近代消防 2021/06/10 (2022/7月号) p79-80
今さら聞けない資機材の使い方 110
高崎救急隊員シンポジウムシリーズ(2)
救急活動のヒント その 2
「浮力」を利用した浴槽救出
西春日井広域事務組合消防本部
篠塚雄希・伊藤竜児・宮田学
目次
1.はじめに
早速ですが皆さまは普段、浴槽心肺停止(CPA)事案の際、どのような方法で傷病者を浴槽から救出していますか?この稿では、様々な救出方法を試した結果から得られたデータをもとに、浮力を利用した救出方法の有用性を検証していきます。
令和2年度、篠塚雄希が浴槽CPA事案に出動した際に浴槽からの救出に時間を要した事案がありました。等消防本部の統計でも、浴槽からの救出はそれ以外のCPA時間に比べて接触から心肺蘇生(CPR)に着手するまでの時間が長いことが示されています(001)。CPRまでの時間を短縮すべく様々な方法で浴槽救出訓練を実施した結果から、「浮力」を利用した救出方法が有用性が高いと判明したため、その有意性を検証しました。
001
それ以外のCPA事案」の50パーセント以上がCPR開始まで1分以内に着手できているのに対し、「浴槽救出でのCPA事案」は全ての事案でCPR開始までに1分以上を要している。
2.浮力を利用し迅速に救出する
検討した救出方法は徒手搬送(002)、毛布搬送(003)、テープスリングによる引き上げ(004)、ターポリン担架(005)、バックボードによる引き上げ(006)、KEDによる引き上げ(007)、浮力による引き上げ(008)です。それぞれ接触からCPR着手までの時間を009に示します。テーブスリングは傷病者役がひどく痛がったため計測を中止し、バックボードは浴槽内にボードが入らないため計測不能でした。
実際に浮力を利用した救出動画を010に示します。
002
徒手搬送
003
毛布搬送
004
テープスリングによる引き上げ
005
ターポリン担架
006
バックボードによる引き上げ
007
KEDによる引き上げ
008
浮力による引き上げ
009
各種救出方法による接触からCPR着手までの時間。「浮力を利用した救出」は風呂水を抜いていない。その他の方法は全て風呂水を抜いている。
010
3.考察
浴槽の湯を残すことにより、一人でも浴槽救出が可能とうことが判明しましたが、デメリットとしては浮力を利用するため浴槽内に湯を残すと、顔が湯に浸かり気道トラブルに陥る可能性が高くなることが考えられます。
解決策として、傷病者の顔を風呂のふちやフタに乗せることにより、気道を確保することが可能です。しかし、この方法はバイスタンダーの協力が必要であり、何より指令員の方との連携が必須となります。
本研究を救急隊員だけでなく指令員の方にも普及することができれば、顔が湯に浸かり気道トラブルに陥る可能性を回避できるのではないかと考えます。
座長コメント
O15-3
●「浮力」を利用した浴槽救出がもたらす成果と可能性
浴槽内CPAでは、口頭指導により現場到着時にお湯が抜かれており、浴槽内という限られた空間で全身脱力の傷病者を救出するのには時間を有する。「浮力」を利用した浴槽救出方法は、お湯に浸かった状態での重力が空気中に比べ約9~10分の1になる「浮力」効果に着目し検証を試みたものである。これまでの活動概念とは真逆の発想であるため、非常に興味深く、また体力に関係なく救出できている検証結果から、その有用性を感じる。また、CPA以外での活用も期待される。ただ、顔がお湯に浸かってしまうのではないかという通報者の心情をどうコントロールするか、便失禁などで汚染されているお湯に直接腕を入れるため、救急隊の事前準備が欠かせない。
プロフィール
・名前:木嶋 浩之(きじま ひろゆき)
・所属:高崎市等広域消防局 高崎北消防署群馬分署 係長代理(消防司令補)
・出身地:群馬県前橋市荒子町
・消防士拝命:平成18年4月1日
・救命士取得:平成26年救急救命士国家試験合格
・趣味:ダンス、散歩
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