雑誌 近代消防 2019/2月号
長距離搬送地域におけるオートパルスの有効性と課題について
森田貴久、樫村尚歩、茅英樹、新倉哲夫
愛川町消防本部
著者連絡先
森田貴久(もりたたかひさ)
愛川町消防本部
所在地: 〒243-0301 神奈川県愛甲郡愛川町角田286–1
電話: 046-285-3131
目次
はじめに
愛川町は神奈川県のほぼ中央に位置する人口約4万人の小さな町であり、全国に先駆けて「応急手当普及推進の町 愛川」を宣言した町でもある(図1)。この20年間で人口の半数である約2万人が救命講習を受講し、バイスタンダー心肺蘇生(以下バイスタンダーCPR)実施率の向上に努めてきた。現在、全心肺停止症例の74%にバイスタンダーCPRが実施されており、目撃のある心原性心肺停止症例の社会復帰率は57.1%となっている。
しかし、主要な二次医療機関は町外となり、三次医療機関搬送には30分以上を要する。つまり傷病者接触から病院到着まで45分程度の活動を必要とする長距離搬送地域である。救急隊員のみで有効な胸骨圧迫を効果的に継続していくのは困難であるため、本消防本部では早期にオートパルスを導入した。そこで過去6年間のデータを分析しバイスタンダーCPRの実施状況とオートパルスの効果を検証したので報告する。
図1
愛川町は神奈川県のほぼ中央に位置する人口約4万人の小さな町である
対象と方法
対象は平成23年から28年までの蘇生対象となった心肺停止症例の268人で、このうち目撃のある心原性心肺停止症例、薬剤投与及び気管挿管またはレリンゲアルチューブが挿入された54人を抽出した。これをオートパルス使用群と非使用群に分け、バイスタンダーCPR実施率、現場滞在時間の平均、自己心拍再開率を比較した。例数が少ないため統計処理は行っていない。
オートパルスは自動胸部圧迫システムであり、ライフバンドにより胸壁全体を圧迫することによって血液循環を確保する資機材である。用手による胸骨圧迫と異なり、階段などの搬送時にも胸部圧迫を継続できることが利点となっている。
結果
バイスタンダーCPR実施率は僅かながらオートパルス非使用群の方が高かった。
自己心拍再開率はオートパルス使用群が非使用群に対して10%高くなった(図2)。
現場滞在時間の平均はオートパルス使用群の方が3分延長した(図3)またオートパルスの設定時間は、設定開始から胸骨圧迫開始まで3分かかっていた。
図2
自己心拍再開率
ROSC:Return of self circulation, 自己心拍再開
AP:Autopulse,オートパルス
LT:KLaryngeal tube. ラリンゲアルチューブ
図3
現場滞在時間。
AP:Autopulse,オートパルス
考察
我々の結果では、両群のバイスタンダーCPR実施率に大差はなく、オートパルスの使用で現場滞在時間の延長が見られたが、オートパルス使用群の自己心拍再開率は上昇した。本調査から搬送時間が長い地域において、バイスタンダーが実施した胸骨圧迫を効果的に継続する方法としてオートパルスの有効性を示唆することが出来たと考える。
課題も浮き彫りになった。オートパルス設定には3分かかる。設定と特定行為を同時に行うことは困難であり、どちらを優先するかも現場環境により異なってくる。このため、オートパルスを有効に使用するためにプロトコールが必要である。また現場滞在時間が延びることも問題となる。国内における重症以上傷病者の現場滞在時間は15分未満が約54パーセントであるが、本町の現場滞在時間は約19分であることから、オートパルスを用いた事例であっても滞在時間を15分前後に短縮すべきである。
結論
1)オートパルス使用により自己心拍再開率は上昇したが現場滞在時間が延長した。
2)オートパルスの設定と特定行為を同時に行うことは困難であり、どちらを優先するかも現場環境により異なっていた。
3)オートパルスを有効に使用するためにプロトコールが必要である.
参考文献
総務省消防庁:平成26年版救急・救助の現状
総務省消防庁:平成26年中の救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果
著者
出身地:神奈川県川崎市
所属:愛川町消防本部
消防士拝命年:平成5年4月
救命士合格年:平成25年4月
趣味:ドライブ
ここがポイント
長距離搬送における自動心マサージ器の有用性についての論文である。オートパルスもルーカスも、生存率についての評価は定まっていない。それでも導入する消防署が多いのは、重労働である胸骨圧迫を機械に任せることで、限りある人的資源を有効に活用しようという狙いからであるし、愛川町消防本部も導入理由をここに置いている。
ウツタインデータを引っ張り出してあれこれ検討するのは誰でも可能である。これに対してこの研究報告のように、現場からの生のデータを発表するのは勇気のいることである。この論文では有効性を示すとともに、課題も提示している。この論文を仕上げた勇気をもって、課題も克服して頂きたい。
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