亀山洋児、炭谷貴博、吉田寿美、川久保悟、井森和夫、田村良昭、玉川進:性能が低い聴診器は血圧測定には使用できるが、呼吸音や心音の聴診には不向きである。プレホスピタル・ケア 2007;20(5):56-9

 
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プレホスピタルケア「私たちの研究」投稿

性能が低い聴診器は血圧測定には使用できるが、呼吸音や心音の聴診には不向きである

亀山洋児1
炭谷貴博2
吉田寿美3
川久保悟3
井森和夫3
田村良昭3
玉川進4

1稚内地区消防事務組合消防署猿払支署
2南宗谷消防組合中頓別支署
3南宗谷消防組合枝幸消防署歌登分署
4旭川医科大学病理学講座腫瘍病理分野

著者連絡先
亀山洋児:かめやまようじ
稚内地区消防事務組合消防署猿払支署:救急救命士
098-6233北海道宗谷郡猿払村鬼志別南町1
TEL01635-2-2119
Fax01635-2-3159

はじめに

我々救急隊員にとって聴診器は救急業務の中で傷病者の現在の状況を把握する上で日常的に使用している器具の一つである。聴診器は主に血圧測定、心音・呼吸音の聴取に使用しているが、聴診器には様々な種類があり、その物によって特性は様々である。傷病者の観察時において聴診には絶対的な正確性が求められ、正確な観察は傷病者の今後の変化を予測する上でも大変重要である。

大井雅博1)は『性能が良くない聴診器での「聴診不能」という観察結果が信用できず、判断に迷ったという経験と、「安い聴診器では聞こえない音も、高価な聴診器では聞くことができる。」という以前から耳にしていた言葉とが結びついたことが、買い換えの契機となった』と述べている。筆者自身も救急現場において活動する中で周囲の騒音による聴診の困難性、特に搬送中の車内での心音・呼吸音の聴取には苦慮した経験がある。

聴診器には安いものでは1000円しないものから、高いものでは10万円を越えるようなものまである。高いものを使えばそれだけ多くの情報を得ることができるのだろうが、誰もが数万円する聴診器を買えるはずもない。そこで我々は救急現場という騒音の多い環境において正確な聴診をする上で、どの程度の聴診器が実務に堪えるか検証する事を目的とし、4種類の聴診器を使用しそれぞれの機能を比較した。

対象と方法

使用した聴診器の詳細は以下のとおりである。
(1)聴診器A(「聴診器外バネシングル」:YAMASU社製880円)
(2)聴診器B(「ADスコープ」:アメリカンディアグノスティックコーポレーション社製3,400円)
(3)聴診器C(「クラシックII-SE」:リットマン社製11,550円)
(4)聴診器D(「カルディオロジーⅢ:リットマン社製25,900円)

医師1名、看護師2名、救急隊員5名の合計8名を評価者とした。筆頭筆者ら健常成人男性2名を被検者とし、4つの聴診器を使って胸部の聴診と聴診法による血圧測定を行った。聴診は前胸部とし、評価者が聞きたい部位を聴診した。血圧測定は水銀柱血圧計を用いて肘関節部の上腕動脈でのコロトコフ音を聴取した。

評価項目は
(1)呼吸音の聞こえやすさ
(2)心音の聞こえやすさ
(3)コロトコフ音の聞こえやすさ
(4)音域の広さ
(5)雑音の少なさ
(6)フィット感
(7)使いやすさ
の7項目とした。評価方法は10cmの目盛りのないビジュアルアナログスケール(VAS)を用い、始点からの長さを測り数値とした。

ここでいう「雑音」とは「聴取目的とする音以外の音」を指し、「雑音の少なさ」とは自分が聞きたい音がそれほど純粋に聞くことができるかを評価した。「フィット感」とは手や耳になじみまた被検者の胸部や肘関節屈曲面にぴったり密着する感覚とした。さらに「使いやすさ」とは(1)から(6)までを含めての有用度とした。
統計処理は回帰分析、一元配置分散分析を用い、p<0.05を有意水準とした。

結果

結果を図1〜7に示す。グラフのx軸は価格でLogスケールであり、回帰直線は対数近似となっている。

すべての評価項目で価格とVASに相関が見られた。また聴診器Dは聴診器Aに比較してすべての項目で有意にVASが高かった。しかし聴診器Bと聴診器Cについては聴診器Aと有意差が見られない評価項目が多く、さらにコロトコフ音の聞こえやすさでは聴診器Bが聴診器Cより評価の平均が高いという価格との逆転も見られた。

↑ 図1
呼吸音聴取の評価
最高によく聞こえる=10、最低=0

↑ 図2
心音聴取の評価
最高によく聞こえる=10、最低=0

↑ 図3
コロトコフ音聴取の評価
最高によく聞こえる=10、最低=0

↑ 図4
音域の広さの評価
最高に広い=10、最低=0

↑ 図5
雑音の評価
雑音が全く混じらない=10、雑音が最大に混じる=0

↑ 図6
フィット感の評価
最高にフィットする=10、全くフィットしない=0

↑ 図7
使いやすさの評価
最高に使いやすい=10、最低=0

考察

今回は心音・呼吸音・コロトコフ音、音域の広さ、雑音の少なさ、フィット感、使いやすさに対し4種類の聴診器で聞き比べ評価を行い、聴診器としてのそれぞれの性能を明らかにしようと試みた。我々はそれぞれ価格に応じた性能の差を予想しており、それはデータをみると平均値はほぼ予想通りであった。特に25900円の聴診器Dの性能は圧倒的とも言えた。しかし、コロトコフ音に関しては聴診器Bと聴診器Cの間で逆転現象が見られ聴診器Bの性能が予想以上に良い事に驚いた。各項目において他の聴診器に大きく差をつけられている聴診器Aもコロトコフ音の聴取に関しては良い評価を得ていた。

聴診器の性能の差は大きく分けると膜部分の性能・チューブの性能・イヤーチップの性能で決まるが、価格の高い聴診器ほどその全ての作りが確かであった。そして価格が低い物はイヤーチップが小さく硬く耳孔への密着感が低い。加えてチューブも薄くチューブ自体が周囲の雑音を拾ってしまう。そのためチェストピースを手で覆い強く密着させて、チューブが自分や傷病者の衣類等に接触しないようにして雑音の発生を軽減させて聴取しても心音や呼吸音の聴取に関して評価が低かった。

コロトコフ音の聴取では聴診器Bと聴診器Cの間で価格との逆転現象とともに、聴診器Aの評価が他の評価項目に比べて明らかに高かった。この理由を考えると、聴診器Aと聴診器Bはシングルヘッドであり、ヘッドが薄いためチェストピースを手で押さえて腕に密着させる場合ダブルヘッドよりも持ちやすく強く密着させられるためコロトコフ音が聴診しやすかったことが考えられる。

性能の優劣を大きく左右する雑音と音域の幅については、聴診器Aは突出して雑音が多く、聴診器Bは雑音が聞こえるが聴診器Aよりはかなり少ない。しかし、聴診器A・Bとも聞こえる音域の幅が狭かった。聴診器Cは雑音が聴診器Bよりも評価の平均でわずかであるが少なく、聞こえる音域の幅も聴診器A・Bより広く評価が高かった。

また、聴診器Bの使いやすさとフィット感の評価ではある程度の評価を与える者と評価しない者に分かれた。聴診器の使いやすさを評価するうえで軽さは取り扱いの良さにつながる重要な要件であり、作りがしっかりしていて良く聞こえることも使いやすさを評価するうえで重要な用件である。このように軽いことと聞きやすさのバランスで使いやすさは評価されると考えると、聴診器Bは聴診器Aと比較するとチェストピースやイヤーチップなどの作りがしっかりしており、また、聴診器Cや聴診器Dよりも軽いことから、個人の好みにより聴診器Bの使いやすさとフィット感の評価が分かれたと言える。

病院内など静かな環境では性能が低い聴診器でも対応できるが、救急現場など周囲の雑音が多い環境での心音や呼吸音の聴取にはそれなりに性能の高い物の使用が奨められる。今回の結果から具体的にそれぞれの聴診器の用途を考えると、
・聴診器Aは血圧測定にしか使えない。
・聴診器Bは血圧測定及び病院内などある程度静かな環境での心音や呼吸音の聴取に適している。
・聴診器Cは救急現場や病院内などあらゆる場面で心音、呼吸音、血圧測定に使用できるが雑音の影響を受けやすいため注意を要する。
・聴診器Dは救急現場や病院内などあらゆる場面で心音、呼吸音、血圧測定に使用でき雑音の影響も受けにくいので安心して使用できる。

すべての対数近似回帰直線のx係数はプラスであり、y切片がマイナスであることから、倍の値段の聴診器を買うとしても安い物ほど機能の向上は大きいことになる。1万円の聴診器を2万円の物に買い換えるより1000円の聴診器を2000円の物に買い換えるほうが性能比としては大きく向上する。このことから我々は、安い聴診器を使っている隊員はすぐ上のランクの聴診器に買い換えるように勧めたい。少ない出費で大きな効果が得られるからである。

結論

(1)性能が低い聴診器は血圧測定には使用できるが呼吸音や心音の聴診には不向きである
(2)価格の安い聴診器ほど買い替えの効果が大きい

引用文献

1)大井雅博:聴診器はいいものを使いましょう。月刊消防1999;21:87


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07.10.6/9:51 PM





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