近代消防 2021/02/10 (2022/3月号) p73-75
救急活動事例研究 58
典型的脳卒中症状を呈した、高度房室ブロックの症例
~心電図判読と臨床推論の重要性~
北はりま消防組合
山本佑気
小林克樹
杉本健太
目次
著者
氏名:山本 佑気 (やまもと ゆうき)
所属:北はりま消防組合 西脇消防署
出身地:兵庫県加西市
拝命年:平成25年
救命士合格年:平成25年
趣味:読書、旅行
1.北はりま消防組合の紹介
北はりま消防組合は兵庫県の中部にあり、「西脇市」「加西市」「加東市」「多可町」の3市1町からなる広域消防である。直近3次医療機関までは場所により、搬送時間は約20分から90分と大きく異なるため、ドクターヘリやドクターカー、場合によっては防災ヘリとの連携が必須の地域である。
2.はじめに
典型的脳卒中症状を呈した、高度房室ブロックの症例を経験したので報告する。本症例のポイントは3つある。1点目、脳卒中所見を呈する疾患は多彩であるので要注意であること。2点目、房室ブロックなど危険な心電図を見抜く「眼」を養うこと。3点目、臨床推論は、思考の偏りを防ぐこと。これらを踏まえて、症例を提示する。
3.症例
85歳男性。覚知x年6月x日18:14。「椅子に座ろうとした際に、後方へ転倒して首の後ろを打った。起き上がれない。飲酒あり。」現病歴として高血圧、心疾患(詳細不明)のため市内開業医に通院しているが日常生活動作(ADL)は良好である。
接触時の所見を001, 002に示す。シンシナティ病院前脳卒中スケール(CPSS)では顔の歪み(+)左上肢挙上不可(+)(003, 004)構音障害(+)であった。頭痛と瞳孔異常は認めなかった。接触時のバイタルサインを表1に示す。
私は常に、観察結果から、いくつかの疾患を思い浮かべて、活動するよう心掛けている。この時に思い浮かべた3つの疾患を表2に示す。
001
救急隊と接触
002
顔面の所見
003
左上肢挙上できず
004
左下肢脱力あり
表1
接触時のバイタルサイン
表2
思い浮かべた3つの疾患に対する臨床推論
頸髄損傷については、受傷機転から疑ったが、「そもそもCPSSの陽性は関係するのか?また、前方ではなく後方に倒れて起こるのか?」など、疑問点が多く、総合的にみて、可能性は低いと判断した。
大動脈解離については、高血圧や片麻痺から可能性はあると感じた。しかし、解離特有の痛みや脈拍の左右差がなかったため、脳卒中と比較しつつ検討することとした。
脳卒中については、教科書通りの所見が揃っていた。また、この時点で、高度な徐脈に対する疑問を少し持ったのだが、あまりにも脳卒中症状が典型的であったため、クッシング徴候によるものであると考えた。
以上のことから、脳卒中の可能性が一番高いと判断し、市内の直近2次でもある脳外科に収容依頼の電話を掛けた。返答待ちの間に再度モニター心電図を見ると「ここに本来QRSがあるのでは?」と気づく。(005)。交渉中の病院に状況を伝え電話を切り、再度家族に対し既往について細かく尋ねると、「病院では『脈が遅いのでそろそろペースメーカーを入れないと』と言われた。」と聴取した。これにより元々の徐脈の存在を確信し、収容先病院を脳外科と循環器科のある病院にシフトした。
交渉時の文言ははっきりとは覚えていないが、この時、もし「房室ブロック」という言葉が出ていたら、2件目で受け入れ可能であったかもしれない。
搬送中、症状の改善が見られた。完全麻痺であった左半身に動きが認められ、病着時には意識もはっきりし、CPSSもすべて正常に戻っていた(表3)。
後日、搬送先医療機関に転帰を確認したところ、「小さな脳梗塞は見つかったものの、徐脈が原因の脳虚血が主であったため、早期に循環器治療を行う必要があった」「搬送翌日にはペースメーカー埋め込み術が行われた」「ペースメーカー装着前には完全房室ブロックに進行していた」とのことであった。
005
1件目の病院収容依頼中に見られた心電図波形
表3
症状の推移
MMT:Manual Muscle Test, 徒手筋力検査
4.考察
本症例での脳梗塞症状は、高度徐脈による脳の虚血が原因であり、搬送中に症状が改善したのは、徐脈が改善し脳に血流が戻ったためであった。病院では根本治療として搬送翌日にペースメーカー埋め込み術が行われている。
本症例から、「高度な徐脈は心電図をしっかり見て、心臓の器質的異常を疑う」こと、「失神や意識障害だけでなく、脳卒中の所見も循環器疾患を疑う」こと及び「臨床推論で思考を整理することは、適切な病院選定に繋がる」ということを学んだ。
この症例から臨床推論と心電図判読の重要性を再認識したため、これらについての署内研修を実施した。臨床推論では、得た情報から疾患を類推し、思考を言語化するトレーニングをディスカッション形式で行い、心電図研修では、ST変化や危険な不整脈のおさらいと、用意した12誘導心電図をポイントの解説をしながら全員で読んでいくというトレーニングを行なった(006)。
006
心電図研修
5.結論
1)典型的脳卒中症状を呈した、高度房室ブロックの症例を経験したので報告した。
2)本症例はCPSSが全て異常でクッシング徴候を呈していたため、脳血管障害を強く疑った。
3)臨床推論と心電図判読の重要性を再認識したため、署内研修を実施した。
ここがポイント
徐脈によって失神をきたすことは珍しいことではない。失神を起こす心疾患で最も多いのは洞不全症候群であるが、房室ブロックや迷走神経反射でも失神をきたす。この患者が意識回復後に片麻痺症状を呈したのは、右中大脳動脈に有意な狭窄があったためと考えられる。
徐脈による症状は多岐に渡る。小児の洞不全症候群での症状をまとめた文献では、失神、多呼吸もしくは徐呼吸、心臓の痛み、片麻痺が紹介されている。本症例のように注意深く心電図を読むことが病態理解につながる。
文献
Arch Dis Child 1975;50:879-85
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