったことが原因かもしれません。

 車内収容したら、酸素の切り替えやモニター装着などをして運転席に乗り込み、現場出発です。(写真19)

6.病院到着まで

機関員は現場を出発したら、ひたすら車両の揺れに気をつけて運転します。
特にクモ膜下出血の(疑いも含めた)傷病者を搬送しているときは、揺れに細心の注意を払って運転します。クモ膜下出血の原因となる動脈瘤が再破裂を起こすと、心肺停止となって、統計では40%から50%が死亡すると昔の救命士のテキストに書いてあります。

また、バイク事故などによる四肢の多発骨折の傷病者で、意識はしっかりしているけれども、救急車の揺れで、「痛い、痛い」と叫んでいる傷病者を搬送したときは、病院まで30キロもある道程の半分を時速20キロから30キロで走行したこともありました。

私が機関員として出動し始めた頃、急激なアクセルやブレーキ操作、荒いハンドル操作でよく怒られました。道路の段差やマンホールの段差でさえ、ルームミラー越しに隊長から睨まれたこともありました。どうしても揺れてしまうようなときは、後ろに向かって一言「揺れます。」と声をかけましょう。それでも「揺らすな。」と怒られたこともありました。

機関員は、一早く病院へ到着すること(スピードを出すこと)と、車両の揺れを最小限に抑えて安静に病院へ行くこと(スピードを出さないこと)の両方が傷病者の状態によって求められます。「速度を上げると車内が揺れる」というジレンマに対し、傷病者の状況から速度を優先するべきか、時間がかかってでも安静に連れて行くべきかを判断しなくてはなりません。隊長に傷病者の状況を確認する事が大切です。

7.病院到着後

 傷病者を処置室へ搬送したら、機関員は、ストレッチャーを救急車へ戻し、次の出動に備えて片づけをします。血液や体液などで汚染がひどくなっているような資器材は、ビニール袋などに入れて感染しないようにしておきます。(写真20)

8.帰署後

 車両の整備をします。使用した資器材の清掃や消耗品の補充(写真21)など、帰署した時から次の出動が始まっているという心構えで万全の準備をします。また、特に汚れがひどければ洗車もしましょう。

ここまでが、一通りの救急活動の流れです。

ひとえに機関員は「傷病者を病院などへ搬送する」のが仕事といっても、同じ道をいつも同じように通れるとは限りません。同じ現場に行くための何通りかのルートを知っておくことが大切です。休みの日などに普段何気なく通る道を色々と調べてみると、片側交互通行をしているような工事をしていたり、同じ目的地へ行くのにいつもとは違う道を通ったりすると、意外と何か発見できるものです。

また、機関員は車両を維持・管理するという役割も担っています。出動や搬送途中の故障は絶対に避けなければなりません。

私は先輩や上司に運転技術はもとより、一般的な整備(エンジンオイルの点検方法やバッテリー液の比重測定など)もしっかりと教えていただきました。それが今の自分の根幹になっていて、自分の中でどんな状態が正常なのかを知っておくと、いち早く故障に気付くことができます。

故障する前に「おかしい。」と思うような箇所は、車検時の整備内容に盛り込んでもらい、故障しないための整備を心がけて維持管理をしてきたことで、大きな故障や出動不能になるような事態なく今日に至りました。

私は消防士を拝命して9年が経ち、今では後輩の機関員訓練の指導につくこともありますが、「機関員の運転は、傷病者と家族、また救急隊全員の命も背負って運転しなければならない。」ということを後輩に話しをしました。事故に遭った時は、ハンドルを握っていた機関員が責任をとらなければなりません。

救急車や消防車は特に交通事故に気をつけなければなりません。

最近は救急を取り巻く環境が変化していて、心肺停止の傷病者や外傷に対する処置が標準化され、機関員も積極的に処置に参加するようになりました。

薬剤投与・気管挿管・除細動のプロトコルやJPTECなどは、機関員が動けなければどの活動も流れがストップしてしまいます。機関員の仕事はとても地味で、言わば、「縁の下の力持ち」ですが、機関員の仕事なくして救急活動は成り立ちません。

機関員になる前にしっかりと訓練を積んで、道を覚えて、運転技術もさることながら、整備もできて、危険予測がしっかりとできる機関員を目指して頑張ってください。


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07.12.8/10:29 AM

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