近代消防 2021/08/11 (2022/9月号) p84-86
救急活動事例研究 64
腰部挟圧による多発外傷とガソリン損傷による
全身化学熱傷が合併した特異な事例
岸和田市消防本部 太田智樹
腰部挟圧による多発外傷とガソリン損傷による全身化学熱傷が合併した特異な事例
太田智樹
岸和田市消防本部
著者連絡先
太田 智樹 オオタ トモキ
岸和田市消防本部 消防署 春木分署 救急係
〒596-0006 大阪府岸和田市春木若松町22−27 岸和田市消防署春木分署
072-438-0119
目次
はじめに
腰部挟圧による多発外傷とガソリン損傷による全身化学熱傷が合併した特異な事例を経験したので報告する。多発外傷や高濃度のガソリン吸入により心肺停止をきたしても、除細動は爆発の危険があるため行えないなどの特殊な環境下での活動であった。
症例
某年6月某日、「車両横転事故、負傷者3名」とのことで出場した。ドクターカーは新型コロナウイルス感染症蔓延のために出場不能であった。第一出場は指揮隊1隊、救助隊1隊、消防隊1隊、救急隊1隊。特命出場で消防隊1隊、救急隊1隊の計6隊が出場した、私は第一出場の救急隊として出場した。
発災場所は大阪府岸和田市内の府道。通称「大曲り(おおまがり)」と呼ばれる片側1車線の府道で事故多発地点である(001)。速度不明の軽四オフロード車の単独事故であり、山道の登りカーブ(002)を曲がり切れなかった軽四自動車が、対向車線のガードレールに激突(003)して横転した(004)ものである。同乗の3名が車外に放出され、運転手1名が車両の下敷きに、同乗の2名が立位でいる状態であった(005)。事故車両を後方から見ると横転車両の下に運転手が下敷きになっており、そこにガソリンが流出していた(006)。傷病者は事故発生から救出完了まで推定で18分から20分ガソリンに浸漬していた。
私の隊である先着救急隊が傷病者に接触した時の写真を007に、初期評価を表1に示す。
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表1
初期評価の結果
JCS: 100R
GCS: E-1 V-2 M-4
あえぎ呼吸
(用手気道確保で改善)
呼吸: 24/min
脈拍:120/min
橈骨微弱
末梢冷感あり
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001
通称「大曲り(おおまがり)」と呼ばれる片側1車線の府道で事故多発地点
002
「大曲り(おおまがり)」山道の登りカーブ
003
激突した対向車線のガードレール
004
軽四自動車が横転していた
005
同乗の3名が車外に放出され、運転手1名が車両の下敷きに、同乗の2名が立位でいる状態
006
横転車両の下に運転手が下敷きになっており、そこにガソリンが流出していた
007
先着救急隊が傷病者に接触
ショック状態と判断し用手的頸椎保護、高濃度酸素投与を行なった。救出までに時間を要すると判断し、先に救命救急センターへ受け入れ要請の連絡をした。
傷病者救出後は、衣服の裁断除去、全身観察及び脊椎運動制限を実施し車内収容した。車内収容後観察結果を表2に示す。腰部挟圧外傷に加えて、手掌法で16%の化学熱傷を認めた(008)。車内はガソリン臭が充満したため、窓を開放したまま搬送した。救急車の窓の開放範囲は運転席、助手席、後部座席の小窓といった限られたものであった。
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表2
車内収容後の観察結果
JCS: 100-R, GCS: E-1 V-2 M-4
呼吸: 24/min
脈拍:112/min
血圧: 132/74mmHg
末梢冷感あり
体温: 36.3℃
心電図: 洞調律
瞳孔: 左右5.0mm(±)
ガソリン臭あり
腰部挟圧外傷
16%の化学熱傷
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008
手掌法で16%の化学熱傷を認めた
救出後のガソリンの流出範囲を009に、活動時系列を表3に示す。当隊(私の隊)の時系列は、救出開始から完了まで10分、救出完了から病院到着まで22分、出場から病院到着まで40分間の現場活動であった。
病院の処置室内にもガソリン臭が充満し、目の痛みを訴える医師やスタッフがいたため、搬入口を開放し業務用扇風機を使用して換気するなどの対策が取られた。確定診断名は、急性硬膜下血腫、外傷性クモ膜下血腫、脳挫傷、腰椎骨折、骨盤骨折。骨盤骨折に対して両側内腸骨動脈塞栓術、創外固定術、観血的整復固定術が行われた。ガソリンによる化学熱傷については総ボディ体表面積(TBSA)11%であり創処置が連日行われた。41病日で退院となった。
009
救出後のガソリンの流出範囲
表3
活動時系列
考察
ガソリン浸漬傷害では、初期対応として十分な量の水洗浄が必要であり、また、浸漬傷害では皮膚熱傷, 神経障害, 腎・肝障害をきたす可能性がある。また、高濃度の蒸気を吸入する事により不整脈を引き起こす可能性もあり除細動の必要性も出てくるが、除細動を行うと爆発の危険があり実施できないのが現実である。外傷救護には、教科書には記載されていない特異稀な症例があり、広範な知識と臨機応変な現場対応が必要であると考える。
ここがポイント
ガソリンや灯油どいった揮発性の有機溶媒は脂質に親和性が高く、短時間で容易に表皮剥奪を起こす。私も灯油を指につけた後に皮膚が剥けたことがあるし、当直先では深酒して寝込んで灯油のポリタンクをひっくり返して下肢の1/6程度の化学熱傷をきたした症例を経験している。また大牟田市からは私と同様の、脳出血で倒れたところ灯油のポリタンクを転倒させた事例が報告されている1)。救急現場では除細動ができず救命処置に制限がかかること、救急隊員らが揮発性ガスを吸い込むことによる二次災害の可能性が懸念される。長期的には壊死した皮膚への対処と続発する肝腎症候群への治療が必要となる。
文献
1)小川巧:「脳出血」「低体温」「化学損傷」「挫滅症候群」が合併した症例。Jレスキュー2019年5月号p94-5
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