100912工夫(第3回)町並みと聴覚障害者を守る工夫

 
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基本手技



100912工夫(第3回)町並みと聴覚障害者を守る工夫

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工夫

第3回

町並みと聴覚障害者を守る工夫

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執筆者プロフィール

名   前 加藤光夫(かとうみつお)

所   属 西予市消防本部
      西予市消防署
出   身 愛媛県西予市
消防士拝命 平成4年
救命士合格 平成14年
趣   味 野球・釣り


シリーズ構成

泉清一(いずみせいいいち)

大洲地区広域消防事務組合
大洲消防署内子支署小田分駐所勤務
専門員兼救急第一係長兼消防第二係長

昭和五十六年四月一日消防士拝命

平成十六年五月救急救命士合格

気管挿管・薬剤認定救急救命士

趣味:格闘技全般(柔道五段・相撲三段)


工夫

第三回
町並みと聴覚障害者を守る工夫

一、西予市の現況

西予市は、愛媛県の西南部に位置し、旧東宇和郡の城川町、野村町、宇和町、明浜町と旧西宇和郡の三瓶町の五町が合併し、平成十六年四月一日に誕生しました(図1)。海や山に囲まれ自然豊かな町であり、また歴史的建造物も多く趣のある町です。

重伝建地区の町並み

地域住民による避難訓練

幼稚園の避難訓練

 西予市消防本部のある宇和町の卯之町地区では、歴史的な町並みが残っていることから、二〇〇九年十二月に、国の重要伝統的建造物群保存(以下、重伝建)地区に選定されました(写真1-6)。

 江戸時代からの町家や重要文化財、近代洋風の建築物が並ぶこの地区では、重伝建に選定されたことにより、住民の町並みを守ろうという声がより一層高まり、今年一月には、文化財防火デーに併せて、その地区の住民と消防団との協力の下、重伝建地区一帯の防災訓練を実施することとなり、初期消火・避難訓練など、住民が主体となって訓練を行うことができました(写真7,8)。

 訓練を計画するに当たり注意した事は、計画段階で消防側が助言をしても、消防署が主体となって訓練を企画行動することを控えたことでした。そうすることで、住民一人一人に「自分たちの町は自分たちで守る」という意識付けが出来ると思いました。

住民によるバケツリレー

住民による初期消火訓練

消防団による消火訓練

消防署による消火訓練

 実際、この一帯は、昔ながらの町並みで、水利に乏しく、道も細くなっていて、消防車両が通行困難な状態になっています。重伝建に選定された地域には、もちろん人が住んでいます。火災発生時に、人、財産を守るためには、まず初期消火。そのためには、住民の消防力が必要不可欠です(写真9-12)。今回、重伝建に選定され、訓練を通して、その意識付けの第一歩になったと思います。

二、消防設備の工夫

 重伝建に選定されたのは、全国で八十六番目です。これまでに選定された他の町並みを拝見すると、充実した消火設備が備えられている地域もあります。しかし、西予市の財政面を考えると、現状は厳しいようです。

 そこで、今後身近に出来ることを考えてみました。

(一)火災警報器の設置

 重伝建地区には、当然一般の住宅も入っていますが、古い家では、空き家も存在することから、火災発生時の発見が遅れてしまう恐れがあります。そのことから、空き家にも、外部に知らせることのできる火災警報器を設置することで、近隣建物への火災の延焼拡大を最小限に抑えることができます。

(二)水バケツの設置

 次に、水バケツを設置することです。

 といっても、町並みの景観を損なわせないために、木目調などのバケツ(桶)を設置することが望ましいと考えます。時代劇の背景に、たまに出てきますね。あれです。

(三)景観を考えた消火栓の設置

 また、消火栓を設置する際にも、景観を損なわない工夫が必要だと思います。たとえば、木陰に設置し、目立たないようにしたり、消火栓を木箱に覆いかぶせたり。(本来は、分かりやすいようにしておかなければなりませんが。)

 これらの案は、実は、重伝建地区に住む住民からの声なのです。重伝建を後世に伝えていこうとする、そして、「自分たちの町は自分たちで守る」住民の『工夫』と言えるでしょう。

三、聴覚障害者の自助能力向上

 近年、世界各国では、地震や豪雨などの自然災害が起こり、尊い命や財産を失い、悲惨な現状がニュースを通して目に映ってきます。

 日本各地においても同様で、阪神淡路大震災を始め、自然災害により、尊い命や財産が失われています。
 西予市でも、これまでに大雨による浸水などの災害に見舞われてきました。また、今後南海・東南海地震が予測されており、災害に備えての準備が急務と考えられます。

 大規模な災害が発生したとき、消防署などの公的防災機関は、家屋などの倒壊や土砂崩れなどで道路が遮断され、火災や救急発生時に、現場に到着するのが遅れるなど、迅速な対応が困難であることは、みなさんご承知のことと思います。すでに各地域では、自主防災組織が結成され、それぞれの地域に見合った防災対応を協議し、定期的に研修・訓練などを行い、災害に備えているところです。

 では、障害者に対してはどうでしょう。介護が必要な障害者については、その介護者、またはその家族が情報を入手して対応はしてくれると思いますが、自立している障害者、中でも聴覚障害者においては、聴覚が不自由でも自立されている方が多いと聞きます。しかし、災害時においては、逃げることや助けを呼ぶことが困難となり、尊い命を失ってしまう事が懸念されます。

 その被害を少しでも軽減するために、西予市消防署では、『自助能力の向上』を目的に、聴覚障害者と一緒に、防災について考えていこうという趣旨で、研修会の開催を計画しました。

研修内容

(一)緊急ファックス送信による研修
・既存の緊急送信ファックスの検討と聴覚障害者への周知
(二)応急手当
・心肺蘇生法・AED
・他の応急手当の講習
(三)防災研修
・救急・火災・その他災害等の現状の把握
・防災に関する勉強会

 研修をするにあたり、まずは緊急ファックス送信時の、様式の再検討から行いました。

 少し話がそれますが、私は以前、手話の講習会に参加していました。現在、中級コースまでを終了していますが、手話で会話をするまでには、まだまだ時間がかかりそうです。

 その時に講師としてご指導いただいた方が、昨年から市役所に依頼され、聴覚障害者が市役所に来所し手続き等をする際や病院の診察時などに、手話の通訳として活動されています。

拡大

 どこの消防機関においても、聴覚障害者が緊急時の通報手段として、ファックスを用いた通報を取り入れていると思います。当消防本部でも以前から取り入れていましたが、緊急ファックスの様式の再検討にあたり、聴覚障害者の実情を把握されているその方の協力を得て、今回新たに緊急ファックスの様式を作成することにしました(図2)。

四、既存様式との違い

 以前の様式は、全て文字で表しており、該当する所にチェックしてもらうようにしていました。

 これは、私たち健常者といわれている人からの目線です。しかし、実情は違います。聴覚障害者の中でも、文字の読めない人や書けない人がいることを、皆さんはご存じでしょうか。そして、手話の出来ない人がいることも。

 手話で会話が出来るからといって、全ての聴覚障害者がそれを理解できるとは限りません。喋っている人の口の動きをよんだり、ジェスチャーなどで分かったり、紙に書いて話をしたり、人によって違った理解方法をとっています。そういったことを、私たち健常者と言われている人は、理解しておかなければなりません。

 そこで、まずは障害者がどんな時にどこから、ファックスで通報せざるを得ないか、絞ってみました。

 ファックス設備があるかどうか分からない、廻りに人がいると思われる外出先よりも、むしろ一人になることの多い自宅での通報に絞りました。

 次に、救急・火災の別を絵で表すことにしました。

 救急に関しては、通報段階で最低限どんな情報が必要か考えた結果、本人、他の人の区別は関係なく、(1)病気か、(2)怪我か、(3)生命に危険が迫っているか(命が危険)の三項目にし、大まかな症状や身体の場所を記してもらう、シンプルな内容にしました。もちろん、『誰がどのようにして?』『反応・呼吸などはあるかないか?』などの詳しい情報はほしいところですが、それを全ての人には望めないでしょう。ファックスが来た時点で、それが聴覚障害者からの最終手段の通報であることを私たち救急隊が認識し、重症度・緊急度が高いと予測して出動することを原則としています。

 次に火災に関してですが、火災の種別を、(1)建物か、(2)田・畑かの2項目とし、場所を、自宅かその近所のみに絞りました。

 例えば、外出先で車両火災を発見した時、あるいは山火事を発見した時、携帯電話で通報できない聴覚障害者が通報するには、他の人の協力が必要です。(メールでの通報が可能であれば別ですが、西予市ではそういった対策は、まだ整備されていません。)

 このファックスでの通報は、自分・またはその付近に何らかの事故が発生し、緊急を要し、助けを呼べる人が回りにいない時の最終手段として捉えるのが妥当かと考えました。

 そして、事前に記載する内容として、氏名・住所などの個人情報はもちろんですが、通訳者の要否も付け加えています。これは、前述した手話の講師だった人からの案で、聴覚障害者からの要望だそうです。

 ファックスが送信された時に、要に○印があるときは、通信指令室から直接その講師だった人に連絡をとるようにしています。

送信時にうつ伏せの送信票をめくった状態。電話番号がきちんと見られます。

 また、送信票の上下にファックス番号を記載し、送信票を俯せの状態で送る際、送信票が上下逆でも、めくって番号が見やすいよう上方の番号を逆さまにしています(写真13)。

 送信票の下段には、ファックスを送信した時、本当にそれが送れたか不安があると思いますので、通報者を安心させる目的で、返信欄を設けました。

五、周知するための問題点

 さて、この送信票に必要な個人情報を事前に記入していただかなければならないし、絵や手話の表示だけで、説明もなく「該当するところに記入して送って下さい」だけでは限界が有ります。そこで、研修会を通して周知しようと考えていたのですが、ここで問題が生じます。聴覚障害者に対してどのように周知したらよいか。広報紙やホームページ、それで全ての聴覚障害者に伝わるでしょうか?前にも言ったように読めない書けない人もいるのに、それだけの手段で研修会に参加する人は限られてくるでしょう。研修会開催の案内文を聴覚障害者の家に送付しようと考え、その人たちの情報を提供していただくよう市役所に問い合わせてみたのですが、厳重に管理する必要があるからなのか、そういった情報を提供してくれません。もし、案内文を送れたとしても、読めない人もいます。

 早い段階で研修会が開催出来るだろうと考えていましたが、まだまだ道のりは長いようです。

 そんな中、一つの明るい兆しが見えました。

 市内のある地域で、ある手話の通訳者が行政とは別に、『何かあった時のために、消防機関に個人情報を提供しませんか』という呼びかけがあり、それに賛同して動きがあるという情報を聞きました。そして、それは聴覚障害者を通して徐々に広まっているようです。

 これには、私たちも脱帽です。市の行政は、このような情報提供は、必要でないと判断しているのに対し、当の聴覚障害者本人は必要であると、小規模ながらでも判断しているのです。今はそれを見守るしかありませんが、将来的にそのような情報が提供されれば、通報時の対応が迅速に行えるよう、通信指令台に登録しようと考えています。

 今すべきことは、聴覚障害者の一部の人にでも緊急ファックス送信票の周知を含め、防災に関する情報などを広報紙やホームページを通して、継続的に提供していくことだと思っています。そして、手話の通訳者とも協力して、行政にも働きかける必要があると実感しました。

 今回、聴覚障害者を対象に『自助能力の向上』を目的に研修の計画に当たり、その情報を提供する手段が、広報紙やホームページだけでは限界があり、「個人情報保護」の本来の制度・趣旨を、適切に判断することが必要であると感じています。
しかし、そのまま放置するわけにはいきません。私たち健常者が、今後の大規模災害に不安を持っているように、障害者も同じように不安を抱いています。その声に耳を傾け、今できることを少しずつ、着実に進めていかなければなりません。今回、手話の通訳者の協力を得て、ファックス送信票を見直すことが出来ましたが、まだまだ改善する余地があると思います。

六、終わりに

救急時は、マスクを外して口の動きや身振り手振りで、聴覚障害者とコミュニケーションを取り、安心感を与えることが大事です。

地域によって異なりますが、AEDを表現する新たな手話を広めているようです。

 大規模な災害が発生したとき、消防機関だけでは、全ての被災者を助けることは困難であり、住民の協力が必要であることは言うまでもありません。地域住民の防災力を高めるためには、日ごろから防災について考え、研修・訓練をすることが大事です。その中から、地域に見合った防災に関しての工夫が生まれ、また行政だけに頼らず、自主的に動き出そうという考えが生まれてくるのではないでしょうか(写真14-15)。

また、私たちは、健常者としての目線で物事を捉えることに慣れてしまっています。自分の持っているアンテナを少しだけ伸ばすことで視野が広がり、今何をしなければならないか、人それぞれではありますが、気づくことができると思います。
「自分たちの町は自分たちで守る」、自助・しいては共助能力の向上を高めるために、消防機関はその手助けをしなければならない立場であり、そのためには、日ごろから地域に密着した消防行政を目指していかなければなりません。当消防本部のような小規模な消防本部こそ、それが可能だと思います。


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10.9.12/1:54 PM

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