救急隊員のための基礎講座8(1999/11月号)脳神経外科の救急:疾患

 
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HTMLにまとめて下さいました粥川正彦氏に感謝いたします


目次

救急隊員のための基礎講座

脳神経外科の救急:疾患

今回は代表的な疾患を挙げて解説する。

血管障害(用語1)

1 くも膜下出血

脳血管は他の組織と異なり、主血管は頭蓋内に入った後、頭蓋底のくも膜下腔内でウイリス動脈輪を形成し、くも膜下腔内を走行する。くも膜は脳の表層にある薄い膜で、脳とその表面を走っている血管を包んでいる。血管が破裂すると血液はくも膜の下に溜まる。これがくも膜下出血(用語1)である。

脳動脈瘤破裂(図1)が7割を占めるが、若年者では脳動静脈奇形( 図2、事例1)も多い。

症状は突然に極めて激烈な頭痛で発症する。特に後頭部から項部にかけて「割れるような」「殴られたような」痛みを訴える。意識障害は半数以上にみられるが、意識消失の多くは数分以内である。悪心・嘔吐は多いが痙攣は少ない。項部硬直とケルニッヒ徴候は発作直後にはみられない。血圧は上昇する。徐脈なら脳ヘルニアの危険がある。心電図はSTが低下する。これは自律神経系の不均衡によるとされている。

処置・搬送中の再出血は何としても避けなくてはならない。再出血により死亡率は8割となる。頭蓋内圧や血圧の上がることは避ける。意識清明の患者でも、疑わしいときはストレッチャーに乗せて車内収容する。酸素を投与する。体位変更は最小限にする。項部硬直などの検査もやさしく行う。ファーラー位として頭を高くする。舌根沈下していてもマスク保持で気道確保できるのなら、嘔吐を起こすエアウエイは使わない。搬送中は路面状態のいい道を選ぶ。


2 脳出血(図3)

高血圧を背景に脳内の小動脈から出血するのが脳出血である。場所は被殻出血が最も多く、ついで視床出血となる。被殻出血では突然の半身麻痺と知覚麻痺で発症する。上肢の麻痺が下肢より強い。これは、被殻の出血により大脳からの運動神経が断裂されるためである。

眼球は病巣を睨む。出血量が多いときには脳室に血液が流入し、さらに多いと脳ヘルニアにより死亡する。視床出血でも症状は変わらない。瞳孔は鼻先を睨むことがある。大脳皮質の出血では、出血した部位に応じた症状が出る。小脳出血では突然のめまい、強度の悪心嘔吐が出現する。血圧は通常200mmHgにも達する。皮質下出血、被殻出血、小脳出血は手術が行われる。視床出血と橋出血では手術適応はない。意識状態の悪いものでは見通しは暗い。

3 脳梗塞

血管の異常によりそこの場所で血が固まり脳梗塞をきたすものが脳血栓、どこからか栓が飛んできて血管を詰まらせるものが脳塞栓である。表に示すように、血栓は就眠中に作られ、「朝起きると手足が動かない」と訴える。脳塞栓の原因である塞栓は頚部内頚動脈で作られることが多い。一度死んだ神経細胞は回復しない。一過性脳虚血発作は短期間神経症状が出現し、24時間以内に完全に回復する。これは血行が再開通したためとされる。脳梗塞の前駆症状として重視される。神経脱落症状(手が動かない、ろれつが回らない)が第一の症状である。頭痛は少ない。意識障害は脳幹部梗塞か広範囲の梗塞が疑われる。酸素吸入を行う。麻痺側を下にした昏睡体位で搬送する。血圧は通常高いが降圧は行わない。脳の虚血を助長するためである。

頭部外傷

重症外傷では処置をしながら観察する。受傷時の状況を詳細に聴取する。頭部外傷が解放性か閉鎖性か確かめたら、同時に胸腹部と四肢の状態を観察する。死亡原因としては頭部外傷が7割を占めるが、胸部・腹部ともに1割ずつ占めていることを覚えておく。バイタルサインをチェックする。血圧が低下している場合には、脳損傷による神経原性ショックに加えて、どこかに出血がないか探す。胸腹部の内出血は見落としやすい。意識状態は経時的に観察し、その変化を把握する(用語3)。救急要請した時点で意識障害があり、現着時には意識が清明の場合もある。傷病者は救急車を拒否することもあるが、なるべく説得して病院に連れていったほうがあとからごたごたに巻き込まれずに済む。

1 頭蓋底骨折

頭蓋底のなかで、前頭部はもともと骨が薄い。また、側頭部(耳)は神経の通る孔が多く、骨折しやすい。最も多いのは側頭部の骨折である。普通は線状に骨折する。

症状は、

1)出血斑:前頭部の頭蓋底を骨折すると結膜や眼瞼に出血斑を作る。これがブラックアイである。側頭部を骨折すると耳介の後ろに溢血斑ができる。これをバトル徴候という。出血斑は受傷後数日経ってできる

2)髄液漏:鼻から出てくるものと耳から出てくるものがある。髄液漏と鼻水の区別は、髄液漏では(1)ちり紙に付け乾かしてもごわごわしない、(2)うつむくと増え、寝ると減る、(3)多くは片方のみである。

髄液漏が疑われる場合にはタンポンなどを詰めてはいけない。詰めることは血液や細菌を頭蓋内に押し込む結果となる。出血を拭うのみとする(事例2)。

2 急性頭蓋内血腫(図4)

1) 急性硬膜外血腫

頭蓋骨の骨折により血管が切れて頭蓋骨内面と硬膜の間に出血し血腫を形成したもの。側頭部の骨折が多い。血腫の形成が早く、症状が急速に進行して脳ヘルニアに至る。頭部の受傷部位に挫創などの傷を認める。受傷直後か時期を置いて、意識障害が必ず出現する。典型例では受傷直後の短時間の意識消失、ついで意識清明期があり、急速に意識障害に陥る。再び意識障害に陥るのは側頭部のけがでは10時間くらいだが、前頭部では2-3日かかることもある。診断は典型例ならば容易である。早期に血腫さえ除去すれば完全回復する。

2)急性硬膜下血腫

頭部の外傷により硬膜とくも膜の間に生じた血腫である。外傷があり、通常高度な脳挫傷を伴っている。そのため意識清明期を認めるのは20%と少なく、高度の脳浮腫を来して死亡する確率が高い。血腫の大きさより脳挫傷の程度が患者の予後を決定する。

3)急性脳内血腫

脳内に血腫を形成したもの。他の血腫と比べて、受傷直後から意識障害が持続するものが多い。

4)慢性硬膜下血腫

軽い外傷により架橋静脈が切れ、硬膜下腔に出血する。その反応として血腫を包むように膜ができ、その膜に向かって硬膜から血管が延びることによって血腫が大きくなる。外傷から膜ができるまで1週間以上かかり、症状が出るまで大きくなるのにさらに2週間以上かかる。男性、老人に多い。10%で両側性である。症状は老人の場合「ぼけ」と同じである。物忘れ、眠りがち、性格変化がおこる。血腫に向かって頭蓋骨に穴をあけ、血腫内容を水で洗い流す。


事例1

若年発症のくも膜下出血症例

救急を始めて間もない,II課程を取得したころ出会った症例を2つ紹介する。

症例1)20歳女性。通勤途中,頭痛を訴え帰宅し要請。現着時,仰臥位で意識清明(当時はメイヨークリニツクの分類を使用),頭頂部のじくじくする痛みを訴える。嘔気あり。母親がくも膜下出血(以下SAHと記す)だった。脳外科に搬送。

症例2)17歳高校生の男性。授業中,トイレで倒れているところを発見された。現着時,意識やや朦朧としていたが,回復。顔色蒼白,冷汗をかいており,倒れた状況は理解していなかった。主訴,既往症はなし。受験校であり,「勉強のしすぎで睡眠不足か」とも考えたが,意識障害であったため脳外科のある総合病院に搬送。

 2例ともSAHであり,脳動静脈奇形(以下AVMと記す)によるものだった。それまで,若年発症SAHの原因にAVMやもやもや病があることは知っていた。しかし,SAHは中年以降の病気との固定観念が脳みそを支配していた。これまで多くのSAH症例を搬送したが,教科書的ないわゆる後頭部をバットで殴られたようなとか項部硬直といわれる髄膜刺激症状といったものにはお目にかかったことがない(嘔吐はある)。もちろん,重症例では意識障害が強く,嘔吐もしており,どんな頭痛かなど聞くことが困難であるが。

 脳外科医に質問した。

Q「項部硬直は発症後どれくらいで出現するのですか?」

A「6〜12時間。すぐには出ないことが多いもの。」

Q「再出血時が危険と聞きますが?」

A「確かにそうだが,患者をベッドに移し変えるだけで出血する場合もあり,避けようのないものでもある。」

以後,頭痛患者に対しては,教科書的な症状の有無や年齢にかかわらず経験のない痛みであればSAHを念頭におき,努めて安静に搬送するように注意している。

(旭川市消防本部 救急救命士 玉田伸二 )

事例2

髄液漏の疑い

乗用車同士の衝突事故との内容で出動。前部が大破した事故車両内(後部座席)に傷病者(79歳、女性)を確認した。車内収容後の観察結果は、意識JCSII—10,呼吸浅く24回、脈拍61回、SpO2 81%(酸素投与後93%)、血圧188/60㎜Hg、瞳孔左右差なく4mm、嘔吐なし、四肢に麻痺なし。左上眼瞼部に幅2㎝程の皮下血腫、人中部に深さ1㎝程の挫創あり。また、持続性(30分以上)の鼻出血が確認された。

四肢に麻痺が見られなかったので、頸部を固定することなくストレッチャーに移し、頭側高位として、酸素投与を実施しながら搬送した。鼻出血に対しては、受傷機転から髄液鼻漏を疑い、逆行性感染を恐れ滅菌ガーゼを用いて拭き取るのみとした。また、頭蓋内出血の可能性を考え、血圧等のバイタルサインの継続観察に努めたが、搬送中、変化は認められなかった。

搬送先の病院の検査で外傷性頭蓋内血腫と多発性脳挫傷を認めた。前頭蓋底骨折並びに頸椎(髄)損傷は認めなかった。保存的治療により意識状態は改善し、JCS0,慢性硬膜下血腫を認めるのみとなった。

受傷機転及び観察結果(意識レベルの低下、脈圧の拡大)から頭部外傷による頭蓋内圧亢進を疑い、循環動態及び瞳孔所見の変化を注意深く監視した。鼻出血に対しては、顔面の損傷状態から中顔面部の骨折を考えたが、上眼瞼部の皮下出血(片側性ではあったが)や鼻出血の持続性から髄液鼻漏も鑑別除外できず、止血処置は行わなかった。胸部並びに腹部の観察については着衣を脱がすことへの抵抗感と、傷病者の「痛くない」という言葉から十分に行うことができなかった。また、頸椎(髄)損傷の可能性を安易に排除し、固定処置を行わなかったことは、結果がどうであれ反省すべき点であった。

交通事故による外傷事例では、「観察」そして「病態把握」をいかに正確かつ迅速に行えるかが、傷病者の予後に与える影響からも重要なこととなる。目に見える「ケガ」に注意を奪われることなく、隠された損傷がないか、またバイタルサインに変化がないか(その変化は何を示唆しているのか)など、全身状態の評価を的確に行えることが、救急隊員に求められる能力であることを改めて痛感した。

(北海道紋別(もんべつ)地区消防組合興部(おこっぺ)支署 救急隊員 大井雅博)


用語3 頭部外傷後意識障害の経時的変化
表1 脳血管障害の疾患別の比較

 くも膜下出血脳出血脳血栓脳塞栓血圧正常〜高血圧、発症時上昇することあり高血圧。発症時上昇高血圧。発症時一定せず正常前駆症状なしなし軽い脳虚血症状なし。心房細動では脳塞栓を繰り返す発作時間いつでも突発活動時、昼間安静時、夜間活動とは無関係年齢脳動脈破裂:40-50歳代。動静脈奇形:若年者40歳以降50歳以降年齢に無関係。心疾患あれば若年者にも項部硬直(++)小出血では遅れる脳室に破れれば(+)(-) (-)発症様式突然の部通、嘔吐。一過性の意識消失。麻痺は脳内血腫による片麻痺、失語。意識障害。急速に進行し数時間で症状が完成。小脳では嘔吐。言語障害、上下肢の不全麻痺。徐々に進行し階段的に増悪。意識障害はまれ急激な神経症状。小梗塞なら急な改善あり。大梗塞なら出血して重篤化することあり。

表2 脳動脈瘤と脳動脈奇形の比較

 脳動脈瘤脳動静脈奇形年齢45-55歳20-30歳既往高血圧、動眼神経麻痺頭痛、てんかん発作
一過性片麻痺、感覚異常髄膜刺激症状高度中程度-高度脳神経症状動眼神経麻痺まれ大脳巣症状少ないしばしば6週間以内の再発作率30%10%保存治療の死亡多い少ない

用語1
脳血管障害の疾患別の比較

用語2
脳動脈瘤と脳動静脈奇形の比較

用語3
頭部外傷後意識障害の経時的変化

図1
脳動脈瘤の図

図2
脳動静脈奇形の図

図3
脳出血の部位

図4
急性硬膜外血腫と急性硬膜下血腫の比較


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