応急処置アップデート(4) 健康教室2018年7月号p56-7
目次
ポイント
1.過呼吸消失後に他の症状も急速に回復すれば「過換気発作」としてよい 2.対処は落ち着かせること 3.過換気発作では救急車は不要
1.過換気症候群とは
この稿では状態を「過呼吸」、過呼吸を起こす発作を「過換気発作」、病名を「過換気症候群」と区別します。
「過換気症候群」とは「身体的な原因によらない過換気発作を起こし、それが身体的・精神的に症状を及ぼすもの」とされています1)。過呼吸によって血中の二酸化炭素濃度が低下し、これによって筋の緊張やめまいなどを引き起こします。
過換気症候群は身体的な原因がなく、他に付けられる診断名がない場合に付ける診断名です(ゴミ箱診断名と言われます)。多くは過換気発作が不安発作の一部として出現することから、診断名としてはパニック障害とされることが多いようです。逆にパニック障害の70%に過換気発作を認めます。転換障害(ヒステリー)の診断基準に合致すればそちらの診断名が付けられます。
2.なぜ過呼吸になるか
興奮や不安によって呼吸する空気の量が増えると、血中の二酸化炭素が多量に体外に放出され、脳は「もう呼吸しなくても良い」と考え呼吸を止めてしまいます。ところが体は酸素低下に反応し、「酸素が足りない」と思ってしまうため、酸素欲しさから無理矢理呼吸するようになります。こうして呼吸量がさらに増え、どんどん酸素の飢餓感を増長させて呼吸が速くなっていきます。
過呼吸が突然止まると、低酸素で顔色が悪くなることが麻酔の覚醒時に多く報告されています。
3.過呼吸を呈する患者の内訳
1995年の東海大学からの報告2)では、過呼吸で受診した患者は508例で年齢は5歳から85歳。最多年齢は女性では10代後半、男性では20代でした。男女比は3:7。過呼吸のきっかけは不安、悪心嘔吐、風邪による発熱、初発症状は呼吸困難感とめまいです。半数は何もしなくても症状が消失しましたが、半数や紙袋や薬が必要でした。
2015年にはJR東京総合病院に救急車で搬入された過呼吸653例をまとめた報告が出ています3)。年齢は13-87歳、平均年齢は31歳、最多は20代女性、男女比は1.37でした。搬入の時間は9時から正午が最も多く、次に12時から15時でした。過呼吸のきっかけは嘔吐、腹痛、意識消失、めまいの順でした。症状は過呼吸、しびれ(手足、顔面、唇)、呼吸苦、呼吸困難感でした。
過換気発作で何度も病院にかかることはまれです。東海大学の報告では、繰り返し受診する過呼吸の患者は2%しかおらず、全て中年女性でした。しかし、過呼吸で受診した患者の半数は繰り返し過換気発作を起こしたことがあると回答しており、10%は3年以上にわたって発作を繰り返していると回答しています。JR東京総合病院の報告でも、複数回受診しているのは508例中8例(1.4%)だけでした。
4.過呼吸が治った後に他の症状も消失する
過呼吸を観察するために必要な情報は、
(1)過去に過換気発作を起こしたことがあるか(図1)
(2)過呼吸が治まった後は他の症状も消えるか3)(図2)
の2点です。
図1
過去に過換気発作を起こしたことがある→今回も過換気発作と考えてよい
図2
過呼吸が治まった後は他の症状も消える→過換気発作と考えてよい
過去に過換気発作を起こしていて、今回も同じ様子なら心配はいりません。初めての(少なくとも目の前で起こすのは初めて)の発作で、過呼吸が治まった後に呼吸苦や頭痛、めまい等の症状も治まればこれも心配無用です。
過呼吸は脳腫瘍4)や心筋梗塞、肺梗塞といった重篤な病気の症状としても出現します。脳腫瘍ならしびれや神経症状が随伴しますし、心筋梗塞や肺梗塞では冷や汗をかきながら胸部痛や呼吸困難を訴えます。高齢者の過換気は学童のそれとは別と考えましょう。
5.対処
図3
なだめながらゆっくりとした呼吸を促すこと
学校で対処する過呼吸で救急車を呼ぶ必要はありません。ですが学校ではゆっくりとした呼吸を促すことややなだめることなどしかできない(図3)のが実情です。
紙袋を口に当てる方法は今は推奨されていません。紙袋を当てればわずか30秒で血中二酸化炭素濃度は正常になりますが、血中の酸素濃度も30秒で4/5になりますので5)、肺や心臓の悪い人では避けるべきとされています。
病院では鎮静剤や鎮痛剤を使うことがあります。
文献
1)Arch Chest Dis 1999;54:365-372
2)日本胸部疾患学会雑誌 1995;33:940-6
3)日臨救医誌 2015;18:708-14
4)Radiat Med 2001;19:209-13
5)Ann Emerg Med 1989;18:622-8
雑記:玉川進
4月に遠軽(えんがる)町の学校を訪問したときに「玉川先生の書いた『頭部外傷』読みました」と声をかけて頂きました。
これからもわかりやすい文章を心がけていきますので、どうぞお目通しください。
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