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最新救急事情 2000年5月
ヘリは救命率を向上させるか
救急ヘリコプター(ヘリ)は現在最も注目されている患者搬送手段である。「月刊消防」にも今年2月号に特集が組まれているので日本の現状はそちらを見ていただきたい。ヘリが最も活躍するのは人里離れた山林原野での発生事例の場合なので、広大な面積を持つオーストラリアとアメリカがヘリ搬送の最も盛んな地域となっている。アメリカでは19年前から患者空輸専門の雑誌があり、それがMedline(米国立医学図書館)に載っている。患者空輸に携わる看護学会も組織されている。それだけヘリ搬送はポピュラーなのである。
事例:北海道雨竜(うりゅう)町1)
標高850mの大地に東西4km、南北2kmにわたって広がる雨竜(うりゅう)沼は、日本有数の山岳型高層湿原地帯である。平成10年7月19日13時頃、山小屋管理人から「蜂に刺されて動けなくなった登山者がいる。」と管理人から消防通報があった。山岳救助の装備と人員の増強を図りジープ型指令車と救急車で出動した。その後、登山者から携帯電話で「心臓が苦しいと言っている」との通報により心疾患と判断した。山岳地帯であり、時間の短縮からヘリを要請した。消防署から山小屋まで緊急車で32分かかった。
山小屋に到着し、状況に見合った最低限の救急資機材を手分けして背負い登山道を登った。現場まで徒歩11分の道のりである。しかし、最低限とはいえ酸素ボンベ、マスクバッグ、担架などを背負った我々は、早く患者の元へと気はあせるが疲労し足が動かなくなる。すれ違う登山者に励まされ何とか現場に到着して目にしたものは・・・CPRであった。
50歳位の男性が60歳位の男性の心臓マッサージをしている。そばには患者の妻が「お願いします。20分前まで話しをしていました」。すぐに状況をのみこみ男性に「ありがとうございます。交代します」と言い患者を観察したところJCS300、呼吸、脈拍感ぜず、瞳孔左右6mm対光反射なし。マスクバッグ換気、心臓マッサージを実施した。我々がCPR開始してすぐ無線で「ヘリ現場付近上空に到着」との連絡がありヘリを誘導した。ヘリが患者の上空にホバーリングしストレッチャーで患者を吊り上げ収容完了した。
結果的に患者は助からなかったが、もしヘリを利用できなかったらCPR継続搬送しながら下山するまで1時間以上要したであろう。以前、夜中のためヘリ飛来できず下腿骨骨折患者を6時間かけて搬送したが、患者の心理的・身体的苦痛は大変なものであった。反省として、情報が不足していたものの「蜂に刺された」との通報でヘリ要請すべきであった。我々は状況をしっかり把握しなければヘリは呼べないものと考えていたが、防災航空室では「空帰りでもいいから要請して下さい」とのことで今後登山道での救急患者は初動体制でヘリが飛べるか考慮していきたい。それと、現場に向かう登山道で何人もすれ違ったが、現場にいたのは妻と心臓マッサージしてくれた人だけで、ほかに誰もいなかった。携帯電話を持った人が状況を伝えてくれたら口頭指導の可能性もあったし、もう一人心肺蘇生法をできる人がいたらより有効なCPRが実施できたと思い、一般市民への救命講習普及の重要性を実感した。
救急ヘリの効果
ヘリが搬送時間を短縮することに疑いはない。JCS3桁の重症頭部外傷の患者をヘリ搬送と通常の搬送で比較したところ、死亡率を11%減少させ後遺症を持つ患者の割合も6%減少させた2)。別の報告でも、ヘリ搬送は死亡率を13%減らすとしている3)。でも、これらの報告を読むと、症例が少なかったりバラバラであったりと、にわかには納得しがたい。別の報告では、ヘリ搬送を使ったからといって死亡率を減少させるわけではないとしている4)。
ヘリの内部をミニ救急室にする試みが行われている。ミネソタではヘリに常時4単位のO(-)の血液をストックしている。ヘリ搬送の患者全員に採血を行い、病的貧血が認められた4%の患者に対してO(-)の血液を輸血した。外傷が約半数で、消化管出血、腹部大動脈瘤と続いた5)。ヘリの中で使う薬で最も多いのが鎮静薬で、これは頭部外傷患者に好んで使われる6)。ドクターヘリの運用も検討されている。医師がヘリコプターの同乗することによって、現場での迅速な処置が可能となり、気管内挿管や輸液の件数が増え、死亡率も低下した7)。
ヘリのマイナス面
何でもコスト、コストと叫ぶアメリカ社会の中でヘリ搬送だけ特別とは考えづらい。ヘリ搬送には莫大な費用がかかる。このことはもっと問題にされていいと思うが、避けているのか、費用を明快に比較した論文は1編しか見つからなかった。産科患者の搬送にヘリと救急車を使った比較では、搬送時間と患者の状態に差はなかったが、ヘリでは1件51万円かかり、救急車では6万6000円で済んだ9)。だから、我々が思っているほどヘリは導入されていないのかも知れない。アメリカで1992年に出た論文8)では、多くの病院でヘリ搬送のマニュアルを持っているが、実際に飛んでいるヘリは少ないと書かれている。その理由は天まで届く費用に見合った収入がないためである。
救急医学の研修医にとっては、ヘリ搬送は危険な行為に数えられる。研修医が死亡したヘリ墜落事故が1985年にあり、さらに細かい外傷が絶えないことから、ヘリ搬送時にはヘルメットを着けることや眼球を保護することが決められている10)。
結論
1)ヘリは患者搬送時間を短縮させる。
2)ヘリ搬送では費用対効果比を明確にする必要がある。
本稿執筆に当たっては、北海道滝川消防署雨竜支署 中井勇人 救急隊員の協力を得た。
引用文献
1)プレホスピタル・ケア 2000; 13 in press
2)Air Med J 1998 ;17(3):94-100
3)Conn Med 1999 ;63(11):677-82
4)Mil Med 1999 ;164(5):361-5
5)Air Med J 1998 ;17(3):105-8
6)Air Med J 1999 ;18(4):136-9
7)Aust N Z J Surg 1999 ;69(10):697-701
8)Mod Healthc 1992 10;22(32):30, 32
9)Tex Med 1998 ;94(11):88-90
10)Prehosp Emerg Care 1998 ;2(2):123-6
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