近代消防 2021/07/10 (2021/8月号)
救急活動事例研究 51
海底トンネル内の車両火災により多重衝突事故が発生した多数傷病者事案の一例
稲垣祐也
川崎市消防局 川崎消防署
海底トンネル内の車両火災により
多重衝突事故が発生した多数傷病者事案の一例
稲垣 祐也
川崎市消防局川崎消防署
目次
著者
名前:稲垣 祐也(いながき ゆうや)
所属:川崎市消防局
出身地:埼玉県秩父郡長瀞町
消防士拝命:2003年(平成15年)
救命士合格年:2009年(平成21年、救急救命東京研修所第35期生)
趣味:スポーツ観戦、野球、サッカー
はじめに
高速道路海底トンネル内で車両火災の発生とそれに続く視界不良により車両15台が関係する多重衝突事故が発生した。非常に困難な現場活動を経験したため情報共有を目的として発表する。
事例
x年12月x日。覚知は23時06分、発生場所は高速道路海底トンネル内(001)。
001
マル火の場所で車両火災及び多重衝突事故が発生。自主避難者は右上にある換気所で別に救急要請した。
「中型トラックの底部から出火。怪我人なし。運転手通報」との通報内容であり、トンネル火災として出場した。私の隊は救急隊の2着隊として現場到着した。
第一現場である中型トラックの火災発生の様子を示す(002,003)。白煙あがっている状況から、炎上し始めるところが確認できる。また、炎上したことにより、黒煙でトンネル内の視界が悪くなっていることも確認できる。
002
第一現場。トラックの炎上し始め
003
炎上中。大量の黒煙が出ている
部隊が現場到着後、車両火災現場から約100メートル先で多重衝突事故と車両火災、同時に多数傷病者も発生していることを先着隊が確認したため応援要請し部隊を増強した。
本事案では、車両火災及び多重衝突事故が発生した現場と、トンネル内の非常口を使用して自主避難した傷病者が非常口の出口で別に同日23時26分に救急要請しており、それぞれの現場に出場した隊で別々の活動となった。
第二現場(004)では2台の運転手がそれぞれの運転席で挟まれていた(005)。前方のトラック運転手は意識清明だったが後方のバス運転手は心肺停止(CPA)であった。2台とも前方が大きく破損していることが確認できる(006)。
004
第二現場。第一現場から100m先
005
2台の運転手がそれぞれの運転席で挟まれていた
006
車両の破壊の状況。バス運転手は心肺停止状態。
関係車両の配置状況を007に示す。第2現場では、車両15台が関連する多重衝突事故が発生し、そのうち8台が第3通行帯で衝突した状態で停車していた。車両③と④の間で炎上してた。
007
第一現場と第二現場の位置関係と状況。
その中で、私は統括救急隊の活動補助を行いつつ、トリアージ隊に指定され、現場のフィールドトリアージを担当した。現場は火災が発生したことで、車内に留まっている傷病者も多く広範囲に傷病者が点在していた。後着隊も未着であることから、2名でペアを組みトリアージを開始。車両が連なって衝突していることで車両間が通れないため、運転席側からトリアージすることにした(008)。
008
トリアージの順番
初期トリアージ結果を009に示す。私が担当したトンネル内は、赤4名(CPAを含む。当市では救急隊が黒タグをつけるのは、頸部や体幹離断の社会死のみのため)、黄4名、緑13名で、トンネル内合計は21名。
非常口を使用して自主避難した傷病者は、救急隊2隊、消防隊2隊で対応し緑8名となっており、傷病者数の総合計はこの時点では29名であった。
009
初期トリアージの結果
救護所の設置位置場所を010に示す。救護所は消火活動も考慮して事故車列の後部に設置した。
010
救護所の設置場所
川崎DMAT隊も救護所に加わり、赤タグ傷病者の処置を依頼するとともに、再トリアージの実施、搬送順位付けを実施。同時に搬送経路も確保した(011)。
011
川崎DMATによるトリアージ・処置・搬送順位付け
最終トリアージ結果を012に示す。トンネル内は黒1名(医師により現場死亡確認)、赤4名(黄→赤へ1名)、黄3名、緑12名(1名搬送辞退)、トンネル非常口出口で救急要請した傷病者は、緑3名(5名搬送辞退)となった。搬送先は川崎DMAT医師調整済。傷病程度は重症4名(内訳は左肺気胸+気道熱傷、外傷性消化管穿孔、気道熱傷、腹腔内出血)、中等症12名、軽傷6名であった。救急隊12隊で22人を各医療機関へ搬送した。
012
最終トリアージ結果
考察
本事例では火災を考慮して応急救護所を事故車列後方に設置したが、消火活動と救助活動も同時進行で行われていたこともあり密な連携を図ることができなかった。これについては、救急指揮所を設置することで連携可能と考える。この事案の経験から、多数傷病者事案では、最初の場所取り(動線づくり)で、活動の良し悪しが決まると言っても過言ではない。現場指揮本部、トリアージポスト、応急救護所、搬送経路等、一度決めたら変更が難しいため、短時間で適切な場所を決める判断力が重要である。
結論
1)海底トンネル内の車両火災に続き多重衝突事故が発生した多数傷病者事案の一例を報告した
2)消火活動と救助活動が同時進行で行われていたため密な連携を図ることができなかった
3)最初の場所取り(動線作り)で、活動の良し悪しが決まる
ここがポイント
この報告では最初の場所取り(動線作り)で活動の良し悪しが決まるとしている。大規模災害の世界的標準であるMIMMS 1)の内容を見ると場所取りは大規模災害の優先順位CSCATTTでは最初のC(指揮および統制 command and control)とA(評価 assessment)の両方に関わるのだが、2番目のC(情報伝達communication)がA(評価)の前に来ていることから、指揮者が場所を決めて(最初のC)、その情報(2番目のC)に基づいてそれに沿って関係各機関が現場を評価し(A)装備を展開するのが理想的な対応である。
MIMMS第1版の序文は「「私たちに起こるはずがない」という言葉は、大事故災害への対応準備が不十分であることの言い訳にはならない」と書かれている。いつ起きるかわからない事態に対応することは心理的に厳しいものがあるが、住民の安全を守る消防として準備を重ねていただけたらと思う。
文献
1)小栗顕二他:MIMMS第2版。株式会社永井書店。2005
コメント