221128救助の基本+α(70)潜水救助活動:視界不良水域における車両水没事案 四日市市消防本 後藤将太

 
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基本手技

月刊消防2022年5月号 p40-45

『潜水救助活動~視界不良水域における車両水没事案~』

1.名前
  後藤 将太(ごとう しょうた)
2.所属
  四日市市消防本部中消防署
  高度救助隊兼水難救助隊
3.出身地
  三重県
4.消防士拝命
  平成24年
5.趣味
  野球

『潜水救助活動~視界不良水域における車両水没事案~』

目次


1 はじめに 

 「救助の基本+α」シリーズ第70回にて執筆させていただくことになりました、四日市市消防本部の後藤将太と申します。今回は、『潜水救助活動~視界不良水域における車両水没事案~』について執筆させてもらいました。視界不良水域における潜水救助活動は非常に危険が伴う救助活動のため、今回の内容が少しでもご参考になれば幸いです。まず始めに当消防本部のご紹介をさせていただきます。


(1)四日市市消防本部について

四日市市は三重県の北部に位置し、西は鈴鹿山系、東は伊勢湾に面した温暖な地域に位置し、沿岸部には日本有数のコンビナート事業所を有しており、消防事務を受託している三重郡朝日町、川越町を合せ、1市2町総面積221.24㎢を管轄しています。
当消防本部の体制は、1本部3消防署6分署2出張所で構成しており、有事即応体制の確立を図っています。
これに対応する消防力として、消防職員定数381名、消防車両90台のほか、1消防団と市内各地区に25分団、27分団車両と団員定数620名を配備しています。(001)


(2)本市が管轄する水域の状況について

 本市沿岸部の水域は、泥やヘドロにより水中透明度が極端に悪く、視界が悪い状態での活動がほとんどです。また、水中の状況によっては危険と言われる無視界潜水に近い状態での救助活動となることがあります。
 このような環境の中で潜水活動する際には、水中での隊員間のコンタクトは非常に難しく、隊員が統一した知識、技術、そして考えを持つことが大切と考えます。当本部においては統一した活動ができるように「水難救助活動指針」を作成し、迅速安全かつ効果的な潜水活動を常に目指しています。(002)

               

001
四日市消防概要

002
水難救助活動指針

 

2 水難救助隊について

 水難救助隊は平成15年に発足し、現在は35名の職員が水難救助隊員として任命されています。水難救助車は中消防署に配備され、現在14名の水難救助隊隊員が消防隊や高度救助隊を兼務して交代勤務をしています。また、潜水活動が必要な場合などには、北消防署、南消防署に配属されている水難救助隊員が増強出動する体制をとっています。
 中消防署に配備されている水難救助車は令和元年度に車両更新を行い、ワンボックス型からマイクロバス型に更新しました。現場到着までに隊員が個人装備品を着装するなど、いかに早くエントリーができるかを徹底的に追求しています。また、広い車内空間を生かし、資器材棚を設置し、中央に動線を確保することで活動しやすいレイアウトとなり、出動中にウエットスーツや個人資器材の着装を可能としております。車両上部にゴムボートを積載しており、車両の艤装としては温水シャワーなどを備えています。(003,004)

003
水難救助車(外観)

004
水難救助車(車内)

 

3 視界不良水域での車両転落事案における救助活動について


 今回は、岸壁から視界不良の水域に普通乗用車が転落したという想定のもと、当本部「水難救助活動指針」に沿って活動内容を説明していきたいと思います。尚、水域の状況は以下のとおりとさせていただきます。(水深:8m、視界:0.5m、水底:ヘドロ、車両状況:車両前部がヘドロに突き刺さっている、要救助者:1名)(写真5)

 

005
災害想定

 

 

(1)初動活動

 

 ①出動途上


車内にて個人装備資器材(スーツ、3点セット、BC、ライト等)及び車両転落時における必要資器材の準備を行います。当隊において車内転落時における必要資器材は、検索ロープ・シグナルフロート(以下「フロート」という)・ポンチ・シートベルトカッター(はさみ)、水中ノートとしています。シグナルフロートは通常のダイビングでは漂流した場合や浮上する場合に自分の位置を知らせるための道具ですが、本隊にあっては車両発見時に車両位置を明示するために使用しています。以上の資器材を出動途上に完全装備し現場に向かいます。(006)

006
車両転落時における標準装備資器材

 

 

 ②現場到着時


  車両転落の痕跡及び関係者の情報をもとに車両水没位置の特定を行います。その後、水難救助隊長により検索方法が決定されます。


 <車両転落位置を特定するための情報>
 ・タイヤのスリップ痕 ・油の浮遊 ・水面の気泡 ・岸壁付近の破損物 等


 ③潜降索(イバピー)の設定

  2名にて潜降索の設定を行います。当隊においては水中に投げ入れるだけで潜降索を設定できるイバピーを使用することにより、潜降開始までの時間を削減しています。(写真7)

007
イバピー(潜降索)

 

(2)検索活動

①アンカー付近の検索

  隊員2名にて水底の状況(水深・視界・水底・障害物)を確認するとともに、アンカー周辺を360度見渡し、車両及び要救助者の検索を行います。この際、ヘドロの巻き上げを防ぐために中性浮力を保ちながら検索活動を実施します。車両を発見した場合には、コンパスで車両の方角を確認します。今回の想定のように視界が非常に悪い場合で、且つ垂直で不安定な状態という条件であれば、隊員2名での車両接触した検索活動は当隊では危険とみなし、原則2名による車内検索は行わないこととしています。(008)
  視界が良く車両の状態が安定している場合には2名で車両に接触し、フロートを揚げ、車両位置を明示するようにしています。

008
車両発見

 

②ロープによる検索活動(環状検索等)

 

  2名によるアンカー付近の検索が終了した後、一度浮上し、原則4名以上にて環状検索や平行検索等のロープによる検索を行います。検索時の番手は一番内側を1番員、大外から2番員、3番員という順に並びます。(009) 尚、本隊の環状検索は時計回りでの検索を実施しています。理由については、後述にて説明させてもらいます。

009
検索番手順

 

(3)車両発見時

①車両を発見した場合、

発見した隊員は他の隊員にロープにより「止まれ」の合図を送ります。その後、「発見」の合図を送り、車両の発見を知らせます。同時に1番員は潜降索を3回引き、陸上隊にも「発見」の合図を送ります。この際、発見した隊員は1番員以外の隊員が車両に集まるまで、検索ロープと車両を掴んだ状態を維持します。視界が非常に悪い水域のため、発見した隊員が検索ロープを離し、車両のみ掴んでしまうと他の隊員が車両をロストしてしまう可能性があります。(010)

010
発見した隊員がロープを離した場合

 

②隊員が集まったのち、

車両がどのような状態で水没しているのかを確認します。状態を確認する際に、不用意な車両ドアの開放、体重をかけることは車両のバランスが崩れる可能性があるため注意をします。車両が垂直に突き刺さっており転倒危険が高い状況では、ただちに活動を中断し、一度水面に上がることを徹底しています。


③水没した車両の状態及び車両開口部の状況を確認したのち、

大外の隊員(2番員)は車両と潜降索とのルートを確保するために車体に検索ロープを結着します。(011) 他の隊員は、車両水没位置を知らせるためのフロート設定及びナンバー・車種・車の状態等の確認を実施します。その後、潜降索から一度浮上して救助方法の意思統一を行います。今回の想定のように視界不良及び車両のバランスが悪い場合には、一度浮上し意思統一を図ることで安全かつ迅速に救助できると本隊では考えています。(車両発見時に車両が安定している、窓が開放されており要救助者が確認できる、水深が深く浮上に時間を要する場合はこの限りではない)
  また、浮上時にはフロートではなく潜降索にて浮上することを基本としています。理由としては視界不良の中フロートが水面に浮上したことが確定していないためとなっています。(012)

011
2番員(大外)は検索ローフを車両に結着する

 


012
フロート設定後の浮上ルート

 

 ④浮上した救助方法の意思統一を図った後、

フロートにて再潜降します。意思統一については窓破壊を行う隊員、要救助者を搬送する隊員等の決定及び危険事項の確認を行います。危険事項の確認とは、車両転倒危険方向やドアの開放箇所について決定します。窓の破壊やドアの開放により、車内に残ったエアが排出されることで車両の状態が変化する可能性があるため、破壊及び開放箇所の選定には十分に留意する必要があります。(013)

013
再潜水時に共有する内容

 

 ⑤再潜降後、

車内検索に入り救出活動を実施します。救出活動終了後は、車両を陸上に引き揚げる際に車内の収容物が落ちないように全てのドアを閉めてから浮上することも統一しています。

 

4 本隊における安全管理体制及び活動ポイント

  本隊における安全管理体制及び活動時のポイントの一部をご紹介します。


 (1)安全管理体制


  ①スタンバイダイバーの設置


   陸上もしくは水面に救援に向かうためのスタンバイダイバーを指名し、不測の事態に備えています。

  ②全BCに水中ホーンを装着

   潜水隊員同士(バディ間)で連絡が途絶えた場合や水中拘束で身動きがとれなくなった場合など、緊急時に音で緊急事態を知らせるために水難救助車に積載している全てのBCに水中ホーンを装着しています。視界が悪い状況であっても検索中であればロープによる緊急信号を送ることもできますが、水中でロープが絡まったり、ロープによる信号が送れない場合などには水中ホーンを使用して大音量の音を鳴らすことにより、確実に全隊員が緊急事態という認識を得ることができます。(写真14)

014
水中ホーン

 

 (2)活動ポイント

 

①確実な中性浮力

   本市の沿岸部の水底の状態はほとんどヘドロという環境です。視界が悪い環境でさらに水底のヘドロを巻き上げてしまうと無視界状態となってしまい、かなりの活動障害になってしまいます。水中で全く視界がない状況になれば、手探りでの検索となってしまい要救助者のロストに繋がってしまいます。そのため、本隊において一番重要視している潜水技術が中性浮力です。視界が悪い環境下でも適切に中性浮力を取り、水底ぎりぎりの高さで検索できるように常に心がけています。


②検索ロープを右手に携行し検索活動を実施

環状検索を行う際、三重県内消防本部では左手に検索ロープを携行し、反時計周りによる検索が多い中、本隊においては時計回りによる検索を行っています。理由としては、視界が悪い水域のため、コンパスがすぐに確認できるようにするために検討した結果、左手にコンパス、右手に検索ロープを持って時計回りで環状検索を行うこととしました。(写真15)

015
中性浮力

 

5 まとめ


 視界が悪い水中での救助活動は潜水するまでの段階で全隊員が統一した安全管理、活動手技等の考えを持つことが一番重要だと私は考えます。その為、当本部にあっては全水難隊員が同じ考えを持って活動できるように活動指針を作成しています。しかし、統一した活動を効果的に行うためには個人の知識、技術の向上が必要です。私自身、水難救助隊としての経験がまだまだ少ないため、水難救助における知識や技術の向上に日々努めていきたいと思います。また、当隊は海域での訓練以外にも、近年頻発している大規模水害に対応するための救助訓練も積極的に実施しております (016)。四日市市消防本部水難救助隊は市民の安心・安全を守るため、今後も全力で人命救助活動に励んでいきたいと思います。

016
大規模水害に対する救助訓練

 

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