人工呼吸器にマスクを装着し補助換気を行った3症例
2018年4月11日水曜日
プレホスピタルケア「シェアする症例」2018年2月号
人工呼吸器にマスクを装着し補助換気を行った3症例
髙田 豪士(たかだごうし)
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堺市消防局 中消防署 第2警防課
消防士・救急救命士
著者連作先
〒599-8236 大阪府堺市中区深井沢町6-6
堺市消防局中消防署
電話: 072-277-0119
1.はじめに
呼吸困難という主訴は、救急隊員であれば高頻度に遭遇する主訴であると予想される。呼吸困難の程度や、原因となる疾患は様々であるが、救急隊員はそれらを正確にアセスメントし、適切な処置を行わなければならない。バッグバルブマスク(以下「BVM」という)を用いた人工呼吸は、救急医療に従事する者にとっては最も基本的なスキルである。その重要性は言うまでもないが、私は人工呼吸や補助換気の適応傷病者に対して、よく自動式人工呼吸器(以下「人工呼吸器」という)を使用している。救急隊員は「救急隊員の行う応急処置等の基準第6条」により、人工呼吸器を用いた人工呼吸が認められており、私は搬送中に使用することで得られる点が多いと考えている。
堺市消防局では救急車に「救急用人工呼吸器ANSWER(コーケンメディカル株式会社製)」を積載している。現在は心肺停止の傷病者に対して、高度な気道確保が行われた状態での使用がスタンダードである。また補助呼吸はBVMにより用手で行っているのが当消防局の通常であるが、私は以前からANSWERの機能に着目し、心肺蘇生だけでなく、補助呼吸の適応傷病者に対しても、呼吸回路の先端にマスクを装着することで、非侵襲的換気が可能である利点を活かした使用方法を行っている。そのため、今回はANSWERの機能と活動症例を読者の皆様に紹介する。
2.ANSWERの基本的換気設定について
ANSWERは4通りのモードに切り替えることが可能である。また各種設定項目を細かく調節することができる。(表1)前面にすべての各種設定ボタン・ダイヤルが配列されており、設定値が数値でモニター表示されるため、狭い救急車内でも扱いやすくなっている。(写真1)PEEP弁を装着することにより、呼気にPEEP(呼気終末陽圧)を加えることもできるが、当消防局では積載していないため、使用する際はZEEP(呼気終末ゼロ圧)となる。
表1
ANSWERの設定項目(抜粋)
写真1
ANSWER前面
3.各種換気モードについて
•CPR同期モード
呼吸回路先端にマスクを装着した状態で、吸気時間と1回換気量を設定する。1分間に100回のペースで胸骨圧迫のブザー音が鳴り、CPRサイクル数と、胸骨圧迫回数のカウントダウンが表示される。(写真2)ブザー音により適切なテンポで胸骨圧迫を行うことができ、カウントダウン値が0になると、自動的に2回の機械換気が行われ、これにより30:2の同期CPRが可能となる。CPR 5サイクルが終了した時点でANSWERはスタンバイ状態になり、リズムチェック及び除細動が行える。その後は胸骨圧迫による胸腔内圧の変化を感知することで、再びカウントダウンが開始される。
写真2
CPR同期モード
②CPR非同期モード
気管挿管などの高度な気道確保が行われた状態で使用する。換気回数、吸気時間、1回換気量を設定する。胸骨圧迫のブザー音が鳴り、120秒間のカウントダウンが行われる。(写真3)これにより時間管理が可能であり、適切なテンポで胸骨圧迫を行える。このモードではANSWERが胸腔内圧を感知し、胸骨圧迫のリコイルのタイミングに換気を行うことで、胸腔内圧の上昇を最小限に抑え、効率の良い換気を行うことが可能である。
写真3
CPR非同期モード
•調節/補助モード
いわゆるA/Cモード(Assist & Control モード)であるが、ANSWERではトリガーの感度設定により、調節換気と補助換気を切り替えることができる。共通の設定として換気回数、吸気時間、1回換気量、気道内圧アラームの設定を行う。吸気時間は1.6秒にし、これによりI:E比(吸気:呼気比)を1:2程度にする。気道内圧アラームの設定は、人工呼吸の合併症である圧損傷や、回路トラブルを防止する上で重要となる。
調節換気、いわゆるCMV(Continuous Mandatory Ventilation:持続強制換気)を行う場合には、トリガー感度をOFFに設定する。傷病者の吸気タイミングに関係なく、設定された機械換気が行われるため、自発呼吸の無い傷病者が対象となり、最も人工呼吸器に依存するモードである。
補助換気はトリガー感度を設定することで使用できる。救急搬送中は、基本的にマイナス値に設定しておく。傷病者のすべての吸気タイミングで設定された機械換気を行うため、換気回数が設定値を超えることがあるが、傷病者の換気回数が設定値を下回った場合は、設定値の回数分機械換気を行う。
④SIMV(Synchronized Intermittent Mandatory Ventilation:同期式間欠的強制換気)
救急活動中、心肺停止以外の傷病者に最もよく使用している。設定要領は、調節/補助モードと基本的に同じである。傷病者の吸気タイミングで換気する点は補助換気と同じであるが、SIMVでは機械換気の回数が設定値を上回ることはない。傷病者の換気回数が設定値を上回る場合、機械換気以外の吸気タイミングではデマンド換気が行われる。またメーカーの緊急使用時の設定(表2)としても推奨されている。
表2
緊急使用時の設定
4.症例
(1)症例1
傷病者:78歳女性
症状:呼吸困難、意識障害
既往歴:肺がんで通院、在宅酸素療法(平常時1L/分)導入中。
現病歴:深夜就寝中に呼吸困難を訴え、家族を起こし救急要請。救急隊到着までの間、家族が酸素流量を3L/分に増量。
接触時所見:意識レベルJCS20、呼吸44回/分、脈拍180回/分、橈骨動脈で触知微弱。SpO2は酸素3L/分で72%であった。酸素投与をリザーバ付フェイスマスク6L/分で開始し、救急車内収容する。
車内所見:収容後の再評価で、意識レベルJCS200、心拍数194回/分、心電図は洞性頻脈、血圧90/63mmHg、SpO2 69%に低下。胸腹部の動きが下顎呼吸に近い状態になってきたため、応急的に隊員1名がバックバルブマスク
(BVM)で補助換気を実施。その間に人工呼吸器を、SIMV、酸素濃度100% 、RR12回/分、Vt350ml 、吸気時間1.2秒、トリガー感度-2.0hPaで設定。傷病者が頻呼吸であったため、吸気時間を短めにして人工呼吸器によるマスク換気を開始した。10分後の病院到着直前には意識レベルJCS20、しっかりとした自発呼吸が戻り始めSpO2 88%の状態で、病院到着となった。
(2)症例2
傷病者:67歳男性
症状:呼吸困難、発熱、咳嗽
既往歴:肺がんで通院、在宅酸素療法(平常時1L/分)導入中。
現病歴:5日前から呼吸困難が始まり、本日起床時から症状増悪に加え発熱があり救急要請。救急隊到着までの間、家族が酸素流量を2L/分に増量。
現場所見:意識はほぼ清明だが呼吸困難がひどく喋れない状態。呼吸40回/分で起坐呼吸の努力様、脈拍140回/分、橈骨動脈で触知十分。SpO2は酸素2L/分で60%であった。酸素投与をリザーバ付フェイスマスク6L/分で開始し、救急車内収容する。
車内所見:収容後も努力呼吸が続いており、SpO2 67%と低値。心拍140回/分、心電図は洞性頻脈、血圧189/108mmHg、体温38.9℃、聴診で両肺に強いラ音を認めた。酸素投与をリザーバ付フェイスマスクで10l/分に変更するが、SpO2値に変化は無く、さらなる呼吸困難を訴え始めたため、人工呼吸器による補助換気を開始する。設定はSIMV、酸素濃度100% 、RR12回/分、Vt400ml 、吸気時間1.2秒、トリガー感度-2.0hPaで行い、傷病者が頻呼吸であったため吸気時間を短めに設定。意識ほぼ清明で、起坐位での搬送であったため、気道確保は行わずにマスクフィットをしっかりとさせた状態(写真4)で使用した。10分後、傷病者自身の訴えとして呼吸困難は少し改善したとのことであり、SpO2 85%の状態で病院到着となった。
写真4
坐位の状態でも補助呼吸が可能
(3)症例3
傷病者:81歳男性
症状:心肺停止(CPA)
既往歴:肺繊維症で通院、酸素療法(平常時1L/分)導入中。
現病歴:通院のため自家用車に乗った直後、意識及び呼吸がなくなり家族が救急要請。救急隊に加え、特別救急隊※及び消防隊が同時出場。
接触時所見:傷病者は車の後部座席に仰臥位で、家族が胸骨圧迫を行っていた。意識レベルJCS300、下顎呼吸だが総頚動脈は弱く触れた。しかし車内から救出し、ストレッチャー上に救出完了後、再評価したところCPAに移行していた。直ちに心肺蘇生(CPR)を開始し、車内収容する。
車内所見:収容直後のリズムチェックで総頚動脈は触れ、心電図は洞性頻脈であった。下顎呼吸は続いており人工呼吸器を、調節/補助、酸素濃度100% 、RR12回/分、Vt400ml 、吸気時間1.6秒、トリガー感度-2.0hPaで設定。用手的気道確保で換気良好であったため、高度な気道確保は行わずマスク換気で継続。7分後には意識レベルJCS2、呼吸20回/分、心拍100回/分、血圧150/80mmHg、SpO2 94%に回復した。十分な自発呼吸が出てきたため、現場に後着した医師の助言で人工呼吸器を、SIMV、酸素濃度45% 、RR12回/分、Vt400ml 、吸気時間1.6秒、トリガー感度-2.0hPaに再設定し搬送。容態変化なく病院到着となった。
※特別救急隊:堺市立総合医療センター敷地内、堺市救命救急センターに併設している堺市消防局救急ワークステーションに常駐しており、重症事案現場に救急救命士3名に加え医師、看護師が同乗して向かうドクターカーとして運用している。愛称はPhoenix Ambulance:フェニックスアンビュランス。
5.搬送中、人工呼吸器を使用するメリット
救急搬送中の人工呼吸器の使用は、多くの呼吸器疾患や循環器疾患における、呼吸不全の補助呼吸としてメリットがある。以下にそれらをまとめる。
(1)気道内圧メーターや自発トリガーランプにより、傷病者の自発呼吸を確認することができるため、多くの情報で傷病者の呼吸状態を評価することができる。
(2)傷病者の体格・状態に合わせ設定した内容で毎回換気を行うため、常に安定した換気が可能である。
(3)換気時に気道内圧メーターにより気道内圧を把握できるため、早期に気道状態の変化に気付くことができる。
(4)調節/補助、SIMVモードでは自動的に傷病者の吸気に合わせて換気を行うため、BVM換気に比べファイティングやバッキングを減らすことが容易になる。
(5)SIMVモードでは、傷病者の自発呼吸が一定数なければアラームが作動するため、傷病者の呼吸停止に早期に気付くことができる。
(6)搬送中、1人で両手を使い確実に気道確保を行うことができる。(写真5)症例3のように肺線維症が基礎疾患にある高齢者だと気管挿管してしまうと抜管が難しく、傷病者の予後を考えると、この方法で確実に換気しながら搬送することに、大きな意義がある。
(7)搬送中、1人で気道確保しながら情報聴取を行う(写真6)こともできるため、人工呼吸が必要な傷病者の搬送時、救急隊員1名でも活動できる幅が広くなる。
写真5
搬送中も両手で確実に気道確保可能
写真6
換気しながらの情報聴取
6.人工呼吸器の合併症と安全面
使用上の合併症として、一般的な人工呼吸の合併症である圧損傷や、過換気に伴う静脈還流量低下による血圧低下などが挙げられる。特にANSWERは量規定換気(従量式)のため、使用中は気道内圧メーターを見て気道内圧が上昇しすぎないよう注意しなければならない。1回換気量の設定が過量又はファイティング※※が起こった場合は、上記の合併症が起こる可能性が高くなる。しかし予め設定した気道内圧上限値を超えた場合、アラームが作動し機械換気は直ちに中断される。そして気道内圧が70hPaを超える場合にはリリーフ弁が作動し、それ以上、上がらないようになっている。それと同様に、回路の破損や閉塞などの回路トラブルがあった場合も、気道内圧メーターが察知しアラームで知らせるため、迅速に異常に気付くこができる。吸気時間と換気回数の相互誤操作によりI:E比が逆転するような設定になった場合には、展示数値が点滅し設定を受け付けないようになっている。しかし、いずれにしてもトラブルに備え、バックアップ用にBVMは用意しておく必要がある。
※※ファイティング:工呼吸器の送気に患者が抗うこと
7.まとめ
医療技術の進歩に伴い、救急搬送用人工呼吸器についても、より改良の進んだものが増えてきている。基本的な傷病者の観察・評価やBVM換気といったスキルの習熟はもちろん大切だ。しかし、すべての資器材について言えることだが、その能力を引き出すのは使用する人であり、そのために事前の知識と技術の熟知を要する。よって使用の際には、地域MCでの教育を行い、各地域の情勢に合わせることが望ましく、安全且つ適正な使用方法の徹底が必須である。その上で、救急活動中に人工呼吸器を使用することで、活動の円滑化を図ることができる。また症例中にも述べたように、傷病者の呼吸状態の改善に役立ち、総合的に傷病者により良い医療を提供できると考える。そして読者の皆様に、人工呼吸器の積極的使用を考慮していただければ幸いである。
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