近代消防2022/04/10 2022年6月号p88-91
●今さら聞けない資機材の使い方 109
いまさら聞けない資機材の使い方
高崎市救急隊員シンポジウムシリーズ(1)
小物の活用
A
高齢傷病者等に対する折り畳み式踏み台を用いた救急活動
小山 桃子、齋藤 正典、河野道明
埼玉西部消防局
埼玉西部消防局飯能日高消防署日高分署
〒350-1236埼玉県日高市猿田57番
電話:042-989-9111
目次
プロフィール
・名前:小山桃子(こやまももこ)
・所属:埼玉西部消防局飯能日高消防署日高分署主任
・出身地:埼玉県入間郡毛呂山町
・消防士拝命:平成23年4月1日
・救命士取得:平成23年救急救命士国家試験合格
・趣味:和太鼓
1はじめに
埼玉西部消防局(以下、「当消防局」という。)における、令和3年中の救急搬送件数は32,126件で、うち、満65歳以上の高齢者救急搬送件数は20,113件と全体の62.6%を占めていました。
高規格救急車のリヤステップ(以下、「リヤステップ」という。)は、車種により違いはありますが高さは約30センチで、救急現場では、歩行可能高齢傷病者や歩行障害のある同乗者(以下、「高齢傷病者等」という。)が救急車を利用する際、リヤステップ昇降時の身体的・心理的負担を聞くことが多くあります。
そこで、救急車両に積載し易い、折り畳み式踏み台(A_001)(以下、「踏み台」という。)を使用することで、高齢傷病者等のリヤステップ昇降時における、身体的・心理的負担を軽減出来るか検証したので報告します。
使用する踏み台の規格は、耐荷重は約150キロで天板と脚裏には滑り止め用のゴムがついており、展開時の大きさは、奥行25センチ、幅32センチ、高さ22センチで、リヤステップとの高低差を約8センチにまで狭めることが可能です。収納時の大きさは、奥行4.5センチ、幅32センチ、高さ35センチで、患者室長椅子の下(A_002)やストレッチャー脇(A_003)に収納が可能です。
001
折り畳み式踏み台
002
踏み台をたたんで患者室長椅子の下に収納
003
ストレッチャー脇に収納
2対象と方法
高齢者疑似体験キット(A_004)(以下、「体験キット」という。)の貸与を受け研究を行いました。体験キットは埼玉県社会福祉協議会埼玉県ボランティア・市民活動センター並びに埼玉県入間市社会福祉協議会から借用したもので、体験キットを装着すると上下肢の可動域が制限され、約80歳の身体的負担を体験することができます(写真4)。今回はコロナ禍の検証であったこと、健常な消防職員に体験してもらうことから、感染予防と更なる身体的負荷をかけるために個人防火衣を着装した状態で装着しました(005-010)。
体験キットを装着した全員が、踏み台未使用・使用、昇段・降段に関係なく、リヤステップ昇降時に足踏みをしたり、踏み足を変えたりと、足元を注視する動作を示しました。
004
高齢者疑似体験キット
005
高齢者疑似体験キットに個人防火衣を着装した状態でリヤステップを昇る
006
007
(1)踏み台がリヤステップ昇降時間に及ぼす影響
当消防局76名の隊員(10代~50代)を対象とし、高齢者疑似体験キットを装着した上で、踏み台使用の有無それぞれでリヤステップ昇降時にかかる時間を計測しました。昇段時間はリヤステップ前に両足が揃ってから車内に両足が揃うまでとし、降段時間は車内に両足が揃ってから地面に両足が揃うまでとしました。
(2)踏み台使用におけるアンケート
昇降体験後、「リヤステップ昇降時に感じた高さの印象」、「踏み台使用時の高さの印象」、「踏み台使用時の利点・欠点」、「踏み台の必要性」についてアンケート調査を実施しました。
3結果
(1)踏み台がリヤステップ昇降時間に及ぼす影響
リヤステップ昇段時における平均所要時間については、踏み台なしが11.3秒、踏み台ありが8.7秒で、踏み台を使用することで2.6秒の時間短縮となりました。
リヤステップ降段時における平均所要時間については、踏み台なしが9.4秒、踏み台ありが9.3秒で時間差は0.1秒でした(A_011)。
(2)踏み台使用におけるアンケート
アンケート回答率は100%でした。
リヤステップの段差については、高く感じるが69人(90.8%)、そうでもないが7人(9.2%)と回答しました(A_012)。
踏み台使用による段差の印象、改善については、リヤステップの段差が高いと感じた69人のうち66人(95.7%)が、踏み台を使用することで高さの印象が改善されたと回答しました。そうでもないが3人(4.3%)でした(A_013)。
踏み台使用時の利点・欠点については複数選択で回答しました。利点では、「昇降し易い」74人、「不安が軽減された」22人、「転倒危険の回避になる」21人、「車内収容時間の短縮に繋がる」13人でした。欠点としては、「介添えがないと不安」58人、「踏み台が小さい、不安定」33人、「踏み台そのものが新たな障害物として転倒危険となる」18人、「まだまだ身体的負担がある」8人でした(A_014)。
踏み台の必要性については、必要ありが60人(79.0%)、どちらでもないが15人(19.7%)、必要なしが1人(1.3%)でした(A_015)。どちらでもない、必要なしと回答した隊員の自由意見では、踏み台使用時の欠点がヒヤリハットを助長させるため、現状維持のまま隊員間で安全管理を図った方が良いとの意見でした。
011
踏み台がリヤステップ昇降時間に及ぼす影響
012
リヤステップ段差の印象
013
踏み台による負担軽減
014
踏み台使用時の利点・欠点
015
踏み台の必要性
4考察
(1)踏み台の利点
リヤステップ昇降体験では、昇段時の平均所要時間が2.6秒短縮出来たことで、身体的・心理的負担が大きく改善され、車内収容時間の短縮に繋がります。また、降段時の平均所要時間は踏み台を使用しても0.1秒差とほとんど差はなかったことから、活動時間に支障なく身体的・心理的負担を軽減出来ることに繋がります。
アンケート結果では、リヤステップの段差は76人中69人(90.8%)と高齢傷病者体験をした多くの隊員が高いと感じたことから、実際の高齢傷病者等の身体的・心理的負担は大きいことが示されました。そして、踏み台を使用することでこの69人のうち66人(95.7%)が身体的・心理的負担の軽減を感じていました。
これらのことから、踏み台を使用し高低差を狭めることは高齢傷病者等にとって有用であると考えます。
(2)踏み台の欠点
踏み台使用時の昇降体験で、足踏みをしたり踏み足を変えたり等、足元を注視する動作が多く見られたことや、不安定さや踏み台そのものが新たな障害物になってしまうことでヒヤリハットを助長させてしまう可能性から、必要性は79.0%にとどまりました。
高齢傷病者等のリヤステップ昇降時における身体的・心理的負担を軽減させるためには、踏み台を使用することと並行して、介添えや声掛けによる誘導、砂利道や交通量等の道路状況を考慮した車両部署位置など、隊員によるサポートが必須となります。また踏み台の改良やKYT(危険予知訓練)の充実によってリヤステップそのものの改良を追求していく必要があります。
(3)将来に向けて
当消防局における消防職員委員会に議題提出し、踏み台について積極的な議論をしてもらいたいと考えています。
5結論
(1)高齢傷病者等がリヤステップ昇降時に感じる身体的・心理的負担は、踏み台を使用することで軽減できましたが、並行して隊員による身体的・心理的サポートが必須となります。
(2)踏み台の改良やKYTの充実を図り、将来的にはリヤステップそのものの改良を追求していく必要があります。
(3)当消防局で踏み台について積極的な議論をしてもらいたいと考えています。
座長コメント
●高齢傷病者等に対する折り畳み式踏み台を用いた救急活動
今回提案された「折り畳み式踏み台」は、高齢傷病者等に対して、救急隊の誰もが経験しているであろう、ふとした場面に目を向けた、気持ちに寄り添う提案であり、このようなバリアフリーを意識した活動は、日々の救急活動の気付く力を向上させ、よりきめ細やかな住民サービスへと繋がっていく。今回の検証は、消防職員が高齢者疑似体験キットを装着し、体験して得たアンケート結果なので、今後は高齢者施設等の避難訓練時や救急法指導時に協力してもらうなどして、実際に使用する高齢傷病者等の生の意見を聞きながら、合わせてKYTの充実を図り、より救急活動に適した「折り畳み式踏み台」のサイズや重量についての検証報告を期待したい。
座長プロフィール
・名前:木嶋 浩之(きじま ひろゆき)
・所属:高崎市等広域消防局 高崎北消防署群馬分署 係長代理(消防司令補)
・出身地:群馬県前橋市荒子町
・消防士拝命:平成18年4月1日
・救命士取得:平成26年救急救命士国家試験合格
・趣味:ダンス、散歩
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