月刊消防2019年10月号 p83
月に生きたい
「面白くなりそうな道を選んでみようか」
こいつに非番なんてあるのか?という救急隊員もいれば、 最低限最小限をモットーに業務をこなす救急隊員もいるというスタ イルは、私の知る限り全国共通だ。 これが良いのか悪いのかわからないが、私はどうかというと、 数年前までむしゃらに打ち込んでいた外傷普及活動も今はそれほど でもない。なぜ変わってしまったのかと周りから散々言われるが、 それは「面白いと感じなくなってきた」からだ。 今はそれよりも家庭が面白い。水泳が面白い。自転車が面白い。 トライアスロンに挑戦しようかなとも考えていて、 教育普及活動に注ぐ時間がもったいなく感じてしまったのだ。 そう、私は何よりも「面白そう」 ということを基準に物事を判断するようにしている。
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そう思うようになったのは、岡根房樹さん著「 演劇の手法によるセールスの絶対的教科書」の影響だ。これは、 売れないサラリーマンがある日公園で出会ったホームレス男にセー ルスの極意を叩きこまれて成長していく物語だ。 ホームレスの男は、気の抜けたサラリーマンの「桑森」 にこんなことを言う。「 人生は無限になる選択肢の中から常に一つを選んでいる。 多くの人は無難な道を選ぶ。 しかしおまえは一番面白くなりそうな道を選べ。無難な道でも、 楽な道でも、正しい道でもない。大変かもしれないけど、 面白くなりそうな道を選ぶんだ」読み進めていると、 あるところで私はドキッとした。
ある日、 主人公の桑森にホームレスがこんな課題を出す場面がある。「 片っ端から女性に声をかけてナンパしてこい。」
このセリフ、私が若いころに“先輩に言われたセリフと全く同じ” だったのだ。昔はよく職場の先輩に海水浴に連れ出された。 目的は先輩が気に入った水着女子と仲良くなりたいからなのだけど 、私たち若者は当て馬役にされるのだ。 イケメンでもない私はこれが苦痛で仕方なかったのだが、物語の「 桑森」にとっても同じのようで、ホームレスの師匠に「 2人しか声が掛けられなかった」と報告する。
師匠は言う。「俺はナンパをしてこいとは言ったが、 ナンパを成功させてこいとは一言も言っていない。おまえは、 ナンパするなら成功させなきゃと思い混んでいるだろう。 それで声をかけるタイミングを無くした。 そしてかわいい子からキツい言葉で断られ、 挑戦しようと言う気持ちにブレーキがかかった。」
これは桑森にとっても私にとっても図星だった。そうなのだ。 私たちも、この本の主人公のように、小さい頃から夢を語ったり、 新しいことをやろうとすると、「失敗したらどうなるのか」 を考えてしまい、「今の実力で行けるところにしなさい」 と言われてきた。「失敗してもいいからやってみなさい」 と言う大人はほとんどいなかったのではないか。 だからいつの間にか挑戦することに心理的なブレーキがかかってし まう。
そのブレーキを外す魔法の言葉を桑森は師匠から教えられる。 それが「面白がる。」断られたら、 その断り文句をネタ帳に書いて面白がる。 そんな言葉をたくさん集めて、将来成功体験を語るネタにする。 いや、 たとえ成功しなくても必死に頑張った人を誰がバカにするだろうか 。
「無理だからやめとき」と周囲から言われて、 主人公が何も挑戦しないドラマはきっとつまらないだろう。 外傷普及活動はいつしか私にとって“無難な道”になり、 トライアスロンが“面白くなりそうな道”になっただけである。
いつだって主人公は自分。周りから何と言われようが、 これからも面白くなりそうな道を選んでみようか。
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