工夫
第6回
着衣泳普及の工夫
渡部 豊和(わたなべとよかず)
所属 久万高原町消防本部
久万高原町消防署
出身 上浮穴郡久万高原町
消防士拝命 平成7年
救命士合格 平成19年
趣味 登山・剣道
シリーズ構成
泉清一(いずみせいいいち)
大洲地区広域消防事務組合
大洲消防署内子支署小田分駐所勤務
専門員兼救急第一係長兼消防第二係長
昭和五十六年四月一日消防士拝命
平成十六年五月救急救命士合格
気管挿管・薬剤認定救急救命士
趣味:格闘技全般(柔道五段・相撲三段)
工夫
第6回
高齢者を守る工夫
防災診断でのお年寄りとの会話
1 消防本部の概要
図1
愛媛県地図
当消防本部は、愛媛県のほぼ中央部に位置し、管内人口一万三百人余り、管轄面積は五百八十四平方キロメートル、一署・一支署、職員数四十三名体制の小規模消防です(図1)。
図2
西日本最高峰「石鎚山」
管轄とする久万高原町は、西日本最高峰霊峰石鎚山(図2)から分かれて走る、標高千メートルを越える四国山脈に囲まれた山間の地域で、土佐湾へ流れ込む仁淀川から分岐した、面河川、久万川が縦走する水源地域です。東西南北は他の市町と隣接しており、周囲を海に囲まれた四国では数少ない海を持たない町です。旧久万町、面河村、美川村、柳谷村の一町三村が合併し、平成十六年八月に誕生しました。その町名のとおり夏は冷涼、冬は寒気厳しく、夏には「四国の軽井沢」冬は「四国の北海道」と呼ばれています。
図3
久万産材を使用した愛媛県武道館
町の基幹産業の一つは林業であり、良質なスギ・ヒノキ等の木材で「木」にこだわったまちづくりを進めていこうと、平成十九年「木にこだわりのまちづくり宣言」(図3)を行いました。
図4
町立久万中学校
平成十一年三月に完成した町立久万中学校は、地元久万産材を使った、四,一六二平米の規模を有する日本でも最大級の木造二階建て校舎です(図3)。町内の四つの中学校が統合して新しい中学校を建設することを契機に、地域の人々の情熱によって誕生しました。快適な高原リゾートの機能や農林資源が「「住む」「働く」「遊ぶ」「憩う」といった人々の生活と調和した、ひと・里・森がふれあい、ともに輝く元気なまちづくりをめざしています。
2 救急需要の現状とその背景
平成二十一年中における救急出場件数は五八七件、一日あたりに換算すると一.六件となっています。都市部と比較し出場件数は決して多くはないですが、全国統計では国民の二十七人に一人が救急搬送されているのに対し、当本部では町民の十九人に一人を救急搬送しており、その利用率は全国平均を大きく上回っています。その背景には、高齢化と医療機関の状況などの地域性が影響しているものと考えられます。
図5
管内の集落風景
久万高原町の高齢化率は、平成二十二年四月現在で四三%と愛媛県内で最も高い水準となっています。山間地域に入り組んで集落が点在する(図5)管内の地理的条件を背景として、日常生活の不便や就職難などの社会状況により、若者の都市部流出が後を絶ちません。現在管内では、高齢者世帯が多くを占める集落が増加し、災害発生時には高齢者同士がそれぞれを支え合わなければならない、いわゆる「限界集落」が増加しており、救急のみならず様々な災害発生時における、高齢者の安全対策が大きな課題となっています。
3 高齢者世帯防災診断
工夫
防火診断から防災診断へ
高齢者の安全対策のまず一歩として、管内の高齢者の実態把握が重要と考えました。
当本部においても、秋季と春季の全国火災予防運動週間に併せて一人暮らしの高齢者を対象とした「一人暮らしのお年寄り宅の防災診断」、後期高齢者夫婦世帯を対象とした「高齢者夫婦世帯等の防災診断」を実施しています。かつては、火災予防の観点からお年寄り宅の火気設備の点検と改修を主眼に行ってきましたが、近年、風呂かまどや台所かまどといった裸火設備は姿を消しつつあり、電気温水器や電気ストーブ、コンロなどが主流となってきました。また、長年に渡っての職員による改修や各業者への指導によって、防火観点での危険材料は年々減少していきました。
図6
お年寄り宅防災診断調査票(拡大)
そこで防火視点のみの「防火診断」から、救急や防災面にも踏み込んだ「防災診断」として、お年寄りの実態把握に取り組むこととしました。お年寄り一人ひとりの身体状況や既往・現病歴、かかりつけ医などの把握。さらには車両が進入できる車道から自宅までの距離や建物構造、自宅周辺の危険箇所や通院方法なども聴取しました(図6)。そして、防災診断で把握した情報を高齢者台帳として保有し、すべての職員で共有することとしました。
4 高齢者情報を現場活動に活かす
工夫
防災診断管理システムを構築する
救急搬送した傷病者のうちの七割弱を高齢者が占めている当本部の現状において、防災診断で把握した高齢者情報を、どのように実際の現場活動に活かしていくべきなのか。高齢者からの救急要請時において、傷病者の事前情報が把握できていたとしても、緊急電話入電時に膨大な量の台帳の中から、迅速に傷病者を探し当てることは困難であり、火災や心肺停止といったより緊急度の高い災害状況の場合では、把握した事前情報が実際に現場活動に活かされているかどうか疑問でした。
図7
防災診断管理システム
そこでより正確に、かつ緊急時に迅速に情報が確認できるよう、専門業者に依頼し、PCデータベース管理のための「防災診断管理システム」(図7)を導入しました。
図8
地図情報管理システム
さらに管理システム内の高齢者情報を、通信指令室内に設置している地図情報管理システム(図8)に反映させることによって、救急要請を受信した通信員が、傷病者宅の位置と併せて高齢者情報までを直接確認できるシステムを構築しました。
図9
通信員の対応状況
これにより通信員は、システム上に表示された情報を確認しながら要請内容が聴取できる(図9)とともに、仮に正確な情報が聴取できない場合であっても、一定量の傷病者情報が得られることとなります。また、救急車両から傷病者宅までの距離や階段等の活動障害も把握できることで、より正確な情報が迅速に出動救急隊へ提供できるようになりました。
5 お年寄りとのコミュニケーション
工夫
日常会話の延長で情報を得る
救急現場においても、傷病者やその家族との信頼関係のもとで観察と処置が実施できるものと思います。高齢者世帯の防災診断においても、「説明と同意」を基本として、お年寄りの信頼を得ていくことが重要です。
近年、お年寄りを狙った詐欺や悪徳商法などの事件が多発しており、お年寄りの警戒心は高くなっています。たとえ制服を着ている消防職員であっても、「本当に消防署の人間なのか」と疑う方もいます。一人暮らしの方であれば、なおさら不安を感じることでしょう。そのため、当本部では可能な限り、地元警察や地域の女性防火クラブ員の方に同行していただき、お年寄りが安心できるように配慮しています。また、実際に訪問する数日前までに電話で事前連絡を行うことで、お年寄り自身が訪問の可否について、家族や知人へ相談することができます。氏名や住所、電話番号などの個人情報の使用用途についても十分な説明と同意が必要不可欠です。
聴取する項目が多くなると、事務的な質問口調や、まるで調書を録っているかのような口調となる職員がいますが、結果的にお年寄りに不快感を与える恐れがあります。趣味や嗜好などの日常会話を織り交ぜながら、時間をかけて情報を得ることが大切です。
6 協力員の活用
工夫
協力員を活用する
図10
地図情報管理システムによる現場の確認
「主人が体に力が入らず、ろれつが回らない状態なので救急車をお願いします。」膠原病の現病歴があり、脚が不自由でほぼ寝たきり状態である八十二歳の女性からの通報でした。地図情報管理システムで傷病者宅を検索(図10)すると、救急隊の現場到着所要時間は約十五分、救急車が進入可能な車道から傷病者宅までは徒歩で約百メートルとのことでした。近所に民家は無く、夫婦共に八十歳以上の二人暮らし。夜間の救急要請でもあり、傷病者宅までの徒歩での現場経路が不明確であったため、防災診断管理システムで高齢者情報を確認し、傷病者宅から数百メートル離れた「協力員」に、傷病者の状態把握と救急隊への道案内を協力依頼しました。覚知から十三分後に救急隊が現場付近に到着。協力員の道案内で傷病者宅へ向かいましたが、事前情報のとおり、救急車から傷病者宅までは街頭も無く、畑の間を縫うように進む狭い小道であったため、協力員と共に傷病者を担架搬送し、無事車内に収容しました。長年にわたって足の不自由な奥さんを介護してきた八十五歳のご主人が、突如脳梗塞を発症した事例でした。
当本部の防災診断では、お年寄りの身体状況などと併せ、近隣の協力員情報の把握を行っています。この協力員とは、特に普通救命講習を受講されている近隣住民の方を把握するものではなく、お年寄り自身と日常的に交流があり、各地域におけるリーダー的存在の方を把握するものです。もちろん地域防災の要である消防団員の方であることが理想ですが、限界集落が多い管内の地域によっては不可能な場合もあり、一般の方についても協力員として防災診断管理システムに登録しています。お年寄りからの救急要請を受信した際、救急隊到着までに時間を要する場合において、傷病者の安否確認と状態の把握、また傷病者宅から救急車両まで距離がある場合は搬送協力等を依頼するなどの目的があります。
お年寄りは、たとえ体調を崩した場合であっても、近所の目を意識してなかなか救急要請をせずに我慢されることが多く、特に夜間には近所迷惑を心配するあまりに夜が明けるのを待ってからの救急要請というケースも少なくありません。結果的に疾病が重症化することも多く、「田舎特有の落とし穴」に陥る傾向があります。お年寄りと顔見知りである協力員の方であれば、近隣から駆け付けることができ、仮に応急手当の知識や技術がない方であっても、通信員からの口頭指導で応急手当を実施できる可能性があります。そして何より、傷病者やその家族の不安を和らげる効果が大きいと思われます。しかしながら、依頼した協力員の事故補償などについては現在のところないため、今後の検討課題としていく必要があると考えています。
7 おわりに
国の地震調査委員会の評価では、震度六弱以上のゆれに見舞われる確立が今後三十年以内には約五十%、五十年以内では八十?九十%になるとされ、山間地域である久万高原町においても災害に備えての準備が急務となっています。このような大規模な災害が発生し甚大な被害が及んだ場合、遠隔地である小規模な消防機関だけではその能力に限界があり、被災者の救出には地域住民の方々の協力が必要不可欠です。しかしながら、点在する限界集落においては、高齢者が高齢者をという災害弱者同士の支援体制が現状であり、物理的に困難な状況となっています。
先日、防災診断で一人暮らしのお年寄り宅を伺った際、「消防さん、何年か前にも来てくれたことがあったな」と話かけて下さいました。過去の記録を確認すると、三年前にも一度訪問しており、気付けなかったことを恥ずかしく思うと共に、うれしくも思いました。それと同時に、お年寄りの安全と安心のために私達消防に出来る、さらなる「工夫」を見出していかなくてはと感じました。
愛媛県では、平成二十一年八月より防災ヘリコプターによるドクターヘリ的運航、本年三月にはドクターカーの運行が開始されました。久万高原町のような山間へき地において、大幅な時間短縮が期待できるこれらのシステムを、今後も積極的に活用していきたいと考えています。そしてソフト・ハードの両面において各地域、集落単位での防災能力の向上を図り、地震等の大規模災害に限らず、火災や救急事案などにおいても、隣近所で助け合う「隣保・共助」の思想を消防機関が中心となって広めていかなければなりません。
図11
地域での防災訓練風景
地域とより密着し(図11)、そこに住む住民と共に活動する消防行政を、この小さな高原の町で展開していきたいと思います。
11.1.16/5:42 PM
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