110116工夫(第5回)着衣泳普及の工夫

 
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基本手技

110116工夫(第5回)着衣泳普及の工夫

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工夫

第5回

着衣泳普及の工夫

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Lecturer of this month

高岡秀彰(たかおかひであき)

所属:大洲地区広域消防事務組合消防本部
出身:愛媛県喜多郡内子町
消防士拝命:平成6年
救命士合格:平成15年4月
趣味:ロードバイク、MTB


シリーズ構成

泉清一(いずみせいいいち)

大洲地区広域消防事務組合
大洲消防署内子支署小田分駐所勤務
専門員兼救急第一係長兼消防第二係長

昭和五十六年四月一日消防士拝命

平成十六年五月救急救命士合格

気管挿管・薬剤認定救急救命士

趣味:格闘技全般(柔道五段・相撲三段)


工夫

第5回

着衣泳普及の工夫

>教育・伝承(6)浮いて待て-命を守る着衣泳-

1 大洲市の地勢

図1
大洲市と肱川

大洲市の周囲は、八幡浜市、内子町、伊予市、西予市の各市町と山並みをもって接しており、内陸盆地を呈しています。また、市の中央を内陸から伊予灘に向かって肘を大きく曲げたような形をした一級河川「肱川(ひじかわ)」が流れています(図1)。

図2
河口。伊予灘に注ぐ

肱川は延長103キロメートル、途中で大小474の支流を合わせて伊予灘(図2)に注いでおり、支流の数は全国第5位となっています。

図3
臥龍淵と不老庵

流域面積は1210平方メートルと広く、水量も豊富で県下最大の河川であります(図3)。

2 大洲市の気象

図4
肱川嵐

大洲市の気候は、沿岸地域と比べて最低気温と最高気温との差が大きいため、日中は気温が上がりやすく、夜中には、気温が下がりやすくなっています。そのため、秋から冬にかけて、大洲市長浜の肱川河口付近で夜間から朝方にかけて冷気が霧を伴って強風を発生します。この様子はまさに霧の湖から流れ出す川のようで、奔流となってゴォーゴォーとうなりをあげながら町をのみ込んでゆきます。これを「肱川あらし」(図4)といいます。

3 大洲市の水害と水難事故

図5
昭和18年の洪水

大洲市における災害の主なものは、風水害によるもので、古くから数多くの洪水が発生しています。特に昭和18年(図5)、20年、平成7年の被害が甚大でありました。

肱川での水難事故は、過去6年間で8件発生しており、そのうち6件は死亡という悲惨な状態となっています。

4 着衣泳との出会い

工夫
泳がずに浮いて待つ

図6
平成7年洪水

平成7年には、大洲市で大規模な水害が発生しました(図6)。被害は、床上浸水515棟・床下浸水334棟・土砂崩れ44件、また、ある交差点では、大型バス1台・トラック5台・普通車70台とその乗車人員94人が孤立するという近年にない洪水による災害が発生しました。その時は、何もわからないまま活動をしましたが、死亡事故がなかったことだけは本当に不幸中の幸いでありました。しかし、「もし子供や大人が避難中に深みなどにはまり溺れてしまったら、救助が行くまでに本当に浮いていられるのだろうか。」「救助が行くまでに何かいい方法はないのだろうか。」とずっと考えていました。

図7
命を守る着衣泳

その後は特に大きな水難事故もなく、年数だけが過ぎていきましたが、平成15年に救急救命士の資格を取得してから、さら水難事故に対する思いは強くなる一方でした。そんなある日、私がずっと求めていた1冊の本に出会うことになりました。それが、「命を守る着衣泳」(図7)でした。

着衣泳とは、泳ぐことではなく「浮いて救助を待て」という、今までとは違った発想でした。これなら子供や大人でも練習により、溺れずに救助を待てる。痛ましい水難事故の減少が図れると思いました。

しかし、日々の業務に追われ思うように着衣泳を普及させることはできませんでした。

5 初めての着衣泳教室

工夫
とにかく始めてみる

転機が訪れました。平成17年10月に小田分駐所に異動となりました。ここは救急分駐所で救急件数、業務も少なく自分の時間も充分ありました。また、小田地区の住民、小中学校との交流も日頃からあり、ここでなら着衣泳ができると思い、手探り状態ながら思案を重ね試してみることにしました。

誰を対象に実施するのか?時期は?場所は?といろいろ悩みました。分駐所管轄の小中学校は、小学校3校・中学校1校と少なかったため、対象は小学生5・6年生と中学生とし、時期は夏休み前に計画しました。早速、各小中学校へ出向き、話をしたところ、先生方にも理解をいただき、場所も中学校のプールを確保することができました。

内容は、命を守る着衣泳テキストを基に2時間の内容でプログラム及び実施要領等を作成し、アンケート(小学生用、中学生・学校職員用)もとることにしました。

当日は、初めてということもあり不安もありましたが、職員が一丸となり、無事終了することができました。終了後は、「これからも絶対に継続して実施してやろう。」という強い気持ちがさらに湧いてきました。

図8拡大
アンケート結果。指導の進め方が悪い

しかし、アンケート結果では、「指導の進め方が悪い」(図8)

図9拡大
アンケート結果。時間が長い。

「時間が長い」(図9)等の指摘があり、「指導要領について本当にこれでいいのか」「継続してやっていけるのだろうか」とマイナスの考えばかりが浮かび上がり悩む日々が続きました。

6 斎藤先生との交流

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指導者を見つける


図10
斎藤秀俊先生

悩んだ結果、着衣泳の出会いとなった「命を守る着衣泳」の筆者である斎藤秀俊先生(図10)にアドバイスを頂こうと考えました。面識はありませんでしたが、思い切って今回実施した着衣泳教室の内容やアンケート結果を添付し、メールしました。すぐに、「広島で着衣泳指導員養成講習会があるので受講してください」と返信がありました。

図11
着衣泳指導員養成講習会のようす

そこで初めて斎藤秀俊先生とお会いし、着衣泳に対する意気込み、不安、疑問等、悩んだ全ての事を打ち明けました。斎藤秀俊先生からは、「着衣泳の目的である、救助の手が差し出されるまで、焦らず浮いて待ち続ける技能を少しずつでいいから地域に広げていきましょう。そして、焦らずに活動を続けてください」とアドバイスをいただきました(図11)。この言葉を聞いた瞬間、今まで悩んでいたことが嘘のように吹っ切れ、私は、「愛媛の大洲から着衣泳を広めていこう」と新たな意気込みが湧いてきました。

7 普及啓発に向けての工夫

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住民の立場に立って説得する

消防では、応急手当の普及啓発について、常日頃から活動を実施しています。私は、それと同様に着衣泳の普及活動も実施していきたいという強い思いがありました。しかし、上司や同僚からは、「着衣泳の指導を消防がやらないといけないのか」「着衣泳やったら海上保安庁とかがやるべきではないのか」「これをやることによって、職員の負担が益々増えるのではないか」と意見が飛び出し、ここで最大の壁にぶつかりました。半分諦めかけたほどです。

しかし、子供や大人たちの水難事故から命を守るためには、応急手当の普及啓発同様、地元の者が普及していかないと水難事故犠牲者を減らすことはできないという気持ちが強く、どうしても諦められませんでした。そこで、まずは救急担当者会で着衣泳の概念について知ってもらおうと考え、資料を作成し、話を持ち出したところ、何とか救急係長に理解してもらえました。次に、一番の難関である上司です。理解を得るため救急係長とともに着衣泳の主旨や効果について説明し、そして、必ず市民の役に立つと、上司に粘り強く訴えました。その結果、なんとか上司の了承を得、消防による普及活動の第一歩がスタートしました。

次に「着衣泳とはどのようなものか」を職員に知ってもらうため、平成19年8月に斎藤秀俊先生を招き講習を実施することにしました。前日には日本三大うかいである「大洲のうかい」で斎藤先生の着衣泳に対する熱い情熱について、消防長や上司に伝えてもらいました。これにより、さらに上司の着衣泳に対する理解を得ることができました。そして、愛媛県では初めてとなる本格的な着衣泳講習会を開催することとなりました。

図12
着衣泳についての講義

受講者は、大洲消防署、地元消防団、教員で40名の方に参加していただきました。
講習内容については、指導員としての基礎知識を身につけてもらうため、着衣泳に関する講義(図12)

図13
着衣泳講習

及び実技指導等のポイント(図13)をおさえながら3時間半の講習会を実施しました。

アンケート結果では、「子供へ水の怖さを教えるとともに背浮きを子供に体験させることは必要である」「指導員養成講習会も受講してみたい」等、着衣泳に対する関心や意気込みを感じることができました。着衣泳に対する疑問を懐いていた職員にも無理に参加してもらい、着衣泳の必要性について理解していただき、気持ちを変えることができたようです。

このとき私は「よしっ!やったあ!」と胸の奥でガッツポーズをしました。

そして、普及への第一歩が終了しました。

8 要綱の作成

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要項を作成することで活動を組織化する

次に、普及活動を継続していくためには、どのような工夫をしなければいけないのか、いろいろと対策を練りました。1番怖いのは、知らないうちに普及活動が自然消滅することです。そこで当消防独自の普及活動に関する要綱を作成しようと考えました。

図14拡大
着衣泳の普及啓発活動の推進に関する実施要綱

大洲地区広域消防事務組合の「着衣泳の普及啓発活動の推進に関する実施要綱」(図14)を策定し、目的、対象者、講習内容、指導員等について定めました。

図15拡大
着衣泳普及活動に関する実施計画

さらに、着衣泳の普及活動を円滑かつ効果的に実施するため、「着衣泳普及活動に関する実施計画」(図15)を別に策定し、対象者、広報要領、指導体制及び資器材整備等について定めました。また、指導員についても、「指導員」(着衣泳研究会の指導員養成講習会を受講した者)と「準指導員」(着衣泳研究会の普及講習会又は日本赤十字社の水上安全法講習会を受講した者)とに区分し、任務についても明確にしました。

図16拡大
着衣泳教室実施要領

ついに、平成20年4月1日から本格的な普及活動が開始できるようになりました(図16)。

9 指導員の養成

工夫
コネでも何でも利用する

普及活動をしていく上で問題点が浮かび上がり始めました。指導員が少ないことや資器材の整備がなされていないことです。そこで、まず始めに指導員及び準指導員の養成に取り組みました。

再度、着衣泳研究会の斎藤先生に依頼し、平成20年7月に2回目となる普及講習会と愛媛県で初めての指導員養成講習会を2日間にわたり開催することにしました。

受講者はすぐに集まると考えていましたが、現実はそう甘くなくありませんでした。いくら待っても定員に達せず、受講者集めに苦労しました。そこで対策として、近隣の消防に案内をしたり県内消防の同期生などに呼びかけ、時間はかかりましたが何とか開催できるだけの人数を集めることができました。

その結果、普及講習会では、消防職員、海上保安庁や教員など約30名、指導員養成講習会では、福井県、鳥取県を始め各県の消防職員、教員、専門学生など28名の方が参加していただき盛大に開催することができました。

この講習会を開催するにあたり、着衣泳が愛媛ではまだまだ浸透していないことが分かったので、私は「大洲から愛媛へ、四国全体に着衣泳を普及していきたい」と再度強く意気込みが湧いてきました。

これで指導員13名、準指導員10名を養成することができました。

しかし、平成20年度の着衣泳教室は、小学校を対象に8件しか実施することができませんでした。

10 着衣泳教室の工夫

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時には思い切ったことをやる

平成21年度は、第一に着衣泳教室の回数の増加、次に指導員等の指導能力の向上を目標に取り組みました。

図17
ホームページに掲載した着衣泳教室の開催案内

まず初めに、当消防のホームページを利用し、着衣泳教室の開催案内(図17)を掲載しました。しかしこれでは待つだけです。

そこで、いろいろと考えた結果、学校のトップに直接話をしようと考えました。資料を作成し、教育委員会の教育長のところへ飛び込んでいき、着衣泳に対する主旨や効果を説明しました。すると、「校長会で説明しますので、消防からは各小中学校へ案内の文書を送付してください」と返事を頂きました。このとき私は、「少しずつ身近なところからやっていくことも大切であるが、時には思い切ったこともするべきだなあ」と心の中で思いました。

図18
小中学校の着衣泳教室

文書案内後、小中学校から要請があり、平成21年度は、着衣泳教室を20回開催することができ(図18)、普及活動が一歩前進した年度となりました。

11 資器材の工夫

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「足らん足らんは工夫が足らん」

図19
順調に増えていく着衣泳教室

着衣泳教室(図19)は増えたものの、次の壁にぶつかりました。それは、教室を実施する際の資器材不足です。

図20
ペットボトルを用いた浮き方

教室を実施する上で必要な資器材は、ペットボトル(図20)、ランドセル、釣竿、プールデッキ、水泳遊具(ダイブボール)です。

資器材を整備するには、どうしたらいいのか、まずストレートに予算要望してみました。しかし、案の定、財政が厳しくすぐに却下され、資器材の充実には至りませんでした。そのため、自分たちでお金を掛けずに何か用意はできないかと考え、次の4つの物を充足整備することができました。ペットボトル、ランドセル、釣竿、プールデッキです。ペットボトルは、小中学校で準備してもらったものを貰いました。ランドセルは、職員や知人の子供が使っていたものを譲り受けました。釣竿は、私が使用しなくなったものを用意し、最後にプールデッキです。オールステンレス製のベンチを1台試験的に知人の業者から無料で譲り受け使用することにしました。しかし、重量が重く持ち運びに不便であることや、もし業者に正式に発注した場合、金額が高額になることなどの問題が生じました。

低学年で使用する水泳遊具(ダイブボール)はどうしても自分たちでは用意することができず、総務課へ粘り強く交渉し、なんとか購入することができました。

まだまだ資器材を購入し充足したかったのですが、現実は厳しく、これだけの資器材しか用意することができませんでした。

今後も少しずつでもいいので充足する必要があります。総務に粘り強く専用資器材を要望するのも一つの方法でありますが、安価な既製品で代用できないか常日頃から探す努力をしたり、材料から必要な器材を作成する等の工夫が重要であると考えています。

12 指導の工夫

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適切な一言でイメージさせる

指導をする際に一番苦労するのが、水を怖がる子や背浮きの練習の時に力が入ってしまって全く浮けない子に対する指導です。当然、水を怖がる子に対して背浮きをしろと言っても無理なので、先生に付いてもらっています。一方、力が入ってうまく浮けない子は、一生懸命練習をするため、何かいい方法はないかと考えました。テキスト通りに教えてもうまくいかないため、その中に一工夫入れてみることにしました。

図21
自分が雲の上に乗った気分になって力を抜いてごらん

その1つが、魔法の言葉です。「目を閉じず空を見てごらん。次に自分が雲の上に乗った気分になって力を抜いてごらん」(図21)ちょっとした一言で今まで浮けなかった子も数人は浮けるようになりました。

このような、ちょっとした工夫で、すぐに浮けるようになる子もいます。指導員がそれぞれ独自の魔法の言葉や要領を持っているかもしれません。今後もテキストのみに頼るのではなく、指導者が現場で得た指導要領の意見交換をし、一人でも多くの子供が浮けるよう工夫をしていかなければなりません。

13 今後の課題と対策

工夫
既存の組織とタイアップする

次のような課題があります。
(1) 指導員、準指導員の増員
(2) 指導能力の更なる向上
(3) 資器材の整備
(4) 教室の案内の工夫

(1)と(2)については、要綱や実施計画を見直をするとともに、指導員研修会等を定期的に開催し、指導能力の向上を図りたいと考えています。また、(3)と(4)については、今年の7月に他の機関が開催する「水難事故防止講習会」に参加する機会がありました。内容は着衣泳と同等のものですが、指導員は県外から招聘していました。このとき私は、「この講習を消防に依頼してもらい、この機関と協力し着衣泳を普及させたら資器材整備や内容に変化が生まれるのではないか」と閃きました。すぐに、当消防の着衣泳についてPRを行い、後日、着衣泳教室の見学にも来ていただきました。

担当者の感触はよく、来年度は前向きに検討したいとの言葉をいただきました。

(3)と(4)の課題をクリアするには、他の機関とタイアップすることも一つの方策(工夫)と考えています。

14 終わりに

管内においても、水難事故は発生しており、いずれも悲惨な状況となっています。1人でも多くの方に「浮いて救助を待つ」ということを知っていただければ、尊い命を失わずにすむと思います。

今後も、職員が一丸となり、着衣泳の普及活動を積極的に実施し、水の事故では、溺者自身による自己保全(浮いて救助を待つ)、素早い通報、素早い救助、素早い応急手当、素早い治療というチェーンオブサバイバルが結ばれるよう、水難事故ゼロを目指し普及活動に努めていきたいと考えています。

総ては「救える命を救う」実現のため「浮いて救助を待て!」を合言葉に・・・

>教育・伝承(6)浮いて待て-命を守る着衣泳-


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