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HTMLにまとめて下さいました粥川正彦氏に感謝いたします
目次
事 例
頭部外傷傷病者に対してショックパンツを装着した1事例
北海道・留萌消防組合消防本部:著者連絡先:〒077−0021北海道留萌市高砂町3−6−11
森山靖生・梅澤卓也・三好正志・中黒康二・大川寿幸
はじめに
ショックパンツの使用適応は、最高血圧90mmHg未満の出血性ショック、骨盤骨折、大腿骨骨折、腹腔内出血等であり、頭部外傷には原則的には禁忌とされている1’。
今回、交通事故による頭部外傷傷病者に対してショックパンツを装着し、病院へ撒送した事例を経験した。本傷病者は第10病日には意識清明となり、何の神経学的後遺症も残さなかった。
事例 20歳、女性。19時31分、「乗用車対乗用車の正面衝突事故で、車内にけが人が1名閉じ込められている」との通報を受け、19時32分に高規格救急車で出動した。
19時43分、現場に到着した。傷病者は前部の大破した乗用車のダッシュボードと運転席の間にシートベルト装着のまま挟まれており、脱出不可能の状態であった。
観察所見は、意識レベルJCS300、呼吸は浅く30回/分、脈拍は橈骨動脈で90回/分、体温39.1℃(鼓膜温)、瞳孔左側2mm、右側4mm、対光反射なし、眼振を認めた。右口角に挫創、上顎切歯に破折があった。髄液漏はなかった。頸椎保護のためネックロック固定を実施した。口腔内の血液を吸引後、デマンドバルブ式人工呼吸器で酸素を投与し、毛布で保温に努めた。救助隊がダッシュボードを開放した際に、両膝蓋部挫創を確認したため、三角巾で止血被覆の後、ストレッチヤーに移動し、20時11分に救急車内に収容した。救急車内収容後に観察したところ、意識レベルJCS300、呼吸は浅く24回/分、脈拍92回/分、Spo2 92%、血圧93/54mmHg、瞳孔左側2mm、右側4mm、対光反射なし、眼振を認めた。
また、胸部・腹部には体表面の揖傷、聴診による雑音、打診による濁音等は認められなかった。経鼻エアウェイで気道を確保し、酸素5リットル/分投与下でバッグマスクにより換気補助を行った。血圧低下防止のため下肢を挙上し再度血圧測定を実施したところ、85mmHgまで低下していたため、ショックパンツを装着した。装着直前の血圧は触診で80mmHgであったが、両下肢に限定した20mmHgの加圧で血圧86mmHg、40mmHgの加圧で血圧94mmHg、60mmHgの加圧で血圧102mmHgと上昇したため(図1)、60mmHg加圧のまま搬送し、20時26分に病院に収容した。
病院収容後、ショックパンツを徐々に減圧し たところ、血圧は104/58mmHgと低下しなかっ た。外来処置中の意識レベルはJCS100であっ た。強い意識障害、呼吸・血圧・体温・瞳孔の 異常等、脳幹症状がありながらMRI検査上病変 が認められず(図2)、他に血圧低下の原因も ないため、脳幹振盗、神経原性ショック、下顎 骨折、両膝蓋部挫創の診断で入院となった。
傷病者は、第7病日までは意識レベル JCS10〜30であったが、第10病日には意識 清明となり、第13病日に下顎骨折治療のた め転院した。
考察 ショックパンツの頭部外傷、頭蓋内出血事例への適応については、血圧上昇により頭蓋内出血と脳浮腫を助長するため禁忌とするものと、頭蓋内圧上昇は軽度であり、循環動態の改善による脳還流圧の上昇のほうが大であるので使用を考慮すべきという相反する意見がある。本事例では、高濃度酸素による換気補助とショック体位により血圧維持に努めたが、血圧はさらに低下した。
脳は、平均血圧が60〜140mmHgの生理的な変動範囲にあれば、血流を一定に保とうとする自己調節機能を持っている。
この自己調節機能を下回る血圧低下は、脳虚血をもたらし、脳梗塞や脳浮腫の危険が増大する。また、自己調節機能の働いている血圧の範囲内であれば、急激に血圧が上昇しても血流の増加は3〜5分にとどまり、脳圧亢進が生じることはない5)。
つまり、頭蓋内出血があっても60mmHgを下回る低血圧は脳の正常な部分にも虚血をもたらす危険があり、ショックパンツ使用による頭蓋内圧上昇の危険を上回る場合もあると考えられる。本事例では、血圧低下時の測定を触診法で行ったので、平均血圧は不明であるが、60mmHg以下の可能性もあると思われた。したがって、ショックパンツ装着による脳圧亢進より長時間の血圧低下が脳に不可逆的な損傷を及ぼす危険のほうが大さいと考え、最終手段としてショックパンツを装着し、その結果血圧の上昇が得られた。
神経学的後遺症を残さずに回復したのは、脳幹震盪という診断から考えて、ある程度は当然であるが、ショックパンツによる血圧上昇がよい影響を与えたとも思われる。この事例では、脳幹震盪により末梢血管が拡張して血圧が低下した可能性があったので、ショックパンツで血管抵抗を増大させれば血圧上昇が期待できた。また、脳幹震盪では脳に検査で分かるような出血や浮腫がないため、ショックパンツによる悪影響も少ないと思われたからである。ただし、脳に明らかな出血や浮腫のある場合には話が別であり、この事例の経験からだけでは、ショックパンツを使用すべきかどうかについては、何ともいえない。
現在、救急隊員が選択できる血圧上昇の手段は、体位管理とショックパンツに限られているが、以上のことから、頭部外傷を合併した血圧低下事例に対してもショックパンツを使用したほうがよい場合もあると思われる。
結論 頭部外傷傷病者に対してショックパンツを装若し、神経学的後遺症なく回復した1事例を報告した。本事例からは、頭部外傷を合併した血圧低下事例についても、ショックパンツを使用したほうがよい場合もあると考えられた。
本稿執筆にあたりご指導いただいた、留萌市立総合病院・川原孝久先生に深謝いたします。
【文 献】
1)山本修三:応急処置各論.厚生省健康政策局指導課編.救急救命士標準テキスト(改訂3版).へるす出版,東京,1995,PP228−230.
2)松本 宏,吉成道夫:MAST.救急医学1995;19(10):1131−1135.
3)馬場元毅:絵で見る脳と神経.JJNブックス.医学書院,東京,1995,PP50−51.
4)Stoelting RK:Central Nervous SystemPharmacology and Physiologyin AnestheticPractice(2nded).J.B.Lippincott,Philadelphia,1991,PP627−628.
5)MichenfelderJD:Anesthesia and theBrain,ClinicalFunctional,Metabolic,andVascular Correlates.(1st ed).ChurchillLivingstone,NewYork,1988.
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06.10.28/2:14 PM
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