200703投稿・研究 長期同体位による自重でのクラッシュ症候群を発症した事例 (浜松市消防局北消防署 杢屋貴由)

 
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症例

プレホスピタル・ケア 2020/4/20

長期同体位による自重でのクラッシュ症候群を発症した1例

杢屋貴由
もくやたかよし
浜松市消防局北消防署

 

目次

はじめに

浜松市消防局の平成30年4月1日現在の救命士資格状況一覧を表1に示す。実働救命士は103人であり、そのうち約半数が処置拡大の認定を受けている。次に浜松市消防局における平成29年1年間の処置拡大行為実施状況を図1に示す。ショックに対する静脈路確保及び輸液は15件であった。そのうち14例は循環血液量減少性ショックに対して行われており、クラッシュ症候群に対する輸液を実施した実績はない。
今回私は、長期同体位によるクラッシュ症候群を発症した事例を経験した。本事案を紹介することで、心肺機能停止前の重度傷病者に対する静脈路確保及び輸液を考慮した救急活動の判断材料として一助になるのではないかと考える。

 

表1
浜松市消防局救命士資格状況一覧(平成30年4月1日現在)

図1
浜松市消防局の救命士における処置拡大行為実施状況(平成29年)

事例

認知症を患った78歳女性が行方不明となり、3日後に捜索していた家族が竹藪の中で発見し救助要請したもの。通報内容は「竹藪の中腹で母親が座って動けない。意識あり、会話は可能である。」であった。
出動救急隊3名には処置拡大の認定救命士は含まれなかった。
先行して竹藪内に入った救助隊員から無線を通しての情報では「竹藪の中腹で座っている。意識あり。呼吸は正常。橈骨動脈触知可能。会話できる。」であった。その後、救助隊員の確保を受け、傷病者と接触した。
接触時、傷病者は正座していた(図2)。正座から仰臥に体位変換し観察したところ左足部が黒色に変色している(図3)のを確認したが痛みはなかった。呼吸・循環とも安定しており、自覚症状はなかった。酸素投与及びAEDを装着し現場を離脱した。
バスケット担架を使用し竹藪を下ったため、接触から車内収容まで20分かかった。

車内収容後急速にショックバイタルに移行した。モニター上でT波増高を確認した(図4)。処置範囲拡大認定救命士未搭乗のため、波形をモニター上で注視し早期に直近の三次医療機関に搬送を開始した。
病院到着後に心肺停止(無脈性心室頻拍)となり除細動を実施するも心拍再開せず死亡した。死亡後着衣を脱がし全身観察したところ、左下腿が青紫に変色していた(図5)。おそらく認知症により、自らの体位変換を行うことができず長時間の正座による圧座症候群になったと推測された。
診断名は圧挫症候群、高カリウム血症、急性腎不全であった。
容態変化の状況を表2に示す。

 

表2
様態変化の状況

 

 

   図2
発見時の傷病者。正座していた(再現写真)

 

図3
観察時、左足部が黒色に変色しているのを確認した。(再現写真)

 

図4
モニター上でT波増高を確認した(実際の心電図波形)

 

図5
皮膚が黒色に変色していた範囲

考察

クラッシュ症候群の発症原因として、救急救命士標準テキスト第9版では「四肢が重量物による圧迫を受けたり、窮屈な肢位を強いられたりした状態が長時間にわたった場合」とされている。さらに「壊死(横紋筋融解)に陥っている骨格筋細胞からは、循環の再開に伴ってさまざまな細胞逸脱物質が血流に乗って全身に循環する。これは、高カリウム血症や急性腎不全を引き起こす」ことが死亡原因となる。
今回の事例では左足部が黒色に変色していたにもかかわらずクラッシュ症候群を思いつかなかった。黒色に変色している左足部に違和感はもったものの、「3日間竹藪の中を歩けば、化膿でもするのではないか」と考えたためである。正座のような恰好に危機感を覚えず、いつから正座をしていたか聞くこともしなかった。また一般的にクラッシュ症候群とは、地震などで倒壊した建築物など、重量物による四肢の圧迫で発生すると認識されており、私もそう考えていたことも原因である。
今回の症例では長時間にわたる正座のような状態が続いたことによる自重でクラッシュ症候群を発症したものであった。特異な事例ではあったが、「自宅のベッドから転落。痛みのため動けず、長時間同じ姿勢で倒れていた。また、独居のため発見通報が遅れた」という救急事案は容易に想像できる。
高齢化・独居化に歯止めがかからない現在、身体所見や発生機序などの情報を多角的にとらえ、総合的に観察することが『クラッシュ(圧挫)症候群』を見逃さないために必要である。

 

結論

(1)長時間の正座によりクラッシュ症候群を発症し死亡した事例を報告した
(2)現場で下肢の変色は確認したもののクラッシュ症候群の発生は予測できなかった
(3)高齢化・独居化により同様な事例が発生する可能性がある

 

著者連作先

 

杢屋貴由
もくやたかよし
浜松市消防局北消防署

TEL:053-475-7531
FAX:053-475-7539

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