ペンネーム ウルトラマン
駐車場から座席を見上げると、たくさんの子供達がニコニコ顔で手を振ってくれている。
春から夏にかけて、おそらく全国どこの消防署でも小学生の職場見学のシーズンに入るのだろう。「消防車ってめっちゃ早いんでしょ?!」「消防士さんホース持ちたい!!」まだ消防車の説明をしている最中なのに、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。私の消防署は、小学生の相手は新人消防士の仕事と決まっている。雨あられのように押し寄せる質問にオドオドしている彼を見て、「静かにしなさい!」「説明を聞きましょう!」と担任の先生が注意するのは定番の光景だ。血圧を測ってみたり、ストレッチャーに乗せてみたり。一番人気があるのは、防火衣の着装体験だ。防火衣を着させてもらい、キラキラした目でカメラにピースをする様子は、私たちも見ていて気持ちいい。
職場見学の最後は、質問コーナーで締めくくられる。
三角座りで並ぶ子供達が持っているプリントを後ろから覗いてみると、それぞれが準備した質問が力強い字で書かれている。何度も書き直したのだろう。きれいなまま紙を持っている子はいないようだ。たくさんの消しゴムの跡、破れてセロハンテープで直している子もいた。「一番大変なことはなんですか?」「どんな時にやりがいを感じますか?」質問のパターンはほとんど決まっているので、あらかじめ準備した答えがあるので、通常は回答に困ることがない。だが、このときは違った。「仕事をしていて嬉しいと感じることは何ですか?」という質問に、消防士が「救急搬送した後に、お礼を言いに来られたとき。」と答えた時、別の小学生が手も挙げずにこう言った。
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「僕のおばあさんが救急車で運ばれた時は悲しかったです。」
きっと手を挙げずに発言したからかもしれない。担任の先生は特に気にすることもなく、手を挙げている別の小学生の名前を指し、質問コーナーは何事もなかったかのように進んでいったのだが、私は、その子のプリントだけが、最後まで真っ白だったのが気になっていた。
おそらくその小学生は、単に「悲しかった」と言いたかった訳ではないのではないか。
職場見学の日の昼休み。私は新人消防士の彼をそんな話をした。消防士の目線で考えると、救急搬送のお礼に嬉しさを感じるということは確かにそうだし、色々な救急現場を経験したいという気持ちも理解できるけど、市民の目線で考えれば救急搬送はうれしさを感じる出来事ではない。病気や怪我が治ることは嬉しい。だけど、そのきっかけとなった事故などは、出来ることなら過去に戻ってやり直したい出来事のはずだ・・・と。きっとその小学生は、おばあさんが救急車で搬送されたという嫌な出来事が心に強く残っていて、「救急搬送→お礼→嬉しい」という新人消防士の回答が、「救急搬送→嬉しい」と短絡して解釈したのではないだろうか。
私達にとって、救急出動はあまりにも日常である。
日常であるが故に、市民の気持ちをないがしろにしてしまうところがあるのかもしれない。救急出動なんて無くて越したことはない。誰かがこう言っていた。「火事も急病人も無くなって、消防署や警察署がいらなくなる世の中になればいいのにね。」私は確かにその通りだなあと思った。
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大型バスが消防署から帰っていく。たくさんの小学生に混ざって、その子も私達に手を振ってくれたのがせめてもの救いだった。
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