240305救急活動事例研究 71 ドクターカーと消防が有毒ガスによる多数傷病者発生現場で連携した事案 奈良県広域消防組合 森本昌也

 
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症例

近代消防 2023/5/11 (2023/06月号) p78-81

 


プロフィール


名    前:森本 昌也(もりもと まさや)


所    属:奈良県広域消防組合消防本部 救急ワークステーション


出    身:奈良県天理市


消防士拝命年:平成26年4月1日


趣    味:読書、半身浴、格闘技観戦

目次

はじめに

今回、私は救急救命士の資格を持たないドクターカー隊員として、有毒ガスが発生した多数傷病者事案に出場した。その状況を紹介するとともに、事案を振り返る検討会から浮かび上がった効果と課題について報告する。

事例

(1)概要

x年5月x日。「穴掘り作業中、ガスのような煙が噴射、塩素のような臭いがする。そのガスを吸い込んだ工事関係者の2名が気分不良、現在煙はおさまっている」との通報内容であったが、先着した指揮隊から多数の傷病者がいるとの情報により、ドクターカーやドクターヘリが増隊され計26隊が出場することとなった。

現場発生場所の位置関係を001に示す。『赤枠』の場所で有毒ガスが発生していた。先着救急隊が現場到着した時、ユンボで作業していた2名(再現写真001)とその敷地内にいた工事関係者の2名(再現写真002)が気分不良を訴えていた。また、道を隔てた北側にある工場で勤務する従業員も多数気分不良を訴えていた(再現写真003)。

 

001

現場発生場所の位置関係

再現写真001

気分不快を訴えた、ユンボで作業していた2名

再現写真002

気分不快を訴えた、工事関係者の2名

再現写真003

道を隔てた北側にある工場で勤務する従業員も多数気分不良を訴えていた

(2)各隊の活動内容

002に示す。指揮隊は風向を考慮した場所に現場指揮所を開設し、救助隊はガス検知器を用いた発生ガスの特定、救急隊は現場指揮所での活動、トリアージ(再現写真004)、医療機関への搬送(再現写真005)を行なった。

002

各隊の活動内容

再現写真004

トリアージを行う救急隊員

再現写真005

医療機関へ搬送

(3)ドクターカーの活動

1)現場指揮所とドクターヘリとの連携活動

早期にドクターカー医師をメディカルコマンダーとして配置することとし、ドクターカー隊員が医師と現場指揮所との橋渡しになって情報共有を密に行うこととした(再現写真006)。現場指揮所と顔の見える関係になかった医師が、ドクターカー隊員の橋渡しによって、組織だった活動を展開することとしたものである。また、メディカルコマンダーは、ドクターヘリ医師に救護所での診察(再現写真007)、治療や搬送順位決定などを指示して医療を統括していた。

再現写真006

ドクターカー隊員(中央)はメディカルコマンダー医師(右)と消防(左)との橋渡しをした

再現写真007

ドクターヘリ医師による診察

2)搬送医療機関の確保

通信指令課が確保した医療機関に加えて、ドクターカー医師の迅速な判断によっても医療機関を確保できた。その結果、重症者2名を含む計20名の傷病者を県内7医療機関に分散搬送することができた。

3)傷病者の診察及び治療方針の決定

救助隊が使用したガス検知器では、シアン化水素、塩素、硫化水素の3つを検出(再現写真008)しガスの特定ができなかった。しかし、第1搬送された医療機関での所見は、肺水腫が著明であり、シアン化中毒で高値を示す血中メトヘモグロビン値は正常であった。この情報は、現場で活動するドクターカー医師に医療機関から直接伝えられた。また、現場で多数の傷病者が呼吸困難を主訴としていることから、救助隊が検出した3つのガスの中から、塩素ガスの可能性が高いとの判断を行い、直ぐに医療機関と現場指揮所にその情報を提供した。

再現写真008

シアン化水素、塩素、硫化水素の3つを検出した

考察

後日開かれた事例検討会(再現写真009)において、救助隊からは、消防が所有する検知器は可能性のあるガスを数種類検出する特性があり、1つのガスを特定することは難しいとの発表があった。医師の現場での診察所見や医療機関での検査所見だけでもガスの特定は難しいが、本事例では消防側と医療側の情報を綿密に共有することができればガスの特定に結び付くことができた。

また、メディカルコマンダーの配置が医療機関選定や治療に効果をもたらした。

今回の事案ではドクターカー隊員が橋渡しとなって連携を図ることができたが、消防も医療もお互い知らないことがまだまだあることも分かったので、これからは顔の見える関係を積極的に構築する必要があると認識した。

再現写真009

後日事例検討会が開かれた

ここがポイント

塩素ガスによる集団災害である。塩素は黄色味のかかった機体で、強い刺激臭がある。食塩から容易かつ安価に生産できること、強い殺菌効果を持つことから、次亜塩素酸の形で衣服の漂白剤や水道水の殺菌剤として広く用いられている。

塩素ガスに暴露された場合、目の痛みや咳を誘発する。ついで喘鳴、呼吸困難、息切れ、胸の焼けるような痛みがおこり、もっと高濃度になると肺水腫により死亡する。特異的な解毒剤はないため、患者には呼吸管理などの対症療法が行われる。

一般家庭でも、塩素系の漂白剤と酸性の洗剤を混ぜることによって容易に塩素ガスが発生する。少しでも塩素ガス暴露の危険が考えられる時には救助時に二次災害の防止が必要である。

参考:国立保健医療科学院 https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2000/000156/200001127A/200001127A0007.pdf

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