「経験のものさし」

 
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救急隊員日誌

「経験のものさし」

2018年2月25日日曜日

私は今、東京に向かう飛行機の窓際の席にいる。 蘇生科学をテーマにした学会があると聞いて、すぐに飛びついた。救急隊員向けに色々教えていただける勉強会はたくさんあるが、蘇生科学をテーマにしたものは珍しい。

医療界では、こういう類の研修会が出張扱いになることは特別で、ほとんどは自腹で参加するのが常識なのだが、消防職員にとっては、たとえ救急救命士といえども違う認識の人がいる。「仕事で使う知識なのだから、それはきちんと仕事として組織が派遣するべきで、自腹なんてもってのほか」らしい。

私は、救急救命士資格を取得して消防に就職したので、自腹拒否という風土は全く知らなかった。それを風土と表現して良いのかわからないけど、何も知らない当時の私にとってはすごく印象的なセリフで、今でもその時の情景をはっきりと思い出すことができるのは確かだ。

当時の上司は、私をJPTECやICLSといった「変人の集まり」に巻き込んでくれた。どんな変人かというと、「人のためになるならば、身銭を切ることを厭わない人たち」だ。今回の私の研修を例にとると、東京の研修は2泊3日で、飛行機と宿泊代で4万円。研修会の参加費は1万円。机に向かってがっつり勉強する2日間だ。もちろん出張ではないので、有給休暇を取得し、有給の取得に了解してくれた仲間たちにはお土産を買って帰る。僕の小隊だけに買って帰るのもなんなので、反対番のメンバーの分も。だいたい3千円くらいでいいかな。勉強した内容は、パワーポイントにして教育の材料に変えて、小隊のみんなに教える。

うん。我ながら見事な変人ぶりだ。

「よくやるよね。自腹でしょ??」なんて声も時々うっすらと聞こえてくる時もあるけど、それは聞こえない振りをしてやり過ごすようにしている。

私は、自腹拒否の人たちでは入手できない特別なものさしを持っている。うちの小学4年生の娘が持っている竹製の30センチ物差しでは、火災原因調査の図面を見る三角スケールの代わりにならないし、三角スケールで瞳孔の左右差を測るのも不便だ。かといって、ノギスのような、正確すぎるものは使いづらくてしょうがない。やっぱり測るものに応じて、それ専用の「ものさし」がないと、正確には測れない。

その特別なものさしは、お店には売っていない「経験のものさし」だ。そのものさしの種類が豊富であればあるほど、私は自信を持って進むことができると考えている。これから取り組むことの不安に耐え、余分な心配事や、迷いに時間も労力も費やさずに済むようになれる。そのものさしを持っていることで、努力の見込みが立つ。成果が出るようになるまでに必要な努力の量と質が、なんとなく見極められるようになる。「変人の集り」のメンバーは、今ではかけがえのない大切な師匠となっている。

とは言っても、やっぱりお金と時間がかかること。そんな綺麗ごと言っていられないこともある。妻と子供達に「感謝の言葉とお土産を忘れてはいけない」という経験のものさしは、私が持ち合わせている中で、最も重厚で、「キンキラキンなものさし」なのである。

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