近代消防 2020/1/10号 救急活動事例研究(34)
ガードレールパイプが臀部を貫通した1例
松井純一
南但消防本部
著者連絡先
松井純一
まついじゅんいち
南但消防本部 養父消防署
庶務予防係 消防司令補
電話 079-662-0119
FAX 079-662-7764
目次
はじめに
ガードレールパイプが臀部を貫通した1例を経験したので報告する
症例
70代女性。
平成xx年5月某日15時頃発生。通報内容は、「県道上で車がガードレールに衝突して交通事故を起こしている。乗員は2名、助手席の高齢女性の足にパイプが刺さっている」というものであった。傷病者2名の救急・救助事案として計4隊11名が出動した。私は最先着となる救急隊の小隊長として出動した。また覚知の2分後にドクターヘリを要請している。
現場到着直後の写真を示す。ガードパイプ端部に軽乗用車が正面から衝突し大破(図11)。3本あるパイプのうち2本が車体に突き刺さっている状態(図2)であった。
次に車両内部の状況を示す。車体に突き刺さった2本のパイプのうち1本が助手席に乗車していた高齢女性の右大腿部に突き刺さり(図3)、臀部から腰背部を貫通、さらには座席背もたれ部分も貫通した状態(図4)であった。初期評価にて意識レベルJCSⅡ-10、顔面蒼白・末梢冷感著明、橈骨動脈微弱からショック状態と判断し、ロードアンドゴー宣言した。頭部・胸部に負傷なく、負傷部位を詳細に観察すると、直径約6㎝のガードパイプが右大腿部から腰背部に貫通した状態で、傷病者は激痛を訴えているものの、明らかな活動性外出血は認めなかった。
活動方針について、後着の救助隊と協議し、救助の障害となるパイプ1本(傷病者に突き刺さっていないもの)を油圧救助機材にて切断した後、傷病者に突き刺さっているパイプについては、傷病者への負担が最も少ないと考えられるエアーソーにて切断し救出することとした。まずは刺入側を切断、続いて背もたれの裏側、さらに背もたれを少し倒し、傷病者と背もたれの間を切断した(図5)。計3回の切断作業の後に救出し、傷病者接触から救助完了までは30分を要した。その間救急隊は高濃度酸素投与・ネックカラー装着・AEDパッド装着・継続的なバイタルサインの測定を行なった。
ドクターヘリ医師は救急隊到着の11分後に傷病者接触し、医師によって静脈路確保の後、鎮痛剤が投与された。傷病者はドクターヘリにて基地病院の救命救急センターに搬送された。診断名は「開放性骨盤骨折、右大腿部臀部杙創、右坐骨神経切断」であった。院内搬入後に3時間の緊急手術が行われ、その後85日後に自宅近隣病院にリハビリ目的で転院している。現在は右足麻痺が残り自力歩行困難のため車椅子生活を送っているものの内蔵機能は異常を認めていない。
病院内での処置を示す。救命センター搬入直後にはまだパイプが貫通した状態であった(図6)。手術によってパイプは除去された(図7)。院内でのCT画像では右大腿部から背部に向けて、直線的に刺入していることが明確に分かる(図8)。次にMRI画像ではパイプは大腿骨の背側から骨盤腔に入り仙骨付近を貫通していることを示している(図9)。
図1
現場到着直後の写真
図2
3本あるパイプのうち2本が車体に突き刺さっている
図3
顔モザイクかけてください
パイプのうち1本が助手席に乗車していた高齢女性の右大腿部に突き刺さっている
図4
座席背もたれ部分も貫通している
図5
傷病者を突き抜けた部分のパイプ(先端付近に接続金具あり)
図6
救命センター処置室搬入時。衣服を巻き込んでパイプが刺さった状態
図7
抜去されたパイプと衣服。パイプの直径は約6㎝であった
図8
CT画像。右大腿部から背部に向けて、直線的に刺入していることが明確に分かる
図9
MRI画像。パイプは大腿骨の背側から骨盤腔に入り仙骨付近を貫通している
考察
ドクターヘリ運航地域内の消防本部では、全体での研修会の他に、消防本部ごとに年2回、症例検討会を実施し、医師・看護師などドクターヘリスタッフと活発な意見交換を行っている(図10)。本症例についても発表し、救急救命士、消防機関だけでは答えが見出せない4項目について検討した(表1)。
「パイプの切断位置や残す長さについて」は、とても有益な情報が得られた。救助隊がパイプを切断する際には、切断時に傷病者に刃が当たらないように負傷部位からある程度離れた場所を切断する。このためパイプは少し長くなる。一方、車内からの救出や搬送のことを考慮すると、できる限り短い方が理想的である。医師からは、手術時には医師もパイプを握って抜くため、握る部分の長さを残して欲しいとのことであった。
今回、交通外傷で杙創という稀な症例であったが、活動・処置内容ついては特別なものはなかった。特異事案の際によく言われる、「目立つ損傷ばかりに気を取られず、しっかりと全身を観察する」ということがこの症例でも言える。また、こうした症例は誰もが経験するものではなく、また、いつ経験するかも分からない。しかし、誰かがいつか経験する。それが自分自身かも知れない。大切なことは、いつ経験してもベストが尽くせるよう、最大限の準備をしておくことである。これに付随して、日頃行っている基本手技を中心とした訓練に、時折、特異症例を入れてみるのも良いのではないかと考える。それにより、現場対応能力の向上やイレギュラーな事案での応用力が身に付くからである。
図10
年2回の症例検討会の様子
表1
検討内容
結論
1.ガードレールパイプが臀部を貫通した1例を経験したので報告した
2.このような特異な症例をいつ経験してもベストが尽くせるよう、最大限の準備をしておくことが必要である。
謝辞
図6,7,8,9は公立豊岡病院但馬救命救急センターから提供されたものである。
著者
・名前:松井純一
・読み仮名:まついじゅんいち
・所属:南但消防本部養父消防署(平成31年4月から勤務)
・出身地:兵庫県養父市
・消防士拝命年:平成19年4月
・救命士合格年:平成27年3月
・趣味:スキー・ランニング
ここがポイント
本症例は幸いにも致死的な損傷は受けなかった。運が良かったとしか言いようがない。もう少し内上方に杙がずれていれば腹部大動脈や内外腸骨動脈損傷で救助中に死亡していたし、内下方にずれていれば膀胱破裂や肛門損傷で重篤な後遺症が残っていたはずである。
杙創の処置の原則は抜かないことである。今は教育が徹底しているために救急隊員や救助隊員が間違った処置をすることはなくなった。病院では大量出血に備えた上で全身麻酔下に杭を抜去する。抜去と同時に多くの症例で血圧が急激に下がるため、急速輸液、準備が整っていれば輸血を行なって手術終了を待つことになる。
今回のような派手な事故でも救急隊や救助隊が行うことは普段と変わらない。筆者が「活動・処置内容については特別なものはなかった」と書いてある通りである。しかし派手な現場を眼の前にして普段の実力を発揮できるかは「いつ経験してもベストが尽くせるよう、最大限の準備をしておくこと」が大切であると筆者は述べている。最大限の準備は資機材の整備であり、それらを使った訓練である。「誰かがいつか経験する。それが自分自身かも知れない」と考え、怠らず準備をしよう。
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