240524_救急活動事例研究 74 クラッシュ症候群疑いに対するドクターヘリとの連携 幡多中央消防組合 野町優

 
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症例

近代消防 2023/8/11 (2023/09月号) p79-81

 

名前
野町優(のまちゆう)
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所属
幡多中央消防組合消防本部(高知県)


出身地
高知県幡多郡三原村


消防士拝命年
平成18年


救命士合格年
平成29年


趣味
子供との野球

クラッシュ症候群疑いに対するドクターヘリとの連携

野町優

幡多中央消防組合消防本部(高知県)

著者連絡先

野町 優(のまち ゆう)

幡多中央消防組合消防本部

所在地: 〒787-0015 高知県四万十市右山750−1

電話: 0880-34-5881

目次

1:幡多中央消防組合の紹介

組織構成としては、消防本部をもとに2つの消防署、1つの分署があり、職員定数は82名。管轄は、高知県の南西部に位置する四万十市と黒潮町で、合計人口は約43,000人。黒潮おどる太平洋に面し(001)、「日本最後の清流四万十川」(002,003)が流れている地域である。

高知県の医療事情については、高知県にある3つの三次医療機関は、そのどれもが高知県の中心部である高知市近辺に集中している(004)。そのため、中心部から東西に離れるほど、高次医療の介入が遅延する傾向にある。当消防組合においてはドクターヘリの活用により、1時間30分以上もの時間短縮が可能となるため、平素より積極的にドクターヘリとの連携を行っている。本症例も、その1症例となる。

       

001

黒潮おどる太平洋。入野海岸

002

日本最後の清流四万十川。岩間沈下橋

003

四万十川の伝統漁法「火振り漁」

 

004

高知県にある3つの三次医療機関は高知市近辺に集中している

2.はじめに

クラッシュ症候群を疑う事案に対し、ドクターヘリと連携した症例を経験した。自宅内で発生したクラッシュ症候群を疑う特異症例を共有し、類似事案において救命に繋げるために報告する。なお写真は写真11以外は再現である。

3.症例

54歳男性。

x年4月x日。通報内容は「54歳の男性が階段の下に倒れており、喋りにくく手が動かないと訴えている。」というもの。指令番地は消防署から約5分の市街地内である。初動では「喋りにくく、手が動かない。」との通報内容から、脳疾患を疑ったそのため、脳疾患に対する原因治療の開始が最も早い、直近の二次医療機関への搬送を優先する活動方針であったため、初動でのドクターヘリ要請は行っていない。

接触時、傷病者は階段下の狭隘なスペースに左側臥位で倒れていた(005)。

初期評価では、呼吸様式は正常。自発運動のある右上肢の橈骨動脈は触知充分。意識レベルはJCSⅠ-1で、主訴は喋りにくさであった。階段下に倒れている理由を本人は覚えていなかった。

全身観察では明らかな外傷はなかったが、左上腕部が体幹の下敷きとなっていた。左前腕部は赤黒く著明に腫脹。橈骨動脈は触知不可。運動はできず、知覚も消失。両下肢にも完全麻痺を認めた(006)。さらに、本人との話で、倒れてから20時間は経過していることが判明した。

左上腕部が体幹の下敷き。自重による長時間の圧迫。赤黒く著明な腫脹。運動不可、知覚の消失。橈骨動脈が触れない。これらの所見及び状況から、クラッシュ症候群を強く疑った。また、その起因として階段転落による頸椎損傷によるものが考えられた(007)。

接触から5分後、指令室にドクターヘリ要請を依頼。除細動パドルを装着し、バイタルサインを測定(008)。心電図で洞性徐脈を認めた。医師の指示により心肺機能停止前静脈路確保を実施(009.010)した。

ドクターヘリは、現場から約5分のランデブーポイントに着陸。ヘリ要請に伴い、連携出動していた他隊が、現場への医師の送り込みを行った(011)。医師及び看護師が傷病者に接触。医師による観察と看護師による2本目の静脈路確保が行われ、合計1Lの輸液後に、体位変換(012)及び全身固定(013)を実施した。その後、傷病者はドクターヘリ基地病院内にある救命救急センターへ搬送された。

本症例の傷病名は、クラッシュ症候群、外傷性頸髄損傷、頸椎脱臼骨折、両側椎骨動脈損傷であった。

 

005

傷病者は階段下の狭隘なスペースに左側臥位で倒れていた

006

全身観察の結果

007

階段転落による頸椎損傷が考えられた。

008

バイタルサインの測定

009

心肺機能停止前静脈路確保

010

静脈路確保完了

011

現場への医師の送り込み

012

体位変換

013

全身固定

4.考察

本症例は、自重によりクラッシュ症候群を発症した比較的稀な症例であるが、「長時間倒れたまま」という状況は決して稀ではない。そのような状況で重要なことは、長時間圧迫されている部位を見逃さず、当てはまる状況や所見があれば、積極的にクラッシュ症候群を疑うことである。

また、クラッシュ症候群には何らかの合併症を伴っている可能性が高いためクラッシュ症候群のみに捉われないよう、多角的な視点による観察と総合的な判断が必要になる。

本症例には、頸椎損傷を合併していたため、活動中のリスクとしてクラッシュ症候群に伴う致死性不整脈の出現だけでなく、頸椎損傷の増悪が予測された。本症例にドクターヘリを要請し、かつ医師が現場に臨場したことで、本症例に起こりうる容態変化への対応範囲が大幅に拡充されたと思われる。よって、本症例において、医師が現場に臨場したことにこそ、大きな意味があったと考察される。

5.結論

1)頚椎損傷を原因とするクラッシュ症候群症例を経験した。

2)ドクターヘリにより医師が現場に臨場したことで、本症例に起こりうる容態変化への対応範囲が大幅に拡充されたと思われた。

ここがポイント

クラッシュ症候群(挫滅症候群・圧挫症候群)は、体の一部が長時間圧迫されることにより特に筋肉の細胞が壊死し、細胞から多種類の物質が放出されることで引き起こされる症状の総称である。単純に考えると放出される物質の量は体積が大きいほど多くなるので、先端部より中枢側、上肢より下肢で症状が発現しやすい。急性症状としてはショック、腫脹、運動感覚麻痺、慢性情状としては腎不全がある。

報告の症例は上腕だけなのでクラッシュ症候群に陥る可能性は少ない。だが脊髄損傷もあったことから、バイタルサインの頻回のチェックや予備的な輸液は良い処置であった。これからも持っている技術を最大限に活用して救命に努めていただきたい。

症例
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