近代消防 2020/6月号 p92-95
今さら聞けない資機材の使い方 (85)
検眼ライト(留萌消防組合留萌消防署 松尾大輔)
目次
1.はじめに
このたび執筆させていただくこととなりました、留萌消防組合留萌消防署に勤務しております松尾大輔と申します。
今回のテーマは「検眼ライト」です。検眼ライトは対光反射の有無を観察する際に使用する資機材です。脳疾患を疑う場合や意識障害のある傷病者など、使用頻度が高いことや、緊急度の高い傷病者が多いことから、重要な観察項目の1つといえます。しかし、血圧やSpO2値とは違って正確な数値がないため、判断に苦慮した経験が私自身少なくありません。同じような経験をしたことがある人はいないでしょうか。ここでは検眼ライトの正しい使用方法や観察時の注意点に加え、瞳孔の観察について基本的な知識を中心にご紹介させていただきたいと思います。
2.検眼ライトとは
私の所属で使用している「検眼ライト」をご紹介します(写真1)。種類は様々ですが、長さは10~14cm程度のものが多く、ボールペンのような形をしています。この見た目から「ペンライト」とも呼ばれています。
ライトの種類はオレンジ色のハロゲンライトのものから、近年ではLEDライトを使用しているものが増えており、非常に明るく照らすことができます。スイッチを押したり、レバーを動かすことでライトが点灯します。
検眼ライトには、瞳孔スケールという瞳孔径を測定する際の物差しがついているものがあります(写真2)。瞳孔径を測定する際は目視となるため、この瞳孔スケールが非常に便利です。瞳孔スケールのついた検眼ライトを使用することをお勧めします。瞳孔スケールのついていない検眼ライトを使用する際は、定規の形をした瞳孔スケールなどもありますので必要であれば持っておくと良いでしょう(写真3)。
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検眼ライト
002
瞳孔スケールという瞳孔径を測定する際の物差しがついている
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定規の形をした瞳孔スケール
3.瞳孔とは
そもそも瞳孔とは我々の身体にとってどのような役割を担っているのでしょうか。
眼を色分けすると「白」と「黒」に分けることができます。眼の黒い部分をよく見てみますと、内側は真っ黒ですが外側は少し茶色いことがわかります。この内側の黒い部分を瞳孔といい、外側の茶色い部分は虹彩といいます(写真4)。瞳孔径は正常であれば、約3~4mmの範囲となります。
瞳孔は眼に入る光の量を調節するために、明るいところでは小さくなり、暗いところでは大きくなります。しかし、実際には瞳孔がその大きさを変えているのではなく、瞳孔の周りにある虹彩が伸び縮みをして光の量を調節しています。カメラに例えると虹彩が絞りの役割を行っています。この光の量を調節する動きには、虹彩内にある2つの筋肉が関わっており、瞳孔を大きくする筋肉を瞳孔散大筋といい、縮める筋肉を瞳孔括約筋といいます。
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瞳孔と虹彩
4.対光反射とは
瞳孔径が光刺激により縮小する反応のことを対光反射といいます。光が入った側の瞳孔が縮小することを直接対光反射、光が入っていない側の瞳孔が縮小することを間接対光反射といい、正常であればどちらも認められます。
対光反射が起こるまでの神経伝達の流れは大まかに、【前半】光刺激→網膜→視神経→視交叉→視索【後半】視蓋前域核→動眼神経→瞳孔括約筋となります(図1)。直接対光反射が消失していれば前半の異常を、間接対光反射が消失していれば後半の異常を示唆しています。実際の現場では異常がある部位を特定することは困難ですが、病院連絡の際には重要な情報になることもありますので、しっかりと観察を行ってください。
図1
対光反射が起こるまでの神経伝達の流れ
5.対光反射の観察
傷病者の眼の外側から内側にかけてゆっくりと検眼ライトの光を入れて対光反射を観察します(写真5)。異常がなければ迅速に縮瞳します。傷病者のいる環境が明るい場合や、仰臥位の状態で照明を直視している場合など、既に縮瞳していて対光反射の確認が難しいことがあります。そんな時には傷病者の眼を手で覆い、瞳孔を散大させてから検眼ライトの光を当てると観察しやすくなります(写真6)。眼を覆う際には声掛けを行うなど、傷病者に苦痛を与えないように注意してください。
005
傷病者の眼の外側から内側にかけてゆっくりと検眼ライトの光を入れて対光反射を観察する
006
縮瞳している時には傷病者の眼を手で覆い、瞳孔を散大させてから検眼ライトの光を当てる
6. 対光反射に異常をきたす病態
頭蓋内に病変が出現すると、対光反射が鈍くなったり、消失したりします。これは、先ほども紹介した対光反射時の神経の経路が中脳の周囲にあり、頭蓋内病変により圧迫され、その経路を遮断してしまうためです。中脳には生命維持に関わる重要な中枢が存在するため、対光反射の異常が認められた場合は迅速な活動を考慮することも大切になります。
また、心肺停止になると、神経系の働きがなくなることから対光反射の消失と瞳孔の散大を起こします。この時、光刺激に対する反応が鈍いほど生命の危険性が迫っています。
意識障害の認められる傷病者で、左右の瞳孔が散大し対光反射の消失も認められれば、脳ヘルニアにより死の危険が迫っていると判断できます。脳ヘルニアを疑う場合は非常に緊急度が高く、迅速な活動が求められます。重要な病態であるため脳ヘルニアが起こる部位ごとにご紹介させていただきます(図2)。
(1)テント切痕ヘルニア
大脳の後頭葉と小脳の間にあるテントのように盛り上がった硬膜を小脳テントといいます。ここでヘルニアが起こると救命のためには迅速な対応が必要となります。進行してしまうと死亡するか、救命できても重い障害を残す可能性が高くなります。
部位により、鉤回ヘルニアと中心性ヘルニアといいます。鉤回ヘルニアでは初期の段階から瞳孔不同がみられ、最終的には両側散大となります。中心性ヘルニアでは初期の段階では縮瞳となりますが、進行とともに瞳孔が大きくなっていき最終的には両側の散大が見られることがあります。
(2)大後頭孔ヘルニア(小脳扁桃ヘルニア)
脳ヘルニアの終末像であり、予後は不良になります。瞳孔の両側散大がみられるとともに、呼吸中枢である延髄が圧迫されることから呼吸停止をきたします。
図2
脳ヘルニアが起こる場所
7.観察時の注意点
対光反射を観察する際の注意点ですが、前述の通り、検眼ライトはLEDライトを使用しているものもあり、非常に明るく照らすことができます。観察には有効ですが、傷病者にとっては眩しく感じ、長く眼に光を当てることで苦痛を与えてしまう恐れがありますので注意してください。
また、くも膜下出血を疑う傷病者の場合は、光刺激による血圧の上昇が考えられ、再出血により病態の悪化を招いてしまいます(写真7)。対光反射の観察は無理に行わず、行う際には光刺激を与えないよう眼を手で覆って自然光を利用するなど、傷病者に刺激を与えないようにしてください。
007
くも膜下出血では光刺激により再出血を起こす可能性がある
7.瞳孔径、眼位の観察
対光反射の観察時には、瞳孔径と眼位も合わせて観察を実施するので簡単ではありますがご紹介させていただきます。
瞳孔径は対光反射の前に観察します。光を当てる前の瞳孔径を測定し、2mm以下を縮瞳、5mm以上を散大と表現することが多いです。また、瞳孔の左右差の確認も行ってください。瞳孔径に0.5mm以上の左右差が認められれば瞳孔不同と判断します。
瞳孔異常の場合に考えられる疾患や病態を表にしました。
表
瞳孔異常の場合に考えられる疾患や病態
眼位の観察では、眼振や共同偏視の有無を確認します。眼振とは眼球が無意識の状態で左右や上下、回旋性など一定の方向へ規則的に動くことをいい、めまいを発症している傷病者にみられることが多いです。
共同偏視とは眼球が同じ方向を見つめるようになっている状態をいいます(写真8、9)。脳出血では出血の部位によって偏視の方向が変化するため、出血部位の判別に有用な観察所見となります。写真8のように左右のどちらか一方を向いている場合は、その方向に出血が生じていることが多く、反対側に麻痺を伴うこともあるので眼位とともに麻痺の有無を観察することも重要になります。
008
左への共同偏視
009
中央への共同偏視
8.最後に
今回は「検眼ライト」をテーマに執筆させていただき、私自身とても貴重な経験となりました。今後は、検眼ライトや瞳孔の観察以外にも、日頃から何気なく使用している資機材や、活動について疑問を持ち、根拠を突き詰めていくことでより良い活動ができるように精進していきたいと思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。
参考文献:
救急救命士標準テキスト
看護のための病気のなぜ?ガイドブック
~プロフィール~
名前:松尾大輔
所属:留萌消防組合留萌消防署
資格:救急救命士
出身地:留萌市
消防士拝命:平成30年4月
趣味:野球、旅行
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