救急隊員のための基礎講座5(1999/8月号)消化器内科

 
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HTMLにまとめて下さいました粥川正彦氏に感謝いたします


目次

救急隊員のための基礎講座

消化器内科

今回は消化器内科の扱う救急疾患を講義する。消化器内科では症状は全て腹痛と一括され、119番だけでは疾患の見当はつきづらい。消化器内科の疾患で現場でCPRを必要とすることが少ないのは救いである。

急性腹症

「急激に強い腹痛を訴え、早急に処置を必要とする疾患」と定義される。一般的には処置は外科処置(手術)を指す。代表的な疾患としては、急性膵炎、消化管穿孔、消化管出血、腸閉塞(絞扼性イレウス)、虫垂炎が挙げられる。また、胆石、尿管結石、子宮外妊娠も含まれることがある。

問診の要点

どこがいつから痛いのか、痛みに強弱はあるか、嘔吐や下痢などの随伴症状はあるか聞く。また、過去に同じような症状があったか(胆石、尿管結石)、手術歴はあるか(イレウス)も確認する。女性ではできれば妊娠の可能性も聞く。観察の要点1)バイタルサイン

ショックを念頭に置いて観察する。意識レベルは清明か。心拍数、血圧とも疼痛と発熱のため通常は上昇している。血圧が保たれていても心拍数が著しく高いときはショックの前触れと考える。消化器疾患の全ては脱水が症状を修飾している。脱水には嘔吐・下痢・出血が含まれる。急激に症状が進行した場合、ショックに陥ることがある。発症初期では低容量性ショックだが、病状が進むと敗血症性ショックになって回復は困難をきわめる(用語)。

2)腹痛の場所

疾患によって痛む部位が異なっているため、発症初期には痛みの場所で診断を絞ることができる。しかし症状が悪化し汎発性腹膜炎になった場合には、腹部全体が痛むようになる。
内臓の痛みは原因となるところが痛むばかりではなく、時には全く関係のない部位が痛むことがある。急性心筋梗塞で胸だけでなく左肩や左腕まで痛くなるのと同様である。

虫垂炎では初めは心窩部が痛くなり、しだいに右下腹部に痛みが限局してくる。心窩部の痛みは内臓痛とされ、腸が激しく動くために疼痛を感じる。痛みは強くなったり弱くなったりする。内蔵痛は交感神経を介しているため種々の自律神経症状(嘔気、発汗、動悸)を伴う。また、痛み刺激は左右の神経に共に入るため、痛む部位は不明瞭で体の真ん中となる。胃、十二指腸の痛みは上腹部に、小腸は臍周辺に、大腸は下腹部に感じる。

炎症が進むと腹膜炎となり虫垂のある部分が痛んでくる。これを体性痛といい、痛みは腹膜や腸間膜根部で感じる。痛む部位は刺激のある部位そのものを差し、場所のはっきりした、自律神経症状を伴わない痛みである。腹膜炎の特徴的な所見としては、筋性防御(触れると腹壁を硬くする)、ブルンベルグ徴候(腹壁を押してから話す瞬間に強い痛みを感じる)がある。さらに炎症が進むと、今度は腹膜全体が刺激され、場所がはっきりしなくなる。

関連痛は内蔵痛や体性痛がひどくなったときに神経の伝達が混線したものである。胆石は肩に、膵炎は背中に、心筋梗塞は腹部に痛みを感じる。

3)吐血

吐血は胃・十二指腸から出血した血液を嘔吐することをいう。吐血は胃内にかなりの血液をためなければ起こらない。少量では消化管を下って下血となる。吐血の性状が赤色ならば食道、暗赤色ならば胃・十二指腸とするが、出血量によって色調は変化するので、一般的な指標とする。

吐血の出血量を知ることは難しい。すでに小腸に下った量が不明なためである。脈拍数が100-120、収縮期血圧が100程度なら1000ml以上の出血があると考える。

4)下血

下血は多くの血液を消化管、特に大腸に貯めてから溢れた分が肛門から出てくる。そのため、頻回の下血ではすでに相当量の出血が起こっていると考える。タール便は通常100ml以上の出血で見られ、血液が上部消化管を通過する際の化学反応で黒色に変化する。黒褐色から暗赤色の便は大腸からの出血を示すことが多いが、上部消化管から大量に出血した際にも認められることがある。鮮血便は通常直腸肛門部からの出血が多い。また、大腸下部から大量に出血した際にも見られることがある。

5)下痢

一般的な下痢では絶食、安静、整腸剤の投与によって改善する。しかし、迅速な処置が必要な下痢も存在する。これを激症下痢ということがある。急激な脱水によりショックを起こしやすく、また伝染病の可能性があるためである。問診にて対象疾患を絞り込む。救急隊にとっては、自分に感染する可能性があるか、問診によって確かめる。

処置の要点1)ショック

搬送途中のショックは循環血液量の減少による。足を高くし、気道を確保して酸素投与を行う。嘔吐があれば、気道閉塞(窒息)に注意する。血圧がどんどん下がってくるようならショックパンツの装着も考える。ショックの原因が出血であった場合、ショックパンツ装着後の血圧上昇により再出血を来す可能性もあるが、危険性を論じるより血圧を上げて脳に血液をまわすことを考えよう。

60mmHg以下に血圧が低下し、脈拍も下がってくる状態ならばバッグマスクで換気補助をしつつ、心臓マッサージを行なえるよう準備する。本来なら静脈路を確保して急速輸液を行うべきだが、現状では救急隊員には許されていない。

2)吐血・嘔吐

気道確保を第一に考える。吐物には胃液が混じっており、誤嚥した場合には窒息や嚥下性肺炎を起こす。できれば側臥位か腹臥位にする。仰臥位でも顔は横に向ける。嘔吐があった場合には鼻腔・口腔内の吐物を吸引除去する。大量の吐血・嘔吐をした直後に血圧が急墜する可能性がある。これは、吐血・嘔吐により腹圧が下がって血液が腹部に溜まり、心臓に血液が返りづらくなったためである。バイタルサインのチェックを怠らないこと。

意識障害か痙攣があって嘔吐している場合には、高度の脱水や重症中毒、代謝障害を生じている可能性があり、死亡する危険が高い。迅速に処置する。

3)疼痛

衣服による腹部の圧迫を解除する。患者の楽な姿勢をとらせる。

注意すべき病態1)小児の腹痛

言葉や表現で疼痛の性状や程度を表せない。従って、全身状態の観察によって重症度を判断する必要がある。また症状の進行が早いこと、急速に脱水症状を起こすこと、高熱に対する抵抗力が弱いこと、低温や冷却により低体温になりやすいことが注意点である。

小児の腹痛疾患として、急性虫垂炎(汎発性腹膜炎になりやすい)、腸重積(乳幼児に多い)、鼠径ヘルニア嵌頓(鼠径部が腫れて押すと痛がる)が多い。

2)高齢者の腹痛

病態に比べて症状や訴えが軽い。また、疾患の背景には癌が隠されていることが多い。重症疾患であっても慢性の経過を取ることがあり、その場合にはぎりぎりまで放置されるため予後は悪い。胃穿孔(潰瘍もあるが、癌が穿孔することもある)、腸間膜動脈血栓症(小腸の血流が途絶する。広範囲の腸管壊死となり、死亡率は高い)、腸捻転(何らかの原因、例えば手術後の瘢痕や腫瘍により腸管が捻れて腐るもの。重症度は捻れた長さに比例する)、イレウス(腸閉塞、図)が多い。

3)胃十二指腸潰瘍出血

潰瘍の発生は、従来胃酸(攻撃因子)と抵抗力(防御因子)の天秤によって決まるとされていたが、この10年間で胃酸の中で棲むヘリコバクター・ピロリ菌が重要な役割を示すことが確立された。

患者はショック状態に容易に陥る。そのため、的確な観察と迅速な輸液・輸血が必要となる。診断と治療の両面から、緊急内視鏡検査が行われる。出血源には純エタノール局注や熱凝固により止血を図る。出血が大量で原因が特定できない場合にはレントゲン下での動脈塞栓術を行う。

4)食道静脈瘤破裂

肝硬変を基礎に持つ致死的状態。同様に胃静脈瘤破裂もあり、こちらのほうが致死率は高い。いったん出血が止まっても高頻度に再発する。破裂は肝硬変の初期から見られ、患者本人が病識のないこともある。さらに、肝硬変の存在により全身状態は悪く病態は複雑である。現在は内視鏡的硬化療法により急性出血の止血率は90%以上である。大量出血で内視鏡的止血が不可能な場合には食道バルーン(S-Bチューブ)を挿入する。

5)胆石

胆石の嵌頓により急激な腹痛を起こす。これが胆石発作である。嵌頓したままだと胆道が閉塞するため急性淡黄苑を起こし、また胆管を閉塞すると閉塞性化膿性胆管炎を来たし予後は不良である。痛みは右季肋部で急激かつ波のある痛みである。黄疸、悪心、嘔吐も見られる。右季肋部には圧痛がある。患者の楽な姿勢をとらせ、衣服をゆるめる。病院では問診と観察を行い、超音波断層装置で胆嚢や胆管の拡張を確認する。高率に胆石も発見される。

6)腸閉塞(イレウス)

腸が閉塞すると腹痛、嘔吐、排便と排ガスの停止をおこす。これには2つのタイプがある。ひとつは機能性イレウスで腸の動きが止まるもの。手術後や腹膜炎、脊損などで起こる。蠕動運動を促進する薬剤を与えたり、腹部をマッサージしたりして蠕動運動を促す。

あとひとつは機械的イレウスで腸が機械的に圧されて内容が進めなくなったもの。腸捻転や鼠径ヘルニア嵌頓がある。腹部を聴診すると金属音(カランカランという空き缶が転がるような音)が聞こえる。腸管の血流は保たれるものを単純性イレウスといい、イレウス管を閉塞部近くまで入れて腸を減圧することによって症状は改善する。重症となり血流が止まったものを絞扼性イレウスという。腸管はうっ血と浮腫を起こし、ついには壊死する。早急に手術によって絞扼を取り除き血流を再開させる必要がある。

7)尿路結石

腎臓と膀胱をつなぐ尿管には3カ所狭いところがある。上から、腎臓から尿管が出るところ、尿管が腸骨動脈を乗り越えるところ、膀胱の入り口である。このどこかに石が引っかかる。腎臓から動脈を乗り越えるところまでは背中から脇腹が痛いというが、その下になると主に下腹部が痛いと訴える。痛いところを指圧すると痛みが良くなる。


用語1

ショック

ショックには4種類ある。そのうち、消化器疾患で経験するのは上の2つである。

(1)低容量性ショック
循環血液量が低下して血圧が低下したもの。出血性ショックともいう。血液が体外に出てしまう吐血、下血が代表的だが、血液成分が血管から体の他の部位に移動する場合も多い。腹膜炎によって腸管内(胃液・腸液)や腹腔内(腹水)に大量の液体が溜まることによってもおこる。

(2)敗血性ショック
腹膜炎や化膿性胆管炎が進むと敗血性ショックになる。血管内に毒素を持った細菌が流入することによりショックを起こす。発熱を伴い、心拍数が上昇する。血圧は初めは上昇するが病状が進めば下降する。非常に難治性で、肝臓・腎臓障害から多臓器不全となり死亡する確率が高い。

(3)心原性ショック
心臓疾患によりポンプ不全となり、血液が体内に回せず血圧が低下したもの。心筋梗塞や拡張型心筋症がある。

(4)神経原性ショック
一時的な反射、もしくは脊髄レベル以上での中枢神経の障害によりショックを来したもの。胆石の痛みによるショックや、頚髄損傷によるショックがある。


用語2

喀血と吐血の鑑別

喀血と吐血の鑑別を覚える。喀血は咳を、吐血は嘔吐を伴う。喀血でチアノーゼをみる場合には換気障害を考え気道確保を、吐血でチアノーゼをみる場合には出血性ショックを考え血圧維持を行う。

項目喀血吐血状況咳と共に喀出嘔吐と共に吐出色鮮紅色暗赤色性状泡状、痰の混入凝血塊状、食物残渣の混入反応アルカリ性酸性自覚症状呼吸困難、胸痛、発熱嘔気、心窩部痛、胸やけ他覚所見喘鳴、水泡音心窩部圧痛、冷や汗既往歴肺疾患、心疾患胃・十二指腸疾患、肝疾患


事例私は、時間が経過して発見されたと思われる傷病者の口元に茶褐色の吐物(少量)があり、その傷病者がいずれも脳疾患(クモ膜下出血・脳出血など)であった事例を過去に3回程経験しています。その事例のうち一つを紹介します。

遠方に住む家族が傷病者の家に電話をした際、カゼ気味であることを聞いたため2・3日後に身体の調子を聞こうと再度電話しましたが電話にでませんでした。不審に思った家族が、警察に様子の確認を依頼、駆けつけた警察官が屋内に入ったところ、寝室のベッド上で倒れている傷病者を発見し119番したのです。私達が現場到着すると50代の女性がベッド上に倒れており、意識レベル200、口元の布団上には僅かな茶褐色の吐物があり、私は過去にも同様な事例があったことを思い出したのでした。

結局、この方はクモ膜下出血でした。
その後、私は救急救命東京研修所で勉強することになり、ご講義をいただいた救命救急センターの医師にこの様な事例があったことを話し、茶褐色の吐物について質問してみました。「時間が経って発見されたと思われる事例で、口元に茶褐色の吐物があり、いずれも脳疾患であったのです、吐物と疾患に何か関係があるのでしょうか?」「それはクッシング潰瘍だと思います。中枢神経障害のとき消化性潰瘍が生じることがあり、その吐血にようるものでしょう」とのことでした。変わった吐血と思われる事例です。

旭川市消防本部北消防署 救急救命士 杉浦康裕



イレウスの腹部単純レントゲン写真。立位正面像。75歳男性。2年前に胃切除をしたのち何度もイレウスを起こしている。腸が動いていないため、腸液が溜まって水面となっている。これをニボーという。


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