100207Change! Try! Avoid Pitfalls! ピット・ホールを回避せよ(第7回) トンネルビジョンから脱出せよ

 
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Change! Try! Avoid Pitfalls! ピット・ホールを回避せよ

第7回

トンネルビジョンから脱出せよ

Lecturer Profile of This Month

田尻 浩昭
タジリ ヒロアキ

阿蘇広域行政事務組合消防本部 南部分署 救急係長
出身 熊本県阿蘇郡南阿蘇村
48歳 うし年 おうし座

消防士拝命 昭和59年
救命士合格 平成7年
趣味 釣り、ギター、バイク


シリーズ構成

田島和広(たじまかずひろ)

いちき串木野市消防本部  いちき分遣所


Change! Try! Avoid Pitfalls! ピットフォールを回避せよ

Chapter 7

トンネルビジョンから脱出せよ

先入観や思い込みから起こるトラブルのいろいろ

 トンネルビジョンとは、まさにトンネルの中での景色のように、出口だけしか見えなくなった状態を言います。ここでは先入観や思い込みから他の情報が全く見えなくなってしまい、必要な情報やヒントに気付かないことを指します。

「子供が熱を出してケイレンを起こしています」という通報。「小児の熱性ケイレン」をイメージして現場に行くと、傷病者は50歳、確かに70代の通報者から見れば子供です。「58才女性、腰背部痛で血尿あり」という通報、「尿管結石」をイメージして現場に向かうと「妊娠中期の切迫早産」。これは58才の女性の妊娠は想定外という勝手な思い込みから起こしたものでした。

トンネルビジョンを排して救急活動せよ!


A氏のプロフィール
Profile of Mr. A

救急活動上で誰もが経験する可能性のあるこの思い込みから起こる、「トンネルビジョン」という状態について、一人の救急隊員A氏の目線で事例を紹介し読者の皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

救急隊員A氏は45歳。救急救命士の資格を取得して10年、現在はY消防署の救急隊長として勤務。外傷初療教育コースなどの教育プログラムコース(JPTEC、ITLS、ICLSなど)を積極的に受講し、今ではインストラクターとしてコースでの指導も行っています。

以後Aの声や思考は『 』で表記します。


事例1:心筋梗塞
Case1:Myocardiac infarction

Pitfall1:胸が痛い=心筋梗塞
Solution1:他の可能性も考える

☆救急指令

119通報:妻「夫が急に胸を痛がって苦しんでいます、救急車をお願いします」
指令:「55歳男性、急病、自宅で胸痛を訴えている模様」

『胸痛を主訴とする急性冠症候群(ACS)か?』
現場急行時の車内指示
『胸痛の男性、急性冠症候群を念頭において活動するから、携行資器材は救急バッグ、酸素、除細動モニター』
図1
胸痛接触時

到着時の状況評価(図1)
自宅玄関に仰臥位、両手で胸を抑えもがき苦しむ様子

☆傷病者接触?初期評価・問診

呼びかけに苦しそうに答え、意識レベル1桁、呼吸促迫し苦悶、循環は橈骨で充実しており不整なし。前額部に倒れた際に受傷したと思われる打撲痕あり。呼吸音聴診?腋下で雑音無く左右差なし

図2
CM5誘導

A:『高濃度で10リットルの酸素投与、CM5(図2)でモニター装着、バイタル測定』

図3
胸痛受傷時

そばに付き添う妻に尋ねると

妻:「一緒に買い物から帰宅して、妻は先に屋内に入り台所で片づけ中、玄関でバタンと音がしたので行ってみると、後から入ってきた夫が倒れていて、胸が痛いと言って苦しがっていました(図3)」

図4
胸痛発症前

A:『倒れた時のことを覚えていますか?』
本人:「たばこを吸った(図4)後、胸が苦しくなって倒れました」

A:『胸が痛いのはどんな感じですか?針を刺すような感じですか?締め付けられるような感じですか?』
本人:「締め付けられるような感じです」
A:『初めての症状ですか?』
本人:「初めてです」
隊員:「モニター装着しました」

☆所見

図5
現場での心電図

モニター電極装着と波形確認(図5)

『R-R間隔は一定でP波も確認されるが、このSTの高さは、やはり?・・・』

バイタルサイン
意識清明
呼吸24回
脈拍90回 モニター同期
血圧136/80
SPO2 10リットル酸素投与下で96%

☆救命センターに連絡
『60歳男性、急性冠症候群を疑う胸痛の傷病者です、20分ほど前から胸痛持続しています、モニターではST上昇を疑う波形を確認しています』

☆搬送中の車内
『胸痛の変化とモニターの波形変化に注意し、バイタルを5分おきに測定』
『胸の痛みを尋ねますので、一番強い時を10として教えてください』

☆医療機関収容時の情報
意識レベル清明で変化なし
呼吸24回/分 SPO2?100
脈拍はモニターと同期で90回/分 波形変化なし(ST上昇?)
血圧 140/80
自覚症状の胸痛は軽減、5/10(10段階評価)
アレルギーなし
現在内服中の薬なし
既往歴に喘息あり
最終食事、4時間前
発症時の経緯
・帰宅して屋外でたばこを吸い、屋内に入ろうとした際に急に胸の痛みが強くなって倒れた。

☆収容までに得た、その他の情報
今回の症状は初めて
最近めまいが数回起こる
外出先でもめまいがして一度倒れかけた。(帰宅30分前)

☆診断
後日、プレホスピタルレコードの返信欄に書かれた医師の診断名
診断名「失神転倒による肋骨骨折」

収容後の観察、検査で胸部の皮下気腫が見つかり、肋骨骨折が判明した。受傷前に失神したと思われ、原因究明のため精査が必要だということであったが、胸痛は肋骨骨折によるものだと判明した。

☆トンネルの入り口

事例を振り返って考えてみると、トンネルの入り口は指令の時点からありました。
・「胸痛を訴える60歳男性」
「胸痛」というキーワードからACS(急性冠症候群)をイメージすることは重要なことですが、それだけに固執し他の情報が見えなくなってしまったのです。

☆トンネルの中へ誘い込む情報
◎「締め付けられるような痛み」
=ACSの典型的な胸痛の表現で、確信が深まった
◎胸痛の持続
=胸痛が持続することもACSの典型だと思った
◎モニターの波形=ST上昇を疑う
=CM5の電極位置から、STの変化もある程度確認できる
◎自覚症状の軽減
=酸素投与で自覚症状が軽減したと判断した

事例を振り返ってあらためて考えてみると、いろんなことが見えてきました。

☆接触持のヒント
◎前額部の打撲痕
=うつぶせに倒れたことが推察され、倒れた際に意識が清明ではなかった可能性が高いことが疑われます。同時に、身体の他の部位も衝撃を受けた可能性があることになります。

☆自覚症状からのヒント
◎胸が痛い
=ACSのことばかりに意識がとらわれて、聴診は行ったが直接の視診、触診を行っていなかった。もし触診していれば、圧痛の部位が限局され、内因性の胸痛との違いに気づいたかもしれません。さらに搬送中の車内でも、自覚症状の変化と心電図の変化だけにとらわれて、詳
細な解剖学的観察は実施していませんでした。

☆他の情報からのヒント
◎めまい
=搬送中のその他の情報で、めまいを起こすことがあるとの情報を得、帰宅前にも外出先で一度めまいを起こしていることも把握しています。本人の申し立ては「胸が苦しくなって倒れた」と言うことでしたが、倒れる前の症状と倒れた後の症状は別ものだったのかもしれません。つまり、発症時にめまいを起こして倒れた可能性に気づくことができたかもしれません。

*胸痛から生命にかかわるACSをイメージして活動することは重要なことで、何も間違ってはいないと思います。しかし、そこにある情報を冷静に分析して、さまざまな角度から見つめることができたら、更によい活動につながったのではないかと思われます。


事例2:交通事故
Traffic Accident

Pitfall2:交通事故=高度外傷
Solution2:詳細な問診が傷病者を助ける

☆早朝の事例

119通報:「車が横転してケガ人がいます、救急車をお願いします」
指令:「50台男性、交通、単独横転事故、傷病者1名」
A:『高エネルギー事故かもしれない』
現場急行時の車内指示
『携行資器材は救急バッグ、酸素、固定資器材、外傷セット、除細動モニター』

☆到着時の状況評価

図6
逆さまになった事故車両

道路中央に逆さまになった車両を確認(図6)、

図7
座り込む傷病者

道路わきには座位の傷病者が視認される(図7)

A:『高エネルギー事故と判断、ロードアンドゴーを考慮して活動する』

☆傷病者接触?初期評価

意識レベル1桁、気道問題なし、呼吸正常、循環は橈骨で充実しており不整なし。
顔面に数ヵ所挫傷を認めるが出血は少量、他の部位に出血は見られず。
『初期評価の時点で緊急性感じられず』
『高エネルギー事故なので、高濃度で10リットルの酸素投与』

☆全身観察
頭部=異常所見なし
顔面=前額部、右頬部に挫傷あり
頸部=異常所見なし
A:『頸椎カラー装着』
胸部=異常所見なし
A:『シートベルトはしていましたか』
本人:「していました」
呼吸音聴診?腋下で雑音無く左右差なし
腹部=異常所見なし
骨盤=異常所見なし
下肢=異常所見なし
上肢=異常所見なし
上下肢の神経症状=異常なし

☆問診

A:『今どこが一番痛いですか』
本人:「顔が少し痛いです」
A:『アレルギーはありますか』
本人:「ありません」
A:『何か飲んでいる薬はありますか?』
本人:「血圧の薬を飲んでいます」
A:『これまでに大きな病気をしたことがありますか?』
本人:「特にありません」
A:『最後の食事は何時ですか?』
本人:「1時間前です」
A:『事故のこと覚えていますか?』
本人:「運転中、急に目の前が暗くなって、気が付いたら逆さまになっていました」
A:『全身固定を行い車内収容』

A:『観察の結果からロードアンドゴーと判断するには至らないが、高エネルギー事故を理由にオーバートリアージをして救命センターへ搬送するか』

迷ったAは、本人の事故発生時の記憶に注目しました。

A:『運転中に意識をなくしたということですか?』
本人:「胸がつかえるような感じがして、目の前が暗くなりそのあとは覚えていません」
A:『これまでにもこんなことがありましたか?』
本人:「胸が詰まる様な感じが何回かあり、心臓の検査を受けたんですが、特に異常はないと言われました」

図8
モニター心電図

A:『高エネルギー事故なので全身固定して収容しモニター装着(図8)、搬送先はオンラインで医師と協議する』

車内収容し2次医療機関の医師にファーストコール

『60代男性、軽乗用車の単独横転事故で車の破損程度から高エネルギー事故だと判断したのですが、初期評価、全身観察の結果、顔面の挫傷のみで現時点ではロードアンドゴーと判断する所見はないと判断します。受傷時の傷病者が胸部に違和感を感じ、意識消失した可能性がありますのでそちらのほうが気になります』

☆搬送後の最終診断結果
外傷は顔面挫傷のみで軽傷
事故発生時の意識消失の原因を探るため24時間ホルター心電図検査を実施。

図9
異型狭心症だった

結果(冠戀縮性)異型狭心症(図9)

外傷のプロトコルに従って活動しつつも、必要な情報をとることで事故の根本的原因となった内因性疾患に早期にたどり着いた事例です。


終わりに
Writer’s comment

救急の現場でだれもが経験する可能性のある「トンネルビジョン」、些細な勘違いや判断ミスから起こす単純なものから、知識やそれまでの経験が引き起こす複雑なものなど、一見間違ってはいない活動の中にも、重要な情報を見逃していたり、気づかずにいるケースもあると思うのです。気づいていないからこそ「トンネルビジョン」というのですが・・・。

多くの教育コースが展開されるようになり、基本的活動のスタイルを学ぶ機会が増えました。確かに現場で効率的な観察が組み立てられるようになり、共通認識を持つことでチーム連携もとれるようになりました。しかし救急現場というのは受傷機転、発症機序、傷病者の背景など、同じ内容の現場はあり得ないのですから、活動の基本としてとらえることはとても有効ですが、それ以上の視野を持つことも重要になってくると感じています。

メディカルコントロール体制が構築され、検証システムが機能するようになり、救急活動が医学的に検証されるようになり、検証結果がフィードバックされることで、自分の活動を振り返り分析することも可能になりました。より質の高い現場活動を目指すために、自分の評価・判断を「本当にこれでいいのか?」と自問自答し、トンネルビジョンに陥っていないかどうかに気をつけるようにしています。


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10.2.7/11:40 AM

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