田中一夫、福島正也、山谷健二、河辺俊太、中村忠大: 救急隊員に対する臨床教育:OSCEの導入について。プレホスピタルケア 2011;24(1):xx-xx

 
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プレホスピタル・ケア
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救急隊員に対する臨床教育:OSCEの導入について

田中一夫、福島正也、山谷健二、河辺俊太、中村忠大
苫小牧市消防本部苫小牧市消防署

筆者連絡先

田中一夫
たなかかずお
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苫小牧市消防本部苫小牧市消防署
北海道苫小牧市末広町3丁目9-30
TEL0144-36-0119
FAX 0144-32-8921

1はじめに

各職場では再教育すべき病態や疾患、あるいは重症度・緊急度を判断する指針はできているものの、その具体的対策や訓練方法には頭を悩ませているところではないだろうか。

判断力・技術力・マナーなど実際の現場で必要とされる臨床技能の習得させ、習熟度を適正に評価する方法としてOSCE(オスキー)が注目されている。具体的にはBLS・ACLS・ICLSやJPTECなどで行われているシナリオトレーニングと書けば理解できるだろう。これを救急隊員教育に広く導入することにより、知識偏重の教育から実践に即した教育へ転換できるのでははないかと考え、OSCEを取り入れた臨床教育を平成21年4月より当市の教育訓練に応用したので報告する。

OSCEとはObjective Structured Clinical Examinationの略で、“臨床”(Clinical )能力を“客観的(Objective)に”試験“(Examination)するために”構造化“(Structured)された手順という意味で、日本語にすると”客観的構造化臨床評価”となる。1975年イギリスのロナルド・ハーデン氏により提唱され、その後北米を中心に広がった。カナダでは1992年に医師国家試験に取り入れられており、現在アメリカや日本でも国家試験にOSCE導入の方向性を打ち出している。日本では現在医学生や研修医の臨床能力を客観的に評価する方法として用いられている。

2対象と方法

1)教育訓練基準の策定

まず、これまで大まかな訓練項目と訓練時間を定めていた「訓練基準」を点検し、平成19年度救急業務高度化検討会の報告書として「救急救命士の再教育(別添1)」の「3 再教育の対象とすべき項目」再教育の対象とすべき2病態・12疾患及び「救急搬送における重症度・緊急度判断基準作成委員会報告書(平成16年3月財団法人救急振興財団)」に基づく具体的な26項目の処置を含む「苫小牧市消防署救急隊教育訓練計画」(表1)を策定した。その中には「基本教育訓練」(表2)「観察判断訓練」(表3)「重症度・緊急度判断訓練」(表4)「応用訓練」(表5)の4本柱からなる90項目のトレーニングシート(表6)が含まれる。
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表1
訓練計画・概要

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表2
基本訓練

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表3
観察判断訓練

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表4
重傷度・緊急度判断訓練

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表5
応用訓練

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表6
トレーニングシートの一例。急性心筋梗塞。

2)OSCE訓練実施方法

訓練を行うために、本物の患者同様の演技とその患者役の立場からの評価ができるように、実施するトレーニングシートを熟知した標準模擬患者(standardized patient: SP)という人材を利用する(模型【simulator】を利用することもある)。

訓練の部屋には指導者(兼、評価者)が配置され、トレーニングシートに記載のトレーニングルールにしたがって訓練を進める。都度、所定の項目に結果を記入する。

訓練者は訓練の部屋に入り、指導者(兼、評価者)の合図にしたがって、あらかじめ決められた一定の時間(通常は数分間?数十分間)内に課題に対応する。

必要に応じて、評価者やSPが、訓練者に対して指導(フィードバック)を行う 。

トレーニング最後にコミュニケーションスキルレポートの記入や自己評価をしてもらう。


3結果

1)利点

a.妥当性
「技能」や「態度」を実際に測定できる。
b.信頼性
同一の課題・条件・評価基準が明確である。
c.臨床能力
標準模擬患者を利用することにより実際の傷病者に対応した“技能”“知識”、それに対する“分析力”を養うことができる。

図1
基礎的“下準備OSCE”の一例。心拍数測定

d.構造化による客観的評価
「接遇」や「血圧測定」と言う基礎的“下準備OSCE”から始め(図1)、最終的にはどんな傷病者かわからない“シナリオOSCE”階層へ進んでいく自分を“客観的”に評価できる。

e.ストレス
トレーニングシートが決まっているため内容が明確で、訓練者も指導者も事前学習がしやすい。

図2
コミュニケーション能力開発の一例。医療関係者とのJPTEC事前学習

f.コミュニケーション
当市消防ではJPTEC等の事前学習を医療関係者や近隣消防職員に行っており(図2)、その際のシナリオトレーニングにも対応することができる。
2)欠点

a.訓練者がその都度言葉にして表現しなければ、一体何を感じとって何を考えているのか、評価者には伝わらず、そのことを測定できない。
b.評価基準の度合いが評価者によって不統一。
c.標準模擬患者の能力が訓練の善し悪しを左右する。
d.「やった」と言う満足感から「できた」ものと勘違いする。
e.たくさんの訓練項目があるためできなかったことに対する反復が重要。

4考察

この訓練は指導者は“ファシリテーター”(facilitartor:促進する人)であって、訓練者にファシリテーションを行うことが最も重要となる。この訓練の経験から、気をつけるべきことを考察する。

1)客観的に判断する

先入観を持たずにトレーニングする。間違えることや分からない事が発見できたり、身に付いている知識の確認ができることで自信を持って現場活動に臨むことができることを指導者は意識し、訓練者に伝える。

図3
フィードバックの一例。訓練者の現場活動や学習の継続に有利な情報を伝える。

2)フィードバック

その場限りの感想を言うのではなく、訓練者の現場活動や学習の継続に反映させることが目的であることを認識する(図3)。訓練者が行ったトレーニングの評価や善し悪しを伝えるものではない。
3)コミュニケーション

所属内で普段から行うトレーニング方法なので、どうしても上司や先輩という側面や感情が出てしまいがち。

a.パワーハラスメントな指導は厳禁。
目上の立場の者が自分より下の立場の者に対し、言葉や態度で行う暴力のことを言う。以下にそれらの例を記す。
・「何でそんなことをしたの?」「そうするなって言っただろう」のような相手を非難する言葉を言う。
・怒鳴ったり、怒りの感情を強くぶつけたりする。
・失敗の指摘だけで、改善点を伝えない。
・出来ていたことに対する評価(ポジティブフィードバック)をしない。
・自分の言いたいことを先に言って、相手の説明や話を最後まで聴かない、聴けない、言わせない。
・人目や場所を気にせず指導する。
・自分の経験知のみを基準として指導する。

b.常に相手が主体の指導を心がける
フィードバックに相手への配慮をちょっと加え、ポジティブフィードバック(訓練者が積極的になるための指導)を行う。
・失敗の原因としてあなたが思い当たることはどんなことですか?」と尋ねてみる。
・穏やかに、落ち着いた口調で話す。表情や身振りなども含め、相手が話をしやすい雰囲気を作る。
・「今度からどうすると良いかな?」と改善策を尋ねる。
・「では、これはどうだろうか?」と改善策を提案する。
・「○○についてはちゃんとできているね」「これは良いと思うよ」など、訓練者が正しく行えていること、理解していることについて確認し、承認を与えることで訓練者の中では曖昧にしか習得・理解していなかった事柄をより正確に、自信を持って身につける助けになる。
・相手が話し終わるまでは話し始めない、自分の伝えたいことを相手が理解しているか確認しながら話を進める。
・(個人的な指導で事足りるなら)ほかの人たちの目があまりない所でフィードバックする。

5まとめ

当市では平成21年に本訓練計画を制定し2年目が過ぎようとしている。当初は詳細な進行要領の説明不足から各指導者より進め方についての問い合わせが何件かあったがそのつど都度修正しながらより良いものとなって行った。そして何より従来では閉塞していた訓練方式や評価が改善され、判断力・技術力・マナー・コミュニケーション能力など実際の現場で必要とされる臨床技能を身につけるための楽しく実のある訓練と変化した。OSCEによる救急隊員臨床「教育」の導入は我々救急隊に対する日々の訓練に一筋の光を放ったに違いない。

【参考文献】

畑中哲生、吉田素文:救急活動マネジメント実践トレーニング?OSCEを取り入れた救急隊員臨床教育。メディカ出版、東京、2006


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