100912Discovery and Experiences 経験から学べ!(最終回)応急手当普及啓発

 
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Discovery and Experiences 経験から学べ!

最終回

応急手当普及啓発

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Discovery and Experiences 経験から学べ!

講師

栗栖 大(くりす だい)

所属:函館市消防本部
年齢:33歳
趣味:ゴルフ(最近ご無沙汰になってしまいました)
消防士拝命:平成9年
救急救命士資格取得:平成9年
JPTEC Instructor
ICLS 日本救急医学会認定 Instructor
DMAT


応急手当普及啓発(第6回)

 前号までは現場活動を中心とした内容を綴ったが,今号は最終回として救急活動の原点を見つめ直してみたい。救急活動のスタート地点とは,救急隊と傷病者との接触時ではない。また,119番通報を受けて救急事案を覚知したときでもない。傷病者が発生したときである。多くの救急出場には,バイスタンダーが存在する。このバイスタンダーが救急活動において救命の連鎖の重要な役割を担い,これを養成することこそ救急活動の原点である。

 昭和38年の消防法改正により救急業務に関する制定がなされ,平成3年には救急救命士制度が発足した。平成15年からメディカルコントロールの整備が始まり,救急救命士の包括的指示下除細動が実施可能となり,平成16年には気管挿管,平成18年には薬剤投与(アドレナリン)と目まぐるしく前進している。これらに伴い救命率の向上が期待されていたが,現在まで飛躍的な向上は認められていない。

 現場活動を担う救急隊員が高度化されている中,なぜ救命率向上に結びつかないのかを考えることが重要であり,今後の救急業務遂行には欠かせないことである。

 バイスタンダー

 バイスタンダーとは,救急救命士標準テキストに「その場に居合わせた者」と記載されている。これは家族であったり,関係者であったり,場合によっては他人であったりする。傷病者が自ら救急要請できない場合,このバイスタンダーが重要な役割を担う。救急要請することはさることながら,応急手当を即座に実施することが可能な存在であるからだ。救急隊は,通報がない限り傷病者の発生を覚知することができない。また,常に傷病者の近くにいるとも限らない。これらを総合的に考察するとバイスタンダーの養成は救急活動において重要な位置づけとなっている。

 バイスタンダーの養成

 各消防本部では「応急手当の普及啓発活動の推進に関する実施要綱(平成5年3月30日消防救第41号)」に基づき,一般市民への心肺蘇生法等の普及が行なわれている。当市においても平成21年には164回で3,452名の受講があった(表1)。平成15年では91回で3,215名の受講と受講人数に差異は少ないものの,実施回数は増えている。この一因として,平成16年から非医療従事者による自動体外式除細動器(AED)の使用が認められたことが挙げられる。年々,AEDが事業所等へ設置され,操作方法はAEDを設置した業者が説明しているが,心肺蘇生法を交えた使用方法は行なっていないため,消防機関が実施している講習受講の増加につながっていると推察される。

 近年は3,000名を超える方が受講しており,人口の約1%が受講していることとなる。決して多い数字とは言い難いが,年々養成し続け裾野を広げるという視点からは,恒常的に受講経験者が増加していく数字であり,評価に値すると言える。

 また,バイスタンダーを養成することが目的ではなく,バイスタンダーが実際に行動を起こした数字が最も重要であり,本来の目的であると考える。

 バイスタンダーCPR

 当市の平成21年統計から心肺機能停止出場289件中,バイスタンダーCPRが施されていたのは100件であった。実施率が約1/3というのは決して多い数字ではないと感じる。救急隊員であるならば,100%を目指したい,実施してほしいと希望を持つところである。
 バイスタンダーCPRが施されなかった事案を紹介したい。


ケース1
「89歳女性,CPA。現在,家人に口頭指導実施中。」との指令にて出場した。
 現場到着時,傷病者は寝室ベッド上に仰臥,バイスタンダーCPRは未実施であった。傷病者の脇には夫がおり,推定90歳に見受けられた。家族から「(CPRを)やろうと思ったが,できなかった。」と告げられた。


ケース2
「58歳男性,CPA。現在,家人に口頭指導実施中。」との指令にて出場した。

 現場到着時,自宅前の大通りに女性が立って救急車の誘導を実施していた(図1)。女性と接触したところ,女性は傷病者の妻で,先ほどまで胸骨圧迫を実施していたが,指令員に救急車の誘導も依頼されたのでピーポー音が聞こえ,胸骨圧迫を止め家から出てきたと聴取した。妻とともに傷病者へ接触,トイレ前の玄関ホール床上に仰臥した状態であった。


ケース3
「62歳男性,路上にてCPA。現在,口頭指導実施中。」との指令にて出場した。

 現場到着時,傷病者は路上に仰臥,頭部横には嘔吐痕が認められ,バイスタンダーCPRは未実施であった。傷病者の脇にいた通行人(通報者)から「指令員から心肺蘇生法を指導されたが,吐いていたのでできなかった。」(図2)と聴取した。帰署後,指令員に確認したところ,気道確保,呼吸確認を指導,その後に胸骨圧迫を実施するよう指導したとのことであった。


 ケース1は高齢であったこと,ケース2は救急車誘導の優先,ケース3は傷病者の嘔吐痕がそれぞれ主たる要因であったと推察される。

 ケース2の場合,指令員は実際の発生場所が見えないゆえに一般的な救急事案と同様に救急車誘導も依頼したのであろう。救急隊員が現場に着かないことはあってはならないことである。救命手当も重要なことであるが,救急車の誘導はそれに優ると言える。当時は,消防緊急情報システム(第1回参照)が導入されておらず指令員の無線指示により救急現場へ至る活動をしていたため,関係者が1名の場合は救命手当と救急車誘導の両立が不可能で判断が難しい場面であった。現在は,同システムの導入により,傷病者宅が救急車積載のナビゲーションに表示されるため,誘導よりも救命手当の優先を指導する機会が増えていると思われる。ただし振り返ってみると,大通りに面した傷病者宅であれば,別の工夫ができたとも考えられる。

 ケース3の場合,最初に気道確保,呼吸確認を実施することは心肺蘇生法の手順から間違いとは言えない。しかしながら,通報者である通行人は,この最初の行程を嘔吐痕があったため行えず,結果として胸骨圧迫でさえ未実施となったのである。電話のみで現場や傷病者の状態を把握しなくてはならない指令員にとっては限界とも言える事案であろう。また今後,心肺機能停止と判断する基準を再考することが必要であると考えられる。

バイスタンダーとなった一般市民から救急隊員へ

 私自身,日常の消防業務のほかに休みを利用し一般市民とボランティア活動をする機会があり,その際に聞いた話を紹介したい。ただし,これは函館市において発生した事案ではないことを申し添えておきたい。


ケース4
 空港へ行ったときのことである。待合ロビーで冷発汗が著明な高齢の男性を発見,看護師資格を有していたため声をかけたところCPAとなった。椅子から床へ移動し胸骨圧迫を実施,空港職員が要請した救急隊員が約10分後に到着した。救急隊員の第一声は「離れて下さい。」(図3)であった。その後,救急隊員の観察処置が開始され,すぐにストレッチャーにて救急車内へ収容された。

 機敏な救急隊員の活動には非常に高い評価を感じた。その反面,発症状況や行なった手当をいつ伝えるべきか困惑した。結果的には伝えられず救急車が出発してしまった。


ケース5

 温泉に入浴中,隣にいた小学生が急に痙攣をおこした。沈みそうになったところを湯船から出し,従業員へ救急要請するよう指示した。大きな声で親を呼ぶと,すぐに駆け付け,親とともに脱衣場へ移動し,体を拭いて服を着せた。その後,救急隊員が到着して観察処置を開始した。救急隊員に発見からの状況を説明したところ,同隊員から「なぜ服を着せたのか。湯あたりで熱いのだから服を着せる前に内輪で仰ぐなど冷ました方が良かった。」と言い放たれた。

 私は医療知識がなく,何をすべきかわからなかったが,裸のまま外へ出るのが可哀想だと思って服を着せた。間違っていたことは認めるが,叱咤されるとは思わなかった。


ケース6
 公園を散歩中,目の前を散歩していた男性が急に倒れた。声をかけたところCPAだったため救急要請後に胸骨圧迫を実施した。約5分後に救急隊が到着,代わりますと告げられ交代した。救急隊員の観察処置が開始され,すぐにストレッチャーにて救急車内へ収容された。

 感謝されることを望んで行動した訳ではない。しかし救急隊が何も告げずに現場を離れてしまったことが,非常に残念だと感じた(図4)。


 救急隊員の行なった行動を否定するために挙げた事案ではなく,一般市民の目からは,このように見えているということを伝えたく綴ったものである。

 紹介した3つの事案に共通することは,バイスタンダ—が懸命に行った救命活動に対する救急隊員の礼儀と適切なフィードバックが必要であるということだ。確かに現場活動中には,そのような余裕はあまりない。しかしながら,将来的にバイスタンダーを増やそう,増えてほしいと考えるとき,救急隊員の礼儀と暖かな言葉が実施者を勇気づけ,そしてモチベーションの向上につながる。さらに,バイスタンダ—から周囲の者へ経験として伝わり,救命活動を実施する勇気に繋がっていくと考えるべきである。

 ケース4の場合,バイスタンダーの背景(看護師であること)を把握できれば,発症状況や実施した応急手当内容を聴取したであろう。その中には傷病者の治療に役立つ内容も含まれている可能性が十分にある。救急現場に赴く救急隊員としては見逃してはならないことである。

 ケース5の場合,一般市民が一生懸命に行なった結果であり,救急隊員も傷病者のために言ったことである。どちらも否定するには値しない。しかし,バイスタンダーとしては今後,消極的になってしまうことは確実であろう。さらに,この経験を周囲に話すことでバイスタンダーが減ってしまう懸念すら生じてしまう。救急現場においてもバイスタンダーの養成を意識する必要がある。

まとめ

 救急講習(図5)での応急手当普及は着実に行なわれており,今後も継続して実施することが重要である。救急救命士を含む救急隊員が知識・技術を研鑽し向上させることと,並行して応急手当の普及啓発にも力を入れることが救命率向上にとって必要不可欠である。

 そして,受講修了者の増加が目的はではなく,バイスタンダーとして行動を起こすことができる者の養成を目指すことにある(図6)。このことは,救急講習のみならず,救急現場においても意識しなければならない。これこそが真の応急手当普及啓発と言える。


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10.9.12/1:26 PM

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