近代消防 2021/08/10 (2021/9月号) p52-56
救急活動事例研究 52
多数の死傷者が発生する災害における救急指揮体制 ~京都アニメーション火災の検証から~
京都市消防局 濱亮太郎
目次
著者
名前:濱亮太郎
読み:はまりょうたろう
所属:京都市消防局警防部救急課
出身地:兵庫県神戸市
消防士拝命:平成11年10月1日
救急救命士:平成19年第30回救急救命士国家試験
趣味:料理
1.はじめに
まず冒頭に、この火災で理不尽に命を奪われた36名の方々のご冥福をお祈りし、ご遺族の方々、また、心身に痛手を負われたすべての関係者の皆様に、心からお見舞い申し上げます。
令和元年に発生した京都アニメーション火災(001)における当消防局の救護活動の概要と,事後検証の結果を踏まえた対応について報告する。
001
京都アニメーション火災。消火中
2.火災概要
(1)覚知日時等
令和元年7月18日(木)10時35分
(2)発生場所
京都市伏見区桃山町因幡15番地の1
株式会社京都アニメーション第一スタジオ(002)
(3)被害概要
1)建物被害
鉄筋コンクリート造3階建て1棟691平方メートル焼失
2)人的被害(令和元年10月10日現在)
・死者36名(男性14名,女性22名)現地での死亡確認は33名
・負傷者32名(重症6名,中等症6名,軽症20名)搬送者のみ
※容疑者1名含まず
(4)消防局
延べ111隊398名が消火,救出及び救護活動等を実施(003,004)
内訳:指揮隊18隊,消防隊47隊,救助隊10隊,救急隊32隊(高度救急救護車含む)。
特別装備隊(空気充填照明車)2隊,消防航空隊1隊,局特設隊(人員輸送車)1隊
救急車31台のほか、現場での救護拠点となる高度救急救護車、軽症者搬送のための人員輸送車が出動した。
(5)消防団
伏見消防団本団及び分団延べ85名が警戒活動等を実施
(6)医師等
5医療機関延べ11名
内訳:医師9名看護師1名救急救命士1名
002
黒煙を吐く株式会社京都アニメーション第一スタジオ
003
救護活動
004
救護活動
3.当市の多数傷病者対応体制
当市における多数傷病者対応を大きく変えたのが,平成24年の祇園地域での車両暴走事故である(005)。死者8名、負傷者12名を出した事故であり、その後運転免許証更新時の申告に罰則規定を設けられる契機ともなった。この事故での現場活動の検討・事後検証を受け、早期に救急指揮系統を確立させ、高度救急救護車(006)を導入することで現場での早期医療提供を目指すなどの体制構築に取り組み、医療機関(007)や警察(008)等の関係機関を交え,毎年大規模な訓練を重ねつつ、活動の習熟に努めてきた。
当市で重傷者を含めた5名以上の傷病者が発生した場合、「集団救急救助出動計画第1出動」が指令される(009)。第1出動では6隊の救急隊が指令されるが、標準的な活動では救急指揮担当・トリアージ担当・応急処置担当・医療連携担当に原則各1隊が指定されるため、搬送救急隊を早期に増援要請することを前提とした出動計画である。
005
平成24年の祇園地域での車両暴走事故
006
導入された高度救急救護車
007
DMATを交えた訓練
008
警察を交えた訓練
009
集団救急救助出動計画第1出動の概念図
4.火災現場活動に関する検証
消防局内で検討会を開催し、現場指揮体制、消火・救助活動・救護活動等多岐にわたる検討を実施し、そこで列挙された課題を解決するべく、関係課によるコア会議を立ち上げ,連携を図りながら対応を進めた。
(1)メディカルコントロール協議会(MC)での検討
令和元年9月5日,京都市乙訓メディカルコントロール協議会臨時検証委員会(010)を開催し、トリアージ、医療機関選定、現場への医師要請と医療連携活動について、検証した(表1)。
010
臨時検証委員会
———————
表1
検証委員会の主な意見
・全般的に救護活動は適切で,傷病者の搬送も迅速であった。
・消防による各医療機関への受入れ確認方法及びタイミングも適切であった。
・今回は,重症熱傷の傷病者が市内の三次医療機関を中心に上手く分散されていた。
・重症熱傷への対応には限界があるため,エリアをまたぐ搬送調整も必要となる。
・医療側と消防側の情報共有のあり方について,検討を進めていく必要がある。
———————-
(2)救急課内での検討
MCでの検討を踏まえ、救急課では今回の活動と現行の活動手順について課題を抽出し、出動体制や活動要領の改正に向けた検討を実施した(011)。
011
救急課内での検討
5.改正された体制
救急課ではこれらの課題を踏まえ、出動体制と活動要領の改正に取り組んだ(012, 013, 014)。
012
消防局の対応(出動体制)
013
消防局の対応(活動要領の1)
014
消防局の対応(活動要領の2)
(1)F*オペレーションの創設
本火災のように災害防御と多数傷病者対応を同時に実施する災害については、それぞれの出動計画に基づく部隊を出動させ、互いの懸け橋となる上位の指揮部隊を最高指揮者と複合災害担当指揮者として配置する。
*Fには
・Fire&Group rescue accident(火災・集団災害)
・Full combination(充実した出動部隊の組み合わせ)
・Fukugou(複合)
の3つの意味を持たせている
(2)多数傷病者への対応
従前からの集団救急救助出動計画はそのままに、負傷者数がそれ未満の災害においても、効果的な救急指揮体制を敷き、集団救急への切り替えを容易にする出動計画を策定した。
(3)活動要領の改正
主要なものを013, 014に示した。
(4)教育・研修体制
015に示す。当初は、延期前の東京オリンピックの開幕に向けたスケジュールで教育訓練体制を計画していたが、新型コロナウイルスの影響を受け、大きな変更を強いられた。人数や会場に制限を設け、感染防止に注意しながら映像教材や局内ホームページを活用した教育を行なっている(016,017)。
015
教育・研修体制
016
研修風景。座学
017
研修風景。実習
ここがポイント
京都アニメーション放火殺人事件は死者が36名と、戦後最大の殺人事件である。集中治療室で熱傷患者を治療した経験からは、犯人が生き延びたことに驚かされた。私が第一線で働いていた時にはあれだけ広範囲の火傷を負えば必ず死亡していた。
京都市消防局は大きなイベントごとに体制を強化してきた。祇園での車両暴走に続き、今回の大火災でさらに体制を充実させたことがこの報告で述べられている。これからも地域の安全のために活動していただきたい。
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