近代消防2020/10/12
今さら聞けない資機材の使い方 90
ポイズンリムーバー
(大島地区消防組合消防本部笠利消防分署 石原雅大・池田優也)
近代消防「いまさら聞けない資機材の使い方」
『ポイズンリムーバー』
大島地区消防組合 笠利消防分署
石原 雅大 ・ 池田優也
目次
はじめに
我々が所属している大島地区消防組合笠利消防分署は,奄美大島の北部に位置し,海がきれいで多数の海水浴場があるため,水上オートバイも配備されており,奄美空港も管轄しています。(写真1,2)
001
大島地区消防組合笠利消防分署
002
所属する車両
1 大島地区消防組合概況
当消防組合は1市3町2村で構成されており,管内面積約878km,管内人口6万7240人,1署4分署4分駐所1出張所,職員数は158名,救急隊は12隊,救急救命士数は61名,職員の約3分の1が救急救命士です。(令和2年4月現在)
年間の火災発生件数は約50件,救急出場件数は約4000件です。
全国天気図ではたまに書かれていないことがあり,〇で囲まれている部分が当消防組合(写真3)で,奄美大島及び喜界島が含まれます。鹿児島県本土からは約380km,飛行機で約1時間,船で約11時間かかります。台風接近時は船が止まり食糧不足に陥ることもしばしばあります。
003
大島地区消防組合の位置
2 ポイズンリムーバーの使用方法
(1) 刺されたり,咬まれたりした場合は慌てて動きまわったりせずに,安静にしておきます。
ポイズンリムーバーは,2分以内に使用し応急手当を行うのが最も効果的です。咬まれてから時間が経過していくにつれて効果が少なくなっていきます。(写真4)
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今回使用するポイズンリムーバー
(2) 毒性の強いものに刺されたり,咬まれたりした場合は,体内への毒の拡散を遅らせるために,傷口から心臓に向かって10~15センチぐらい離れた部分をしっかりとタオルやネクタイなどで縛ります。(写真5)これで血液の循環を弱めます。(※血液の循環を完全に止めないように10~15分毎に90秒ぐらいずつタオルなどを緩めます。
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傷口から心臓に向かって10~15センチぐらい離れた部分を縛る
(3) マウスピースは小口径と大口径があります。傷口の大きさに合わせてマウスピースを差し替えましょう(写真6)。
(4) ここから吸引についてです。ポイズンリムーバーはピストンレバー(押し子)を押すことで吸引されます。
まず,ピストンレバー(押し子)を限界まで引っ張ります(写真7)。そしてマウスピースを傷口にあててピストンレバーを最後まで押し込み、約60~90秒そのままにしておきます(写真8,9,10)。すると皮膚の表面はカップ内に吸引されます。60-90秒経ったらピストンレバーの上げ下げを行い、また60-90秒放置します。
蜂や毒蛇にかまれた場合は,3分以上吸引する必要があります。
(5) バキュームが終わったら,ポイズンリムーバーを外します。ピストンレバーを引っ張ると,ポイズンリムーバーは簡単に外れます。その時,皮膚の表面に吸い出された毒液が出ているので,他の部分に飛び散らさないように注意します(写真11)。
(6) 毒液は石鹸と水を使って,注意深く洗い落とします。その後消毒し,絆創膏を貼ります。
(7) 完全に手当てを済ませたら,マウスピースを外して洗い,付いている毒液を全部取り除き,マウスピースを消毒します。
以上がポイズンリムーバーの使い方となります。
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マウスピースを選ぶ
007
はじめにピストンレバー(押し子)を引っ張れるところまで引っ張っておく
008
咬創をマウスピースで塞ぐ
009
ピストンレバーを押すと吸引される
010
そのまま60-90秒放置する
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ピストンレバーを引っ張ると吸引が解除されポイズンリムーバーが外れる
3 ハブの生態
ハブは,クサリヘビ科マムシ亜科ハブ属に属する毒ヘビの総称です。
奄美大島には,ホンハブ(写真12),ヒメハブ(写真13)の2種が生息しています。
ここでは,危険性の高いホンハブについてお話させていただきます。
ハブの体長は30~200cmほど,大きい個体だと240cmにもなる,日本国内では大型の毒ヘビです。
頭部は大きく,マムシなどと同様に三角形の頭が特徴的です。
白~黄色地に黒く細かい網目模様がありますが,体色や斑紋には地域により変異があります。
夜行性ですが,曇りや雨の日は昼間でも活動しているときがあります。
肉食性で,主にネズミを食べています。
生息地では,餌となるネズミを追って民家に侵入してくるケースもあります。
生息地である地域が温かい為,ハブは冬眠をせず冬場は活動が鈍くなります。
ハブは非常に攻撃的な性格をしており,威嚇なしでいきなり襲ってくることもあるほどです。
特に,産卵期である6~8月にかけては,攻撃的になっているので注意が必要な時期でしょう。
そしてハブの牙には毒腺があり,毒自体はマムシより弱いのですが,噛まれた際に注入される毒量が多いため危険な毒ヘビだと言えます。
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ホンハブ
013
ヒメハブ
4 ハブに咬まれたときは
出来るだけ安静にして,車で運んでもらうか,ゆっくり歩いて病院へ向かいます。逆に,走ると症状が悪化する恐れがあります。
咬まれた時刻と,症状の進行状況,ハブの種類を記録しておくと,治療の際に参考になります。余裕があれば,ハブの写真を撮るのがいいでしょう。
病院では,いつ,どこを,どのように咬まれたのか,咬まれてからどんな症状が出て,現在はどういった症状が出ているのかを出来るだけ詳しく説明しましょう。
過去にハブに咬まれた事がある場合アナフィラキシーショックを起こす可能性もありますので,その事も伝えるようにしましょう。
5 ハブ毒について
ハブの毒は出血毒で,咬まれると,激痛,患部の壊死,腫れ,嘔吐,腹痛,下痢,血圧低下,意識障害といった症状を引き起こします。
出血毒が体内に入ると,赤血球や白血球と毛細血管を破壊して,血液の機能を壊してしまいます。
白血球が機能しなくなれば免疫力が低下しますが,それより問題なのは赤血球が機能しなくなることと毛細血管の破壊です。
赤血球の色素であるヘモグロビンは,酸素を身体中に運搬する役割があります。
この機能が壊されてしまうと,酸素が行き渡らず,酸欠状態になって細胞が窒息死してしまいます。
ハブに咬まれた場所が壊死してしまう原因は,細胞の窒息死なのです。
したがって,応急処置の時に血流を止めてしまうと,傷周りの細胞が酸欠になって壊死する恐れがあるので,緩めに縛る必要があるのです。
しかし逆に,走ったり暴れたりして血流が良くなり毒が全身に回ってしまうのも問題です。
毛細血管の破壊が広がってしまうので,安静にして,病院へ搬送しましょう。
現代では病院で治療を受ければ滅多に死亡しませんが,数週間の入院が必要になったり,壊死による後遺症が残ったり,最悪の場合患部の切除もありえます。
6 ハブ咬傷の救急概況
救急出場件数 ハブ咬傷出場
H29 4,311件 10件
H30 4,193件 11件
R1 4,177件 11件
実際にハブが家にいるとの通報があり,消防職員が捕獲した事案もあります。
こういった通報がある為,当消防分署ではハブを捕獲するためのハブ取り棒や捕獲したハブを入れるためのハブ箱があります。(写真14)
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ハブ取り棒でハブを取っているところ
7 ハブの捕獲方法・ハブ料金
ハブは駆除対象となっており,生きハブは一匹3,000円で役所が買い取ってくれるため,島民の小遣い稼ぎには欠かせません。気温18~25度で活性が上がり,梅雨時期の4月から7月にかけ活発に行動します。雨が降った後の蒸し暑い夜が狙い目です。農道や林道を車や徒歩で探していきます。ハブは木にも登るので頭上も要チェックです。ハブはライトの光でうろこが反射し白く光って見えます。間違えてアカマタ(無毒)を捕獲しても小遣いにはなりませんので注意してください。ハブであることを確認したらいよいよ捕獲です。ハブを刺激しないようにゆっくり近づきます。ハブが襲ってこない安全な距離(1.5m程度)を保ちつつ,頭から10㎝ほど下の方をハブがぎ(捕獲棒)でつかみます。この際,ハブが棒に絡まろうとしてきますが,絡んでくる前に振りほどくようにしましょう。ここからが一番の難関です。ハブを箱に入れる瞬間が一番危険です。箱に無理やり入れようとしてもハブも必死で抵抗してきます。そこでハブの特性を利用します。まずは,なんとかしてハブの頭から3分の1以上を箱の中に入れましょう。ハブは光を嫌がる習性があるため自ずと箱の中に入っていきます。この辺は経験を積んでいく他ありません。たくさんハブを捕獲し,自身の捕獲スタイルを確立していきましょう。ハブを箱に入れたらしっかりフタが閉まっているのを確認し,近くの役所にもっていき3,000円と交換してもらいましょう。これであなたも立派なハブハンターです。(換金には奄美市の住民票が必要なのでまずは住民票を移すところから始めましょう。)
ハブに咬まれても大島地区消防組合は一切の責任を負いかねます。
著者
氏名 石原 雅大(いしはら まさひろ)
所属 大島地区消防組合 笠利消防分署
出身地 鹿児島県和泊町
消防士拝命 平成28年
趣味 サーフィン
氏名 池田 優也(いけだ ゆうや)
所属 大島地区消防組合 笠利消防分署
出身地 鹿児島県奄美市
消防士拝命 平成27年
趣味 野球,ツーリング
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