プレホスピタルケア2019年4月号, p53
オホーツク海沿いで行われる地域健康講演会に講演者として呼ばれた。題目は「高血圧について」である。私が学生だった頃とは血圧の分類も変わり、新しい薬もいろいろ出て来た。読者の中でも血圧が高いのに放置している人が結構いると思うので、本稿では血圧を下げなければ周りに迷惑をかけることを伝えたい。
だが、高血圧症と診断される割合は世界中の全人口の1/3、65歳以上に限れば全人口の2/3にも上る1)。この数字を見ると誰もが歳を取れば血圧が高くなっていくことになる。本当に高血圧は悪い病気なのだろうか。
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余命が減る
2012年に日本人を対象としたデータが出ている2)。9605名を24年間追跡したものである。ある時点で血圧を測定し、その値によって正常血圧、高血圧に分類した。また高血圧はその程度によって軽度高血圧と高度高血圧に分類した。その後亡くなるまでと血圧の関係を調べた。結果として、全ての年齢で男女問わず高血圧患者は正常血圧者に比べ余命が短かった。また同じ高血圧患者でも高度高血圧患者は軽度高血圧患者より余命が短かった。例を挙げると、40歳男性は、血圧が正常ならあと41.7年生きることができるのに対し、40歳男性で軽度高血圧患者では40.6年、同高度高血圧患者では39.2年と余命が短縮した。
2016年のLancetの論文3)では、人の余命を低下させるものとして男性の場合は(1)食生活(2)タバコの次に(3)高血圧が来ている。女性の場合は(1)食生活(2)周産期・小児期の栄養失調の次に(3)高血圧が来る。Lancetの論文は全世界を対象としたものなので食餌が上位に来るようだ。
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健康寿命はもっと減る
上記のに日本のデータだと、私が40歳男性として、血圧が正常なら81.7歳まで生きられて、高度高血圧でも79.2歳まで生きられる。その差は1.5年くらいだから、毎日3回薬を飲んだり医者に怒られるよりそのまま何もせずに楽しく暮らすという選択も可能だろうと可能だろうと思ったのだが、高血圧を放置すると死ぬ前の何年間かは回りに迷惑をかけて生きることになるらしい。アメリカの論文4)では、高血圧患者は正常血圧患者より健康寿命(quality-adjusted life expectancyのことで本来は質調整生存年であるがここでは分かりやすく他人に迷惑をかけない生活ができる寿命とした)は高血圧患者は正常血圧患者より5年短い。単純に先ほどの日本のデータと合わせると、最期の3.5年は人の手を借りて生きていくことにある。なお、この論文では他に4つの疾患も検討していて、健康寿命の短縮は糖尿病で11年、脳卒中で13年、心臓病で8年、喘息で9年となっている。
脳機能の低下1)
全くの寝たきりではなくとも、高血圧は徐々に神経系を蝕んでいく。認知関連の研究も多数行われていて、対象人数は最大で1万7000人、追跡期間は最長で44年間である。それらの結果から分かったことは、
・認知機能が低下する。
・基礎的な記憶力と言語機能が低下する。
・高血圧に糖尿病が重なると反応性の低下、行動速度の低下、記憶力の低下を来す
・発音が不明瞭になる
・言語的な記憶力が低下する。
・脳が小さくなる
つまり、認知症まではいかないにしろ、物覚えが悪くてのっそりしていてぼそぼそ話すようになるらしい。さらに認知機能が低下してアルツハイマー型もしくは血管性認知症になるリスクも当然高い。アルツハイマー型認知症の50%に明らかな脳血管の異常が見られており、これはアルツハイマー型であっても血管性であっても認知症には共通する原因があることを示唆している。
脳機能の低下は脳が長期間高血圧にさらされたことによるもので、中年に発症した高血圧によって老年には脳機能の低下が顕著になる。この理屈からいえば高血圧になった時期が早いほど若くして脳機能は低下するはずで、実際に高血圧の期間が25年から30年で脳機能低下のリスクは高まる。また小児期から青年期の高血圧患者はそうでない人たちと比較して認知機能が低く学業成績が低いことも分かっている。これらの精神神経学的な機能低下は男性より女性の方が強いと2つの論文で指摘されているが、1つの論文では男性の方が強いとしていて結論は出ていない。
正常血圧にする努力を
患者を診察していると、この年齢なのだからこれくらいの血圧は当然だなと思うことが多い。だがその考えは間違っていることを文献を調べて分かった。周りに迷惑をかけるのは良くない。たとえそれが病気によるものであったとしても、迷惑をかける期間は短くすべきだ。明日からは患者の血圧指導をしっかり行おうと思う。
文献
1)Curr Hypertens Res 2017;19:24
2)Hypertens Res 2012;35:954-8
3)Lancet 2016;388:1659-724
4)Value Health 2013;16:140-7
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