210526救急活動事例研究 46 通信不感地帯で発生し、応急救護所を7km 離れたドクターヘリランデブーポイントに 設定した多数傷病者事案 (富岡甘楽広域市町村圏振興整備組合消防本部 新井章彦)

 
  • 446読まれた回数:
症例
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

近代消防2021年2月号(2021/1/12)

救急活動事例研究 46

 

通信不感地帯で発生し、応急救護所を7km離れたドクターヘリランデブーポイントに設定した多数傷病者事案

新井章彦

富岡甘楽広域市町村圏振興整備組合消防本部

警防課

目次

著者

 

新井 章彦

 

読み仮名

あらい あきひこ

所属

富岡甘楽広域消防本部 警防課

出身地

群馬県甘楽郡甘楽町

消防士拝命年

平成11年

救命士合格年

平成19年

趣味

キャンプ、バーベキュー

1.はじめに

群馬県の南西部に位置している(001)。山間部が多く、管内の71%が林野であり、標高差が1200mある。管内人口は約71,000人である。

当消防本部(002)は救急隊は専任が1隊、兼任が7隊の計8隊で運用している。職員数は139人で、そのうち39人が救急救命士である。管内には、群馬サファリパーク(003)、富岡製糸場(004)、こんにゃくパーク(005)などの施設がある。

今回私は、通信不感地帯で発生した多数傷病者事案で、応急救護所を約7km離れたドクターヘリランデブーポイントに設定した事案を経験したので報告する。

001

富岡甘楽広域市町村圏振興整備組合消防本部の管轄地域

002

富岡甘楽広域市町村圏振興整備組合消防本部消防本部

003

群馬サファリパーク

004

富岡製糸場

005

こんにゃくパーク

2.バス事故の概要

令和元年の5月、管内の南牧村で発生した事案である(006,007)。登山に訪れていたグループがバスに乗り込んでいたところ、突然バスが運転手不在の状態で動き出し、斜面を約20m走り落ち、立ち木に衝突したもの。

災害発生場所と消防本部の位置関係を008に示す。災害現場に最寄りの南牧分署からは約5km、現着までに15分かかる。指揮隊、救助隊、資器材隊などが出動した富岡消防署、また警防本部を設置した消防本部からは約30km、現着までに33分かかる。

006

事故現場。登山口は道路の手前である。バスは矢印方向に走り出した

007

走り落ちたバスは立ち木に衝突し止まった

008

事後現場と各署の位置。地理院タイルに追記して掲載

3.消防等の対応

出動車両および人員を表1に示す。DMAT(Disaster Medical Assistance Team)についてはドクターヘリ2機を含む計3隊、10名が出動している。傷病者数を表2に示す。事故関係者総数は19名であり、最終的に黄色傷病者4名はドクターヘリ2機によるピストン搬送で、それぞれの基地病院である三次医療機関に搬送した。緑傷病者10名については、全て救急車による陸送で管内二次医療機関に収容した。不搬送となった5名については、災害現場または救護所での二次トリアージの結果、バスに乗車していなかったことから不搬送となったものである。

表1

出動車両および人員

表2

傷病者数。トリアージの結果を示す

4.通信不感への対応

覚知から約20分後、先着隊が到着した直後くらいのフェーズで、私は消防本部内に設置した警防本部で活動していたのだが、先着隊からの情報が入らなかった。時折無線は聞こえるものの、断片的で内容が正確に伝わらない状態であった。結果的に災害現場の携帯電話は圏外で、無線も不感な場所であり、現場から警防本部、また後に設置した救護所へは通信が不能であった。通信が不感であることは災害中に認知できたが、その対策を講じることがでなかった。そのためCSCA(command and control, safety, communication, assessment)の構築に苦慮し、関係機関との情報共有もうまくいかなかったというのが大きな反省点である。

覚知から約45分後、現場には救急隊、救助隊、指揮隊、ポンプ隊が各1隊ずつ現着しており二次トリアージが済んでいるフェーズで、ドクターヘリでランデブーポイントに到着したDMAT医師から、全ての傷病者をランデブーポイントに集積するよう相談があった。ランデブーポイントは無線、携帯電話の電波が良好であり、陸送する場合にも必ずこの場所を通ることから、現場指揮本部長がランデブーポイントを応急救護所に指定した。しかし、無線不感のため、指揮隊長からの無線がすべての隊には届かず、ドクターヘリ医師の無線や、断片的な情報を傍受した各隊がそれぞれ判断し、結果的にランデブーポイントが応急救護所になったというのが実際のところである。

発生場所と医療機関、ランデブーポイントの位置関係を009に示す。実線が救急車の導線である。災害現場から管内二次医療機関また直近三次医療機関に救急車で搬送する際、ランデブーポイントを通る。

応急救護所の配置図を010に示す。村所有の公共施設とランデブーポイントであるその駐車場を使用した。ヘリが駐機しても、消防車両が十分駐車することができる。公共施設内を緑エリアとして使用し、黄色傷病者を搬送した救急車内をそのまま黄色エリアとして使用した。

009

発生場所と医療機関、ランデブーポイントの位置関係。救急車はランデブーポイントを通る。地理院タイルに追記して掲載

010

応急救護所の配置図

5.考察

CSCAの早期確立のためには通信手段の確保が最優先となる。しかし、机上の準備だけでは、災害が発生してからの対応は難しいということを経験した。そのため、事前に具体的な備えが必要であると考える。

当消防本部でも発災前の準備としては、消防本部所有の衛星携帯電話を出動隊が持ち出して使用すること、また、相互応援協定に基づく無線中継車の要請を行うというものであった。しかし、これらがうまくいかなかったため、次回からの具体的な備えとして、消防本部所有の衛星携帯電話を指揮車に配備した。また、不感地帯が疑われた時点で早期に無線中継車を要請するという意識付けを行った。その他にも、通信キャリアによって通信カバーエリアが異なるため、複数キャリアの導入を検討している。

応急救護所の設置については、もし現場直近に救護所を設置していたら携帯電話が使用できないため、医療機関の選定が困難であり、また、警防本部との情報共有ができなかった。しかし、通信可能エリアに設置したことで、収容先医療機関の選定に支障がなく、また、警防本部との情報共有が可能であった。現場から医療機関の導線に設置することで、陸送する場合もロスがなく、ランデブーポイントと同一場所とすることでドクターヘリによるピストン搬送の際も傷病者の移動が不要になるというメリットが挙げられる。

6.結論

1)通信不感地帯で発生した多数傷病者事案を経験した

2)災害発生場所と医療機関との導線を考慮したうえで、通信可能エリアのドクターヘリランデブーポイントを応急救護所とした

3)今後の対応について考察した

 

ここがポイント

この報告で出てくるCSCAはイギリスのMIMMS(Major incident medical management and support)第2版によると、TTT(triage, treatment, transport)を含めて「大事故災害医療マネジメントの「ABC(基本)」である、とされている1)。以下は本からの抜粋である。

C:command and control. オリジナルでcommandだけであったがのちにcontrolが加えられた。Command(指揮)は単一の機関での総括指揮のことであり、Control(統制)は関係各機関の横の連携をいう。

S:Safety.安全の順番は1-自分、2-現場、3-生存者の順である。自分の安全は適切な防御装備を整えること、現場の安全は警戒線と統制によると書かれている。

C:Communication.情報伝達。「大事故災害現場で最も多く見られる弱点」と書かれている。この報告もこのCを扱ったものである。

A:Assessment.評価。現場を迅速に評価し、その情報に基づき初期対応が決定される。また評価は修正され、継続される。

消防は神戸の大震災以来大規模災害への対応を強めているが、系統立てて勉強したことのない人も多いと聞く。いつかやってくる災害のために、さらっとでもいいから概念を身につけておこう。行動が違ってくる。

文献

1)MIMMS 第2版。永井書店。2005年。p11-15

症例
スポンサーリンク
opsをフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました