111024偶発性低体温症

 
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第3回 偶発性低体温症

講師

尾山純輝(おやまじゅんき)

所 属 南十勝消防事務組合中札内支署

出身地 北海道河東郡音更町

消防士拝命日 平成22年5月1日

趣 味 スノーボード

はじめに

今回は、偶発性低体温症をテーマに過去の事例を振り返り、解説を交えて検証、考察していきます。

偶発性低体温症は、北海道のような寒冷地帯の屋外で発生するようなイメージがありますが、海水浴や登山などによる体温調節機能の低下や小児高齢者の虐待等により偶発性低体温症を発症します。また、意識消失している傷病者では屋内でも発症する可能性があります。

当支署は、十勝山脈のふもとに位置するまちで、北海道の中でも大雪や冷え込みが厳しい地域のひとつですが、意外にも低体温による救急搬送は10年に1件あるかどうかの特異な事例のため、先輩救急隊員でも遭遇したことがない方もいます。

今回は、自宅内で発生した救助事案を紹介します。

偶発性低体温症とは…

偶発性低体温症とは、基礎疾患によらず寒冷曝露等を原因として事故的に中心部体温(直腸温)が35℃以下に低下した状態のことをさします。

偶発性低体温症は、冬山登山や海難事故で生じるほかに飲酒や睡眠薬服用後に寒冷に曝露される事が原因となり、体温が30度以下になると心室細動が出現し死に直結します。

症状は、体温の低下に伴いさまざまな生理学的変化が出現します。

体温が35℃以下になると健忘や昏迷状態となり骨格筋を振戦させて、体温を維持しようとする“シバリング”※1が発生します。

体温が32℃以下になるとシバリングは減少し、代謝の低下により臓器機能が抑制され、血圧が低下して意識が混濁します。

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体温が30℃以下になると、意識レベルが著明に低下し、シバリングは完全消失し筋肉が硬直状態となり、不整脈が見られるようになります。その中でも特徴的な波形がOsborn J-wave、通称「J波」と呼ばれる波形が出現します。(図-1)

その後、体温が20℃に近づくにつれて心室細動が出現しやすい状態となり、20℃を下回ると心静止となります。

前記の過程を辿るなかで、呼吸抑制(一回換気量の低下)や心拍出量の減少、電解質調整機構の機能低下によって、様々な電解質異常※2を来たします。更には、腎不全によるインスリン分泌・作用が低下※3することによる高血糖なども併発します。

登山による事例では、平成21年7月に北海道新得町のトムラウシ山で、中高年を中心とする18人のパーティーと別に単独登山していた1名が天候悪化で遭難し、計9名が偶発性低体温症で死亡しています。

解 説

※1 寒い時などに、身体を震えさせ体内で熱生産を行い体温上昇させようとする生理現象です。

※2 偶発性低体温症では、高カリウム血症と低カリウム血症いずれも引き起こす場合があります。重症化すると伴に重篤な不整脈をきたし致死的となります。

※3 心拍出量の減少や血圧低下により、腎不全を誘発しインスリンの分泌不全による高血糖を引き起こす可能性があります。

事 例
覚知は、11月中旬10時35分で内容は「自宅のムロ(床下食料収納庫)で女性が動けないでいる」との親族からの救急要請。発生時の気象は摂氏0.7℃、天候は小雨、風位風速は北東1mでした。※1

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現場到着時、傷病者は入口50cm四方で深さ140cmのムロ内(図-2)に

右足を屈曲させ右手を地面につくような座位で動けないでいました。(写真‐3)服装は、薄手の室内着を着用していました。

入口が挟所であるため、救急隊では搬出不可能と判断し救助出動を要請し、救助隊到着後ガス検知器にて、ムロ内部の酸素濃度を確認し、安全なことから救急隊員1名が進入※2しバイタル測定を実施しました。バイタルは、JCS2、呼吸24/
分、脈拍155/分で顔面蒼白で抹消冷感があり体温は腋窩測定にて33.9℃のため毛布にて保温を実施。SpO2がルームにて90%であったため高濃度酸素マスク6ℓにて投与を行いました。※3

 まもなくして、救助隊がピタゴール(要救助者安全ベルト)を装着し床下からロープに結合し要救助者を地上へと振動などの動揺を与えないよう愛護的に引き上げました。(写真‐4)※4

その後の関係者からの情報で、家の前を通った新聞配達員が何日分もの新聞が溜まっており不審に思い傷病者の親族に電話し発見に至った。溜まった新聞の日付から推測し約3日間のあいだ動けないでいたことが判明しました。※5

救出後直ちに車内に収容し、詳細観察を実施しました。血圧は90/70mmHgで右上肢に浮腫が著明であり右橈骨動脈での脈の触知は不能であった。運動等の従名反応はかろうじて反応する程度でした。両下肢に麻痺はなく足背動脈にて微弱ながら触知することができました。心電図波形はR-R間隔※6が不正で頻脈があり単発のPVC※7も出現していました。心電図上電解質異常を示す異常T波※8はなかったが、搬送途上にJCS10まで低下し長時間同じ姿勢を取っていることからクラッシュシンドローム※9も疑い処置を行いました。

関係者からの聴取で、大きな病気は今まで罹ったことはなく、最近変わった様子などもなかったという情報を得ました。

事例解説

※1 床下食料収納庫は、涼しく暗所にて野菜などの保存に使われることが多い。
傷病者が動けなくなってから3日間の気温は一日目氷点下0.3℃二日目氷点下1.9℃三日目が0.7℃と非常に寒く傷病者の服装や年齢によって重症度が変わってくるため適切に病態を把握し応急処置を行うことが重要となります。

※2 床下食料収納庫内には野菜があり野菜の呼吸によって酸素が欠乏していることがあります。人体に及ぼす酸素欠乏は、その人の体調などによって異なるため、「内部の人間が大丈夫=自分も大丈夫」という結論には至りません。ですから、確実に安全を確認し作業を行いましょう。

※3 今回の事例では、末梢冷感があるため正確なSpO2数値とは言えませんが、呼吸数の増加や血圧の低下もあることから呼吸窮迫も考慮し酸素投与を行いましょう。

※4 低体温の場合、心臓の被刺激性が亢進していることがあるため、強い振動などの動揺を与えることによって、致死的不整脈を誘発する可能性があるため、慎重に扱わなければなりません。

※5 今回の場合、地域特有の密接感により発見し通報に至りました。偶発性低体温症では、医療機関での治療に向けて傷病者のおかれていた環境や寒冷曝露されていた時間などの現場情報は非常に重要です。周りに情報となるものを見つける洞察力をつけることは、非常に有用であると感じました。

※6 これは、心臓の拍動が一定のリズムで打っていないことを意味し心電図波形を読み取るうえで重要となります。偶発性低体温の場合シバリングが発生するので身体の震えによって筋電位が入り正確な波形を読み取ることができない場合があるので注意が必要となります。

※7 日本語で心室期外収縮といい、一定間隔で拍動している状態で急にリズムを崩し心室が収縮する状態です。単発自体では緊急度は低いですが、連発して起こることによって、心室細動に移行する危険性が非常に高く注意が必要になります。

※8 症例解説※2にあるような高カリウム血症や低カリウム血症に見られる異常不整脈であり、心室細動や心室頻拍のような致死的不整脈に陥ることがあるため注意が必要となります。

※9 長時間の圧迫や窮屈な姿勢を取っていることにより筋肉が融解し開放直後に局所的に浮腫や腫脹が出現し、ショックや急性腎不全などを引き起こす外傷性の疾患です。本症例では、水分補給低下による脱水状態のため助長することが考えられ、更に偶発性低体温症では、体温の低下により血液が粘稠状態となり危険性が極めて高くなると考えられます。

偶発性低体温症の応急処置

まずは、本症例に関わらず、気道(Airway)呼吸(Breath)循環(Circulation)の観察及び管理の実施に加えて本症例にとって重要となる保温処置を行います。加えて、継続的な体温測定を行うことが好ましいと思います。ここでの保温とは、復温を目指すものとは異なり、現状よりも体温を下げないようにすることを意味し、暖かい乾燥した毛布や布団で身体を覆い自力の熱生産力で体温上昇を期待するものであり、深部体温33℃までの軽症である場合に有用とされています。(写真‐5)

自力で熱生産できない場合に関しては、加温が必要であり、電気毛布やウォームマット等による体表面加温を行うほか、医療機関で経皮的心肺補助装置(PCPS)を用いた体腔内加温が必要になります。

私たち救急隊が救急現場や搬送中において、的確な復温は困難なため、前述のとおり低体温の進行を防ぐための保温を確実に実施し迅速に医療機関へ搬送することが、優先であると思います。

おわりに・・・

以上が偶発性低体温症の解説となります。

過去に、中心部体温が14℃で死亡していると思われた傷病者が、適切な復温によって心拍が再開した事例があります。症例的には、非常に稀なものですが特徴を把握していれば予後の期待できる症例です。予後を見据えた救命活動を行い一人でも多くの命を救えるよう努力していきましょう。


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12.4.14/12:22 PM

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