洗髪中に生じた特発性脊髄硬膜外血腫

洗髪中に生じた特発性脊髄硬膜外血腫

Jレスキュー 2018/1

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092-093_rreport_1

2018年4月5日木曜日

洗髪中に生じた特発性脊髄硬膜外血腫

この事案は、傷病者が外出前に洗面所にて洗髪中、突然発症した頸部痛から徐々に右同側の上肢及び下肢へと麻痺が進行した脊髄疾患で、過去に経験のない事案を紹介する。

【通報内容】

平成29年2月某日の7時38分、同居家族からの119通報で「60歳代の妹が洗面台で頭を洗っていたら首が痛くなり、その後右腕を痛がっている」とのこと。

【出場途上の考察と追加情報】

出動(図1)直後に得た通報内容から、「くも膜下出血?」「頸椎に関連する整形疾患?」を考慮、その後の追加情報で、「傷病者に現病歴はなく、痛みの部位は首から背中にかけて痛みを訴えており、右腕の動きが悪くなってきた」との情報から、「大動脈解離」も疑うこととした。また、重症の内因性疾患であってもドクターヘリの運航時間外であったため、ドクターヘリ要請は除外した。

図1 三条市消防署下田分署から救急出動

【接触時の状況と傷病者の主訴】

通報から21分、救急隊は家族により1階寝室へ案内され、布団上に腹臥位の状態(図2)の傷病者に接触した。意識は清明で初期評価に異常は認めず。

図2 現場到着時の状況(再現写真) 傷病者は自宅1階居室、布団の上に腹臥位で後頸部と右上肢の痛みを訴えており、身動きができない状態であった。布団上に腹臥位の状態

発症状況と主訴は「朝から出かけるために洗面所で頭を洗っていた(図3、4)ところ、背中に近い首の後ろと右腕に痛みが生じ、痛みがひどかったため、自力で寝室に移動し安静にしていたところ、5分後ぐらいに右半身が動かなくなってきた(図5)。」

図3 

再現写真

洗髪の最中に突然頸部の痛みが生じ、その後右上肢へと痛みが進行したそう

一般家庭にある洗面台は床から洗面ボウルまでの高さが概ね750mm~850mm位で規格されており、各家庭の洗面台の高さと身長にもよるが、前かがみ姿勢での動作は首から腰にかけての負担が非常に大きい。

図4 図は傷病者宅の洗面台写真で、床から洗面台ボウルまでの高さは770mmであった。

傷病者は当消防本部職員の親族でもあり、職員に依頼し洗髪していた洗面台を撮影してもらった。

図5 痛みの範囲

さらに痛みの発生状況を「無理な格好(姿勢)で洗髪しなかったか?」、「痛みは徐々に痛み出したのか?」、「突然0から100の痛みになったのか?」と詳しく問診したところ、『特に無理な姿勢で洗髪したわけでもなく、洗面台で頭を洗っていたら突然首に強い痛みが生じた。こんなに強い首と右腕の痛みは初めてだ。』とのこと。

【全身観察・判断・処置】

一瞥して傷病者背面に外傷は見当たらず。腹臥位の状態で頭部の観察後に頸部の触診を開始、特に頸部を触れることを拒否せず、慎重に頸部を触診すると、頸部隆椎(第7頸椎棘突起)付近に痛みが限局しており、それよりも上部は後頭部を含めて全く痛みはなし。他に痛みがある部分は右上肢全体で、触診しても痛みの増悪はなかった。

傷病者は無理な姿勢での洗髪により生じた頸椎疾患の可能性も否定できないため、背部の観察後、バックボード上へログロールを行い、継続して全身観察を行う。

身体前面にも外傷は見当たらず、右の上下肢に運動麻痺(不全麻痺)が確認できた。また、同居人の家族も立会いの下、傷病者に問診をしたが、発語が滞ることなく良好で、顔面の麻痺も認めなかった。その後、全身固定を行った(図6)後、救急車内へ収容する。

図6 再現写真/頸椎疾患の可能性も考慮し、バックボードで全身固定を実施。

【車内収容後】

傷病者は固いバックボードに収容したためもあるのか、少しでも痛みの軽くなるような位置を探すように身体をよじっていたため、タオルケット等で隙間に緩衝物を入れるが頸部及び右上肢の痛みの軽減はなし。

大動脈疾患も疑い、血圧の左右差をチェックしたが、測定値に明らかな差はなく、モニター心電図上でも異常と思われる波形は見当たらなかった(図7)。バイタルサインの推移を表1に示す。

図7 車内活動。大動脈疾患も疑い、血圧の左右差をチェックしたが、測定値に明らかな差はなく、モニター心電図上でも異常と思われる波形は見当たらなかった。

表1 バイタルサインの推移

【医療機関照会】

頸部痛と右上肢の痛みと麻痺であれば整形外科疾患も否定できなかったが、突然の後頸部痛及び右上下肢の麻痺から「脳卒中」を第一に疑うこととし、t‐PA及び脳外科手術が対応可能な直近二次医療機関を選定し交渉開始し、受入可能の回答を得る。

【医療機関到着後】

病院収容後、救急隊は院内での処置や検査を介助し、頭部CT及び胸部X線検査まで同行するも異常を認めず以降の出動も考慮し、それ以上の介助は行わず病院を引き揚げた。時間経過を表2に示す。

その後搬送先二次医療機関のMRI検査にて「頸椎硬膜外血腫」を認め、市外の三次医療機関脳外科へ転院搬送され同日中に緊急手術となる。表2 時間経過

【その後の経過】

1か月余りの入院を経て、その後市内の二次医療機関にてリハビリを行い、現在は後遺症が残らずに、自家用車の運転も医師の許可が下り、発症前の日常生活とほぼ変わらず不自由のない生活を送っているとのことである。

(傷病者は当消防本部職員の親族でもあり、医療収容後の経過を調査するにもスムーズな協力を得ることができた。)

【本事案のまとめ】

傷病者に接触するまでは、「頸部痛と右上肢の痛みと麻痺」から頸椎整形疾患を疑っていたが、同側の上下肢不全麻痺を認めた時点で脳卒中を疑う活動にシフトした。二次医療機関へ収容まではスムーズではあったが、活動中に「脳卒中」を疑ってはみたものの、傷病者には頭痛も無く、限局した背部に近い後頸部の痛みの部位があまりにも限定的な部分「大動脈疾患」や「整形疾患」であった場合、「収容依頼した脳外科専門の二次医療機関では対応は困難だな」と、不安を抱えながら病院へ向かっていたことを思い出す。

本事案を経験して感じたことは、傷病者の主訴と各症例の典型的なキーワードを思い出しても現場では本症例に結びつけることができず、後に知り得た傷病名(頸椎硬膜外血腫)を聞いてもピンとこなかったのが正直なところであり、典型的症例を再認識するとともに、特異な症例に関しても、より広い知識を身につける必要性を感じた事案であった。

長谷川幸雄(hasegawa.jpg)

三条市消防本部 本署警防第1小隊(救急救命士)

消防士拝命 昭和61年4月1日(49歳)

救急救命士 平成14年~

趣味:聴取中

目黒寛(meguro.jpg)

三条市消防本部 下田分署救急第1小隊(救急救命士)

消防士拝命 平成8年4月1日(40歳)

救急救命士 平成26年~

趣味:聴取中

コメント

玉川進

非常にまれな特発性頚髄硬膜外血腫である。読者諸兄が遭遇することはまずないと思われるが、典型例なので読んで覚えておこう。本症例では痛みが第5,6,7頚髄領域なので、血腫の中心は第6頸髄と考えられる。

髄硬膜外血腫については原らが16例を集めて分析している1)。発症年齢の平均は66.3歳(39-84歳)。男7例、女9例。関連疾患は高血圧5例、糖尿病2例、心房細動2例。抗血栓薬内服は3例である。血腫の場所は第6頚髄が最多で、第1頚髄から第4胸髄まで広く分布している。本症例も第6頸髄が中心である。症状は後頚部から肩、腕、指広がる放散痛がメインで、運動麻痺、感覚障害がある。いずれも神経根症状である。報告では痛みがなく片麻痺と感覚障害を呈した例と意識障害を来した例が注意すべき例として挙げられている。治療は保存的療法11例(一人が2回発症している)、手術は6例であった。転帰は完全治癒が10例、軽度運動不全麻痺が6例であり、予後の良い疾患と言える。

1)臨床神経学 2014:54:395-402

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