手技110:One Step Up 救急活動(第10回) 救急現場におけるPTSD対策

 
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基本手技

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One Step Up 救急活動

第10回

救急現場におけるPTSD対策

Lecturer Profile of This Month

氏名 福島 正也
読み フクシマ マサヤ
所属 苫小牧市消防署

年齢 48歳
出身 北海道伊達市出身

趣味
映画館巡り
アイスホッケー
BLS


シリーズ構成

若松淳(わかまつ まこと)

胆振東部消防組合消防署追分出張所


「救急現場におけるPTSD対策」

心のデトックス:コーピング能力を養おう

速やかな対応があなたを守る

昼夜の分け隔てなく重圧のかかる災害出動に際し献身的な活動で市民の安全を守っている消防職員の皆さんに心から敬意を表します。

さて、悲惨な現場に赴き落胆したり、打ちひしがれたり、落ち込んだことはありませんか。実は、皆さんが日ごろ行っているある事で、その悩みを軽減できるかもしれません。



大破した事故車両からの救出
SImulation of a Terrible Accident

事例をもとにシミュレートしてみましょう。

図1
出場時にかかるストレス
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救急救助出場:「○○市郊外の国道にて乗用車と大型貨物車の衝突事故乗用車の1名は意識がない模様、以下詳細不明。」との指令に、活動方針をたてながら現場に赴きます(図1)。

写真1
大破した事故車両からの救出

現場到着後、要救助者の評価、CPA、衆人環視のなかマスコミも到着し救出活動を行いますが困難を極めます(写真1)。足場も悪く二次災害危険防止にも気を配らなければなりません。天候が悪くヘリは使えず自走で医療機関への搬送を選択しました。

写真2
「今日の現場凄かったですね」

写真3
「ひどかったなぁ、心が痛むよ」

救助隊による救出後CPRを実施しながら病院へ搬入。病院から引き上げる救急車の中で、隊員同士が言葉を交わします(写真2,3)。いつもの活動の振り返りですが、実はここにヒントがあります。



惨事ストレスの概要
Definition and Treatment for Critical Incident Stress

図2 速やかなデフュージングと効果
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皆さんが普段行っている活動後の振り返りでのコミュニケーションが、心に負った傷(トラウマ)のFirst Aidに繋がります。現場で起きたこと、思ったり、感じたことを自由に話し合うこと(デフュージング)が心の傷に貼る絆創膏の役目を果たしているのです(図2)。



ここからは

I.惨事ストレスの定義

II.消防職員のおかれている立場

III.ストレスを受けたときの身体の反応と考え方

IV.惨事ストレスへの対処方法

以上4項目を紹介してゆきます。



I.惨事ストレス(CIS: Critical incident stress)の定義

図3 ストレスとそれがもたらす反応
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通常の対処行動機制がうまく働かないような問題や脅威(惨事)に直面した人や惨事の様子を見聞きした人に起こるストレス反応、と定義されています(図3)。



II.消防職員のおかれている立場

消防職員は住民の生命、身体および財産を災害から守ることを任務とし、24時間消防署で勤務しています。出動指令ひとつで昼夜を問わず現場では市民の注目のなかで困難を極める活動を遂行するなど、ストレスを受ける機会が多い職種です。

さらに、現場活動において自分の家族、特に子供と同世代の子供が被害にあった場合に自分の家族を想起してしまうなど、これも強いストレスを受けることがあり、また、命を救えなかったことで苦しみ、思い悩むことも知られています。

勇猛果敢・献身的などの社会からの期待、それに応えようとする使命感・責任感。勇敢さを重んじ弱音を吐くことを良としない風土等により、災害現場で受けたストレスを悪化させる要素が多いという特徴があります。



III.ストレスを受けたときの反応と考え方

消防職員の現場活動に関わるストレス対策フォローアップ研究会報告書から惨事ストレスを受けたと思われる事案アンケートから危険な現場ワースト3を紹介します。

1.多数の死傷者が発生した現場での活動 (要救助者の死亡:67%)

2.著しい身体の損傷          (悲惨な現場:25%)

3.幼い子供の命が失われた現場での活動 (子供が被害者:20%)

図4
災害救援者にとって重要なストレッサー

しかしこれだけではありません。図4のような活動も要注意です(図4)。

写真4
懸命な救出活動が続く

これらの現場活動も隊員の心のバランスを崩す現場といえるのです。身体や精神、情動や行動等に様々な障害を発生させ、PTSD(外傷後ストレス障害)に移行させる可能性があるといわれています(写真4)。

図5
惨事ストレスの兆候と症状
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図5にはストレス兆候を挙げました(図5)これらの症状は、障害を受けた時に起こる当たり前の反応で、通常は2?3日で症状は軽くなっていきます。「活動中の衝撃が目の前から離れない」「絶望や落胆を味わった」「強い動悸がした」などの現象が起こることがありますが、落ち着いて受け止めてください。自らの防衛本能が障害と闘っているのです。一人で悩むことなく相談しましょう。



IV.惨事ストレスへの対処方法

総務省消防庁では平成15年・18年に惨事ストレスに対する調査研究を実施しました。この報告書による対策を紹介します。

1、事前教育、事案遭遇前の対策
事前教育のメリットは惨事発生の要因とストレス反応について理解を深め自己の対処法を知ることができることにあります。

・惨事ストレスが何かという教育を行う。
・それに対する対応を組織として確立しておく。

2、デフュージング※1(一次ミーティング)

ストレス緩和の応急手当です。心のバランスを保つことを目的に仲間と感情や体験を共有することで、心の外傷の応急手当といわれています。

写真5
「さっきの事案、理想の活動ができただろうか・・・」

・帰署途上もしくは帰署後すぐにコミュニケーションをとる(写真5)。

・同じ体験をしたものが集まり現場での活動や悲惨な体験を自由に発言する。

・自分の中に溜め込まないで吐き出すこと。

図6
惨事ストレスによるPTSD予防チェックリスト
ダウンロード
・惨事ストレスによるPTSD予防チェックリスト(図6)を客観的なスケールとした自己診断を行い、障害の度合いや専門家の介入を判断する。

・メンター(仕事や人生に効果的なアドバイスをしてくれる相談者のこと)となる当直責任者との面談も考慮する。

※1Defusing:(危機緊張などを)緩和すること

3、デブリーフィング※2(二次ミーティング)

図7 ブリーフィングとデブリーフィング
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災害体験を整理し受容するグループミーティングです(図7)

デフュージング、デブリーフィングでは以下の点を守る必要があります

・知りえた秘密を漏らさない
・参加または発言を強制しない
・記録をとらない
・発言内容を批判せず受け止める
※2 Debriefing 帰還した兵士などに任務の結果を尋ねる

4、ストレス反応と障害

ストレスによる身体反応が遷延したものがPTSDです。事件後1-6ヶ月の間に生じるとされています。しかし、これらの症状は自然と消えて行きます。約1ヵ月後にPTSD予防チェックリストで再評価し、異常のある場合には専門家のケアを受けることが望まれます。

5、ストレスに対するコーピング(対処)能力を高める

図8
ストレスに対するコーピング(対処)能力を高める
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図8にまとめました。



まとめ
Summary of The Article

以上をまとめると、

・緊急業務従事者の消防官は常に惨事ストレスにさらされる機会が多い
・ストレス反応や障害の発生メカニズムと対処法を知っておく。
・トラウマを受けた時にはデフュージングを行い思いを溜め込まずに吐き出し、心の傷の応急手当を行う。
・素早い対応でストレス反応を緩和しPTSDに移行させない。
・チェックリストで客観的に評価し対応する。
・専門家への治療を含めた組織としての対応を整備しておく。
・コーピング(対処)能力を養う。

図9
惨事ストレスの対策パターン(改)
ダウンロード

対処法の流れを図9に示します。



最後に
Writer’s Comment

当市で発生した幼児を含む8名の死傷事故でも

  1. デフュージング
  2. メンターとの対話
  3. チェックリストでの評価

を行い要ケアに至らずに済んだ経験があります。その時に印象に残ったのは「あったことを話せてよかった。」という言葉でした。きっと心に溜まった澱を知らず知らずのうちに吐き出せたのでしょう。

今後ともコーピング能力を高め助けを求める皆さんのもとへ駆けつける所存です。



引用文献
1)惨事ストレスへのケア 松井 豊
2)消防職員の現場活動に係るストレス対策フォローアップ研究会報告書
(財・地方公務員安全推進協会)
3)救急救命士標準テキスト第7版 ストレスマネージメント



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09.5.8/8:07 PM

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