近代消防 2022/10/11 (2022/12月号) p82-85
高崎シンポジウムシリーズ
移動中の有効な胸骨圧迫には床からの高さが重要である
井出優
富岡甘楽広域消防本部
富岡消防署 甘楽分署
目次
目的
当消防本部の管轄では南牧村を始め管轄全体の過疎化・高齢化が進んんでいます。このため心肺停止(CPA)事案で胸郭の厚さが足りず自動心臓マッサージ器が適応外となることが多くあり、ストレッチャー収容時から用手での胸骨圧迫を余儀なくされます。そこで、ストレッチャー移動を想定し、様々な要素が胸骨圧迫に及ぼす影響を検討しました。
対象と方法
対象は甘楽分署所属の救急隊員10名(最低150cm, 最高183cm, 平均171.6cm)です。甘楽分署救急車に積載のストレッチャー、ファーノ社製エクスチェンジストレッチャー4080―S(001)と訓練用ダミーはレールダル社製レサシアンシュミレータPULS(002,003,004)を使用しました。測定項目は平均圧迫深度(cm)、胸骨圧迫の深さが50mm未満の回数、胸骨圧迫の深さが60mmを超えた回数、圧迫解除不足の割合(%)、リズム(回/分)の4項目です。研究内容は以下の通りです。
001
ファーノ社製エクスチェンジストレッチャー4080―S
002
レールダル社製レサシアンシュミレータPULS
003
シュミレータPULS付属のタブレット
004
測定中の画面
(1)移動時の高さの検討
床にマットを敷いてダミーを置きこれをコントロールとしました(005)。次にストレッチャーにダミーを乗せ、移動速度は2km/h(006)としてストレッチャーの高さを変化させ計測(007)しました。
005
床にマットを敷いてダミーを置きこれをコントロールとした
006
ストレッチャーにダミーを乗せ、2km/hで移動した
007
ストレッチャーの高さを変化させ計測した
(2)移動速度の検討
移動速度を4km/hとして2km/と比較しました。
(3)傾斜時の検討
ストレーチャーに傾斜をつけて検討しました。傾斜角度は3°、5°、10°の3種類です。
(4)坂道での検討
実際に坂道にストレッチャーを置き検討しました。坂道では上下(前額面)が傾くとともに左右(矢状面)も傾きます。そのため3種類のケース、縦軸1度横軸6度(008)、縦軸7度横軸4度(009), 縦軸9度横軸1度(010)で検討しました。
008
縦軸1度横軸6度
009
縦軸7度横軸4度
010
縦軸9度横軸1度
結果
(1)移動時の高さの検討
結果をグラフ1に示します。コントロールである床(高さ5cm)から高さが上がるほど平均圧迫深度は低下、胸骨圧迫の深さが50mm未満の回数は上昇、胸骨圧迫の深さが60mmを超えた回数は低下、圧迫解除不足の割合は低下しました。一方リズムは高さにかかわらす一定でした。
(2)移動速度の検討
結果をグラフ2に示します。移動速度が2倍になっても大きな変化はありませんでした。
(3)傾斜時の検討
結果をグラフ3、4、5に示します。グラフ3はストレッチャーの高さが38cm, グラフ4は62cm、グラフ5は82cmです。角度が変化しても数値に大きな変化はありません。しかしストレッチャーの高さが上がるにつれて胸骨圧迫の質は低下していきました。
(4)坂道での検討
グラフ6に結果を示します。上下左右の傾きが変わっても胸骨圧迫の質はそれほど変化しませんでした。
グラフ1
高さが上がるにつれて胸骨圧迫の質は低下する。しかしリズムは一定である
グラフ2
移動速度が2倍になっても胸骨圧迫の質は変化しない
グラフ3
傾斜時の検討。ストレッチャーの高さが38cm
グラフ4
傾斜時の検討。ストレッチャーの高さが62cm
グラフ5
傾斜時の検討。ストレッチャーの高さが82cm
グラフ6
上下左右の傾きが変わっても胸骨圧迫の質はそれほど変化しない
考察
ストレッチャーの高さでは38cmで最も質の良い胸骨圧迫ができました。移動速度は倍速のリズムで速くなる人もいましたが、圧迫深度と圧迫解除には影響は少ないと考えます。ストレッチャー移動時の転倒リスクも減症し、圧迫深度も十分であったためメリットは多いと感じました。その反面、圧迫深度が60㎜以上となりやすいことについては深くなってしまうと認識できたため、適切な圧迫深度で押せるよう訓練が必要だと感じました。傾斜を付加しても結果は同様でした。
ストレッチャーの移動速度が傾きが胸骨圧迫に及ぼす影響は軽微であり、ストレッチャーの高さを下げることが質の良い胸骨圧迫をする上で重要であることがわかりました。
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