プレホスピタルケア2020年6月号p73-5
「シェアする症例」
通報状況、主訴及びバイタルから急性冠動脈症候群を見抜けなかった1事例
藤本竜司
京都市消防局西京消防署
著者連絡先
藤本竜司
ふじもとりゅうじ
消防士
京都市消防局 西京消防署洛西消防出張所
所在地: 〒610-1142 京都府京都市西京区大枝東新林町4
電話: 075-332-0683
目次
はじめに
救急隊の責務とは、先入観にとらわれることなく、通報状況、傷病者の訴え、バイタル、発症経過等から、病状・病名を推測し、適切な処置を行い、適応する病院へ迅速に搬送することである。しかし今回、先入観が先行した結果、急性冠動脈症候群(Acute coronary syndrome, ACS)を見抜けなかった症例を経験した。
症例
48歳男性。
覚知日時:平成xx年6月x日午前2時49分。
通報内容:母親からの通報「48歳の息子が食中毒症状を訴えている」
現場到着時の状況:傷病者は一般住宅の1階トイレ前廊下に、下着一枚で背臥位の状態(写真1)。意識は正常で、吐き気があり気分が悪く動けないとの訴えた。顔色に異常なく、冷汗や末梢冷感もなく、触診で橈骨動脈は充実し脈の不整なし(写真2)。辛そうではあったがそのまま自力歩行で救急車に乗車(写真3)し、詳細な情報の聴取及びバイタル測定を実施した。
聴取内容:21時頃に飲食店でチャーハンとホイコーロを食べ帰宅。さらに22時30分頃に自宅で市販のタコ焼きを食べた後に就寝。特に生ものは食べていない。0時頃に吐き気で目が覚め、逆流性食道炎の市販薬を飲んだが改善しなかった。1時半頃から吐き気の増悪と便意があり、食物残渣の嘔吐2回と軟便の排便が1回あり、その後も気分不良が続き、1時間30分程トイレ前から動けずにいるところを母親が発見し救急要請したものであった。
既往症や服薬はないが、長期の喫煙習慣があった。また腹痛はないが胸苦しさがあると訴えた。
車内での観察結果を表1に示す。
表1
車内での観察結果
現場では急性胃腸炎と判断した。バイタルに異常はなく、特に既往症もなし。吐き気と軟便があることや、この時期に、京都市内で胃腸風邪が流行っており、当隊でも腹痛、嘔吐、下痢症状の傷病者を多く取り扱っていたことから急性胃腸炎を疑い、内科及び消化器科で対応可能な直近病院を交渉した。交渉の間も心電図モニターではRR間隔に若干の不整を認めるものの心拍数は60~70回/分で推移し、ST変化等は認めなかった(図1)。最直近病院は処置中で受け入れ不能であり、次病院の交渉に入る旨の無線を交信した。
病院決定を待つ間に、一時的に心拍数が40回/分近くまで減少した。意識状態に変化はなく、傷病者に心臓関係の既往がないかを再確認しましたが否定された。その後すぐに心拍数が上昇したため迷走神経反射と判断した。2件目に交渉した病院に決定、母親を同乗させ現場を出発した。この頃から寒気も訴えるようになったため毛布で保温を実施した。
走行中の意識状態にも変化はなく、心電図の異常も認めなかった(図2)。
病院収容直後に、処置室での心電図は心拍数38回/分、収縮期血圧88mmHgと低下したため、心筋梗塞の診断で緊急カテーテル手術が行われた。
図1
車内収容直後の心電図。心拍数64回/分。近似II誘導
図2
病院決定を待っている間の心電図。心拍数44回/分。近似II誘導
考察
本症例は食当たり(胃腸炎)を疑われた傷病者が、結果的に心筋梗塞であったものである。食当たりの3兆候(腹痛、下痢、嘔吐)の腹痛がなく、一時的な心電図変化にACSの兆候があったにもかかわらず、先入観が先行した結果、ピットフォールにはまり病院搬入直後にバイタルが著変した。
たまたま、バイタル測定とモニタリングのタイミングで異常がなかっただけであり、胸苦しさと一時的な心電図変化に注目し、経時的に入念な観察を行っていればACSを疑うことができたはずである。
先入観によって視野が狭まることが、いかに危険であるか、また、先入観にとらわれず、一瞬の傷病者からのサインを見逃さないことが、いかに重要であるかを改めて認識した。
結論
(1)食中毒と判断したが急性心筋梗塞であった1事例を報告した。
(2)先入観にとらわれず一瞬の傷病者からのサインを見逃さないことが重要であることを改めて認識した。
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