120603教育・伝承(6) 浮いて待て-命を守る着衣泳-

 
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教育・伝承(6)

浮いて待て-命を守る着衣泳-

講師

氏名:頃末 浩二(コロスエ コウジ)

korosue.jpg
所属:笠岡地区消防組合
出身:笠岡市
消防士拝命:1987年
救急救命士合格:1997年
所属会員:NPO救命おかやま,社団法人水難学会,岡山救急医療研究会
趣味:読書(ペリー・ローダンシリーズ 8月末407刊読破中)
好きな言葉:「出来る事を 出来る時に」「助かる命は 助けたい」


シリーズ構成

西園与之

(東亜大学医療工学科救急救命コース)


教育

浮いて待て-命を守る着衣泳-

1.応急手当講習会はいつも同じ

写真1
応急手当講習会

毎年夏前には幼稚園・小学校から応急手当講習会の依頼が消防署にやってきます。大体が心肺蘇生講習を60分から90分で行なっています(写真1)。

講習会は学校が実施しているのではなく、夏休みにプール開放を行なうにあたり、監視を行うPTAが主催しています。そのために毎年毎回同じスタイルで心肺蘇生法講習を行なっています。

ここ数年来自分も同じように実施してきたのですが、学校へ出向いてもいつも参加者が少ない。どうしてかなと思って聞いてみると、PTAの役員さんに動員がかかって義務で参加しているからだそうです。自主参加ではなく役員さんと担当する人は毎回毎回強制参加なので、

「やることはいつも同じです」

「面白くないというわけではないが、内容は知っているよ。また今年も同じでしょ」と言われます。

さらに

「簡単にやってください」

「毎年やっているから私は判ってます」とも言われます。

「では、やってみてください」とやっていただくとなかなか上手くできません。ガイドラインの変更に伴ない、変更点があることを指導しても、せっかく今まで覚えたことが変わっていくことをなかなか認めようとしない人もいます。そんな講習では面白くないですよね。

2.プールで大切なのは心肺蘇生?

同じことを繰り返すから面白くない。では例年と違ったら興味は湧くのでしょうか。もしくは興味があることを講習し伝達できたら参加者数は増加するでしょうか。

プールの監視をするために行う講習です。心肺蘇生は大切なことではありますが、その前に心肺停止にならないにはどうしたら良いかを考えるべきでしょう。救命の連鎖の最初の輪「予防」です。どうしたら心肺停止を防げるのか。

その時に出会ったのが「命を守る着衣泳」です。ある人の話ではプールで溺れかけた人を早く発見したら、心肺停止にならない段階で助ける事ができるそうです。その人は数人の人をプール内の溺水から助けたとのこと。発見が早ければ、意識はなくなって呼吸が止まっていても心拍停止には至らず、救出し人工呼吸を実施すれば事故者はパニック状態で現実に引き返されると言っています。なるほど乾性溺水のメカニズムかと勝手に納得しました。ところが当時私が使用していた救命士テキストでは乾性溺水は稀で湿性溺水が大半であるように記載されていました。習いたての私にはテキストはバイブルと信じていたわけですが、この人が言っている事も嘘とは思えませんでした。テキストを盾に反論したのですが、

  写真2
危険な行為もパニックから蘇ればそのまま忘れられます

「どこで収集された統計ですか。パニックから蘇りギャーギャー喚きながら走り回ってる人(写真2)の大半は病院に行かないかもしれません。どこの機関にも行かない人のデーターは収集できないですよ」
と諭されました。なるほどごもっともだと思いました。テキストは根拠に基づいて記載されているのでしょうか、その根拠がぶれていたら現場との相違があるのだということを知らされました。

3.予防策の提示も講習の役目

写真3
滑って転倒

心臓が停止してからでないと手当ができないなんてナンセンスであり、そうならないように工夫することが必要です。じゃあ水の事故って何があるのかなと考えます。プールサイドで滑って転倒するして(写真3)、それによって打撲もあれば骨折もあるでしょう。飛び込みでの頚椎損傷は一生を左右する重大な事故です。屋外プールだったらプールサイドは灼熱に曝され焼けたコンクリートになっています。その上に裸足で立てばバタバタと足踏みもするでしょう。そこに「走るな」って言われても困ったものです。プールサイドを冷却するために水打ちをすることも必要でしょう。ところが水を打てば滑りやすくなります。プールサイドのコンクリートの上に何か滑らない物を敷いて熱の遮断を図っておけば解決できます。講習ではこういった予防策を提示することが必須です。「気をつけましょう」だけでは何をどうして良いかあまりにも不親切です。

4.浮くこと、待つこと

毎年繰り返される水の事故の報道を見ると、幼い子では大人がちょっと目を離した隙に事故が起き、それを助けに行った人が犠牲になるようです。ではどうしたら溺水しなくてすむのでしょう。

私はここ10数年命を守る着衣泳に関わってきました。着衣泳研究会は本年6月を持って水難学会と名称を変えました。その水難学会では、まず水没しないことを強調しています。水没すると呼吸ができないので生き延びることができません。そのためには浮いて呼吸を確保することが必要条件になります。

次にどうするかは選択肢が分かれます。体力を使用して動くか、体力を温存するために浮いて助けを待つかです。体力の充分な人、そうでない人、いろいろいますが、万人向けには体力を温存して助けを待つ方を推奨しています。最近の川、水路や海では護岸工事が行き届いています。水に転落して岸に近づいても陸に上がる事が困難な場合が多いのです。まして海岸では堤防にフジツボやらカキが付着して怪我をする危険もあり、岸近くで助けを待つしかありません。助かるのは自分です。人ではありません。助かるためには水面に浮いていれば、呼吸ができ体力を温存でき、早く発見されます。現在の消防救急体制では救急車は平均8分で現場に到着できるわけですから、救助工作車も10分?15分あれば現場に到着できるでしょう。勿論救助工作車には梯子も浮環も積載されています。先ず予防。防げるものは防ぐ。起こってしまったら早期通報119・118番へ通報します。そして当事者は浮いて待ちましょう。水難から大切な自分の命を守るための基本的な学習はまさに生涯教育そのものです。

講習の中に加えてみると、PTAの方々の反応が変わってきました。

5.着衣泳30年の計

水難で犠牲になっている人の多くは実は大人です。従って浮くことを本当に理解して欲しい年齢層は成人です。ところが大人には学習する場所と時間がありません。このような学校が関与するPTAでの講習等で知ることができればラッキーなのですが、その機会にめぐり合えるのは、ほんの僅かな人に過ぎません。そこで未来の大人、つまり子供たちです。幸いにして日本国内では殆どの小学校にプールがあります。これを活用して子供が大人になる一世代はというと約30年かな、ということで着衣泳30年の計が立てられました。

当初はどうすれば学校で実施して頂けるか、教育委員会を訪ねたり、学校を訪ねて廻りましたが効果はありませんでした。やってもらうという考え方が駄目だったと気付いたのは暫くしてからでした。言って聞かせてだけでは駄目だという事を学びました。自分でやるんだという考えに切り替え現在普及活動を行っています。

6.半数が溺れた経験あり

海に面するある小学校では先生方が理解を示してくださり、ここ5年間毎年1回6月末頃に3年、4年、5年、6年と学年毎に4コマで実施しています。実際に浮き方を指導していくのですが、子供たちから学ぶ事が多くありました。

3年は初めて命を守る着衣泳を体験するので、最初に時間を取って子供たちからいろんなことを聞きます。

・今までに溺れたことがある人?

意外ですが例年大体30%位は手が挙がります。溺れそうになった?を含めると半分近い数になります。どこの統計にもない数ですが、子供とはいえ本人が体験した現実の数値です。今になって思えばこの数字をしっかりと集積しておけば良かったと思っています。

・場所は?

プール、風呂、海と様々でした。

・遊んでいて、思わず水に落ちてしまったらどうする?

泳ぐ、泳げない、服を脱ぐ、判らない、と様々な意見が返ってきます。

「今日は、泳がないで「浮いて助けを待つ」ことを学びます。息ができるように顔を上にして浮いていたら、沈まずに息はできます。そんな浮き方をやってみましょう」といって指導を始めます。

7.浮くことを体験させる

人の体には胸に空気があります。普通息を吸った時には比重は0.98といわれており2%は水の上に出ます。この2%は体のどこの部分を水面に出せば良いかです。

・声を出したら胸の空気が減るから沈みます。本当かな?

図1
浮いている人の力学。重心の頭尾で浮力が違うため回転します

写真4
そのままでは足から沈みます

写真5
万歳をすると沈みません。重心が頭側に移動するためです。

・人はまっすぐに背浮きしていると、浮心と重心の位置関係から足から沈みます。本当かな?(図1,写真4,5)

写真6
靴は浮きます。万歳は不要です。

・身近なもので浮くものって何かな?身近といっても身に着いている物では服と靴しかないけど、服って浮くのかな、靴って浮くのかな?(大半の靴は浮きます(写真6)が、靴の用途によっては靴の底を厚くしている靴もあります。こういった靴は沈む物もあります。)

と課題を与えます。

写真7
準備体操

準備体操をして(写真7)、シャワーを浴び、水への入り方からプログラムを進めていきます。初めて着衣状態で水を浴びると服が体にまとわりついて、気持ち悪いとか重いとか騒がしくなります。

写真8
補助者と実施者で一組です。

水の中で立ち方を実施し、水の中を歩き着衣状態で水慣れさせます。児童一人に補助者と実施者が両脇から支えます(写真8)。浮き方では、伏し浮きは殆どの子供ができるので、伏し浮だと息ができないからその逆だと言えば納得はするのですが、やってみると意外に難しいようです。

写真9
溺れないようにフロアーを入れているところ

3年生は身長が低いので、プールの深さを考慮しないと溺水の模擬体験をしているところで溺れたら大変です。フロアーを入れたり(写真9)、別の場所に分けたり先生と相談しながら工夫が必要でした。また靴が浮きすぎて立ち上がれない子供にも要注意です。水に入って最初にやった立ち方が効果を現します。でも半数以上の子供はコツを掴み、浮ける様になります。

写真10
ランドセルを背負ったまま転落するところ

浮力の強いランドセルを用いた体験も行います(写真10)。

4年生では昨年体験しているので、一つ一つ覚えているか振り返りながら着衣状態と水着状態の浮き方の比較体験を加えます。背浮き、バランスのとり方、呼吸方法に重点を置きました。

写真11
5年生。仕上げのタイム測定。ペットボトルなしで靴のみで背浮きができるようになっています。ある意味で仕上がり状態です。(^_^)

5年生では、浮くための補助動作を加えて安定して浮くことにポイントを置き、浮いた状態で息を吐くとゆっくり沈んで行くこと、沈みかける時に息を吸い込むとゆっくり浮いてくることを体験してもらいます(写真11)。この「ゆっくり」が焦るとパニックにつながります。

6年では総合的に転落、ペットボトル確保を実施しています。ここではペットボトルの投入の難しさ、受け取る難しさを判ってもらいたいところです。余分の浮力を得てより安定して浮いて待つことができるようにしています。水の事故で身に付けているものは服と靴です。従って他の浮力なしで浮ける様になる事が目標です。最近ではペットボトルが必須アイテムのように活躍していますが、補助浮力です。到達目標は自分で浮き、呼吸を確保する事ここが原点である事を忘れないようにして、より安定させるためにペットボトル等の補助浮力が加わります。写真のように浮いて待つことが大切です。6年になると補助浮力がなくても浮ける人が多くなります。補助浮力を得ると安心して浮けるという人を含めると殆どの子供が浮くことができています。

8.継続すること

貴重な時間です。年に何回も実施する必要はありません。でも命を守る学習です。しかも生涯かけて覚えていて欲しいやり方です。

講習を実施するに当たり先生方に事前に今年の目標を説明しプログラム編成にご意見を頂いております。こうすることにより先生方も繰り返し学習機会に触れるようになります。実技段階では補助に入っていただき、子供達への指示には主となってやってもらっています。これは今年で5年間継続している学校の例ですが、他にも単発での講習も実施しています。

継続が無ければとにかく浮くことの講習となります。継続性がある場合は複数年で考慮すれば子供たちの成長が共に実感できます。何より子供たちから元気と活力をいただけます。決して吸血鬼じゃないですよ。

また職場においても上司、同僚の理解を頂き週休調整させて頂いております。またわが消防では水難学会の認定指導員が私を含め7名います。講習が増えてきた今では分担ができています。1人でできることは限られていますが人が増えるとできる内容も変わってきます。「できることをできるときに」で活動しています。学校関係での次年度カリキュラム編成は10月?12月です。これからはPR活動の時期に入ります。また水難学会の指導員養成講習会もこれからシーズンインし今年も全国各地で開催される予定です。興味ある方は

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を覗いてみてください。


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12.6.3/5:45 PM

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