プレホスピタルケア 32巻5号(2019/10/20) p79
最新救急事情
消防士と健康
消防士の食習慣はひどい
左のページでは消防隊員についての論文を紹介した。 調べてみると消防士については健康面で多くの論文が出ている。
消防士の食習慣はひどい
はじめはスイスから。 職業消防士の食習慣をスイスのガイドラインと比較したものである 1)。筆者は研究背景を「 消防士の食習慣はメタボリックシンドロームのリスクの一つとなる 可能性がある」としている。 一体どんなものを食べているのだろう。 空港で働く28人の職業消防士の食習慣を検討したもので、 食べるもの、食べているときの行動、人体測定学のデータを集め、 その後1年間追跡した。結果として、 バランスと質の悪い食事をしていた。 繊維分と微量栄養素が少ない。 これらの習慣は外からの介入によっても変化しなかった。 健康的な食事を妨げているものはやる気と重要度の認識と時間であ った。このため、 介入は個人よりもグループや消防署全体に対して行うべきである。
チリの消防団員は太っている
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チリは南米の国である。 ここの消防団員は皆太っていてしかも定期的な訓練や運動もしてい ない。このため、 有事にどれだけ体が動くのか最大酸素摂取量を測った論文が出てい る2)。 最大酸素摂取量とは運動時に体が酸素を取り込むことができる最大 の値のことで、身体作業能力の良い指標とされている。 対象となった消防団員は76名。すべて男性である。 平均年齢は26歳から56歳、平均27.5歳、body mass index(BMI)は27.7(最小19.9、最大35。 平均を見ると若いのにすでに肥満度1である。最大のBMI 35だと身長170cmで体重101kgなので、 これで消火用のホースを持って走れるとはとても思えない。 心肺機能の指標である最大酸素摂取量は44mL/kg/ minでありこれは正常値より高い。
各々の結果では、68%の隊員が肥満とされ、36% は病的肥満とされた。高血圧は25%に、高血糖は20% に見られた。最大酸素摂取量は病的肥満および腹囲/ 臀部比に反比例していた。
消防士は前立腺癌になりやすい
ここからは癌の話。 消防士が前立腺癌になりやすいのは古くから知られている事実らし い。メタアナリシスによる検討を紹介する3)。 1980年から2017年に発表された文献から消防士と前立腺癌 を検討したものを抜き出して検討した。 消防士相手の研究が26編、 警察官相手の研究が12編見つかった。 消防士については前立腺癌になる確率が一般の人の1.17倍、 前立癌で死亡する確率は一般の人の1.12倍であった。 警察官は同じく1.14倍、1.08倍であった。1. 17倍が高いのかどうか人によって解釈は異なるだろうが、 数字としては危険度は上昇するのは間違いなさそうだ。
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他の癌にもなりやすい
オーストラリアからは消防士がどの癌になりやすいか検討した論文 が出ている4)。 それによると全悪性腫瘍の罹患危険度は全人口の1. 09倍と増加する。前立腺癌は職業消防士(full-time firefighter)で1.23倍、悪性黒色腫は1. 45倍になる。
癌についてはまだある。 50の総説と48のメタアナリシス論文からの結果5)では、 大腸癌1.14倍、直腸癌1.09倍、前立腺癌1.15倍、 精巣(睾丸)癌1.34倍、膀胱癌1.12倍、甲状腺癌1. 22倍、胸膜癌1.60倍、悪性黒色腫1.21倍である。
癌になりやすいのは男性だけ
同じ著者からオーストラリアにおける女性消防団員の癌についての 報告6)がある。 女性消防団員が一般女性に比べて悪性腫瘍にかかる危険度は同じで ある。女性消防団員が火災に出動する機会は男性の1/ 3しかないことがその原因としている。
火災のガスは危険
なぜこのように癌の危険度が高くなるかというと、 消火時に悪いものを吸い込むかららしい。 中国からの大気汚染で有名なPM2. 5をどれほど吸い込んでいるかシュミレートした報告がある7)。 吸気中のPM2.5を直接測るのは難しいらしく、 呼気中に含まれPM2.5が変化したPM4を測定している。 それによると消防士が年49日間消火に当たるとすると吸い込むP M4の量は年間0.15mgから0.74mgになり、 これが5年から25年続くことになる。 そのため肺癌のリスクは5倍に、心臓病のリスクは2倍になる。
煙の中にはPM2.5以外にも有毒な物質が含まれる。 例えば多環芳香族炭化水素。ベンゼン環をもつ有機化合物で、 ベンゾピレンなど発癌性・ 催奇形性を持つ物質がいくつも知られている。 消防士がどれだけこの有機化合物を吸っているか、 消火訓練の後に尿を採取して調べた報告がある8)。 それによると訓練用の模擬の煙でも有機化合物の尿排泄量は3. 5倍に上昇し、 呼気中のベンゼンは訓練前に比べて2から7倍に上昇する。
ところが死亡率は低い
癌になりやすいと散々述べたが、 実は消防士は癌では死なないらしい。 前掲のオーストラリアの論文4)では、 消防士は癌になるリスクは高いものの癌で死ぬリスクは低いと述べ ている。これは体力があること、 タバコを吸う率が低いことがその原因である。
もしこの記事を読んでいる読者が消防士でタバコを吸っている場合 は「体力がある」という優位は消滅する。 食生活が乱れていて太っていれば心臓や脳といった循環器系の疾患 で死ぬ確率が高くなる。 消防士らしく自分を節して健康に人生を楽しもう。
文献
1)J Occup Environ Med 2019;61:e183-90
2)Espinoza F:Am J Hum Biol 2019;Jan 24
3)Environ Health 2017;16(1):124
4)Occup Environ Med 2016;73:761-71
5)Jalilian H:Int J Cancer 2019 Epub
6)Occup Environ Med 2019;76:215-21
7)Environ Res 2019;173:462-8
8)Fent KW:Int J Hyg Environ Health 2019 Epub