近代消防 2024/08/11 (2024/09月号) p85-7
積雪時に転倒していた傷病者が急性心筋梗塞であった一例
木下訓
福島県須賀川地方広域消防組合
石川消防署
救急救命士
目次
1.須賀川地方広域消防組合の紹介
福島県内消防本部は、12消防本部に分かれている(001)。当消防本部は福島県のほぼ中央付近に位置し東西に広く、1本部2署6分署1分遣所(002)、職員数204名、救急隊は10隊運用で、令和5年における救急件数は、約6000件である。
福島県内には4つの救命センターがあり、救命センターを中心に4つのMedical control (MC)体制が敷かれている。

001
福島県内の12の消防本部

002
須賀川地方広域消防組合
2.症例
1月某日、早朝7時台「高齢男性が道に倒れている」と通報あり。救急隊1隊(救命士2名搭乗)が出場した。
接触時、高齢男性が積雪の道路上に仰臥位(003)。出血なし。車の輻輳なし。安全管理は自隊で可能であった。外気温は-4℃であった。
病者接触時の状況を表1に示す。意識レベルはⅡ-10、橈骨動脈の触知が微弱であった。呼吸は正常。ドロップ試験したところ、右上肢が自然と落下あり(004)。外傷所見なし。
寒冷環境下のため、救急車内収容を優先した。外傷を認めないため、そのままストレッチャーへ収容した。この時点では、外傷より、脳卒中や心疾患、大動脈解離等の可能性を考えていた。
たまたま病者の顔見知りが現場におり、現場から約20mの距離にある自宅へ妻を呼びに向かってくれた。妻によると「朝の7時ごろ散歩に出発した。起床後から体調変化なし。既往歴なし、服薬等なし」とのことであった。
受傷機転の把握では、滑った形跡なし、出血痕や、車の破片等もなかった。顔見知りは事故の音なども聞いていなかった。以上から、外因というよりは、内因性疾患だろうと考えた。
車内活動及びバイタルサインを表2に示す。
厚着していたが体幹部の体表面に不自然な湿りがあり(005)、冷や汗と判断した。心電図でSTの上昇を認め(006)、この時点で急性冠動脈症候群による心原性ショックを疑い、AEDパッド装着した。腋窩の検温で体温低下を認め、心原性ショック及び低体温症も考慮し、搬送先は救命センター手配と判断した。
特定行為は、心原性ショックを疑い、地域MCプロトコールに従い未実施である。
車内収容し、脱衣をしつつバイタル測定。家族の到着を待ち、現場を離脱した。搬送途上、意識レベルJCS 300、徐呼吸、総頸動脈微弱となり、near CPA判断とし、胸骨圧迫を開始(007)したが、2プッシュ目で払いのけ動作があり(008)、発語も見られ、呼吸正常、総頸動脈触知も良好、JCS20へ改善した。その後は変化はなく、病院到着いている。なお、継続観察で頭部外傷(後頭部皮下血腫、擦過傷、微量出血)(009)を認めたが、急変時の気道管理等に備えるため、ネックカラーは未装着とした。
時間経過を表3に示す。
診断名は、急性心筋梗塞(下壁)。重症。約2週間の入院加療ののち、独歩で退院した。

003
接触時、高齢男性は積雪の道路上に仰臥位

表1
接触時状況

004
ドロップ試験で右上肢が自然と落下

表2
車内活動及びバイタルサイン

005
体幹部の体表面に不自然な湿りあり

006
心電図でSTの上昇を認めた

007
胸骨圧迫を開始

008
2プッシュ目で払いのけ動作あり

009
頭部外傷を認めた

表3
時間経過
3.考察
季節柄、雪道、転倒のキーワードから外傷を念頭に活動を組み立てがちである。結果論ではあるが、本症例は急性心筋梗塞であった。本症例では心電図に目を奪われ、全身観察を車内収容後すぐには行っていなかった。本来であれば、外傷が否定されるまでは、頭部保持や全身固定といった処置が必要となる。今回は、心電図が顕著なST上昇であったため、早急に活動方針を変えたものである。今回の症例の様に、外傷にとらわれず、常に複数の選択肢を持ち、傷病者からヒントをもらうべく観察精度を上げる必要がある。
ポイントはここ
急性心筋梗塞の症例である。目撃のない卒倒症例では、心臓や脳疾患以外にも外傷や中毒など、幾つ者要因が意識障害を起こす可能性があり、注意が必要である。
本症例では氷点下4度で高齢男性が路上に倒れていた。筆者はまず交通事故を否定し、妻からの情報によって内因性疾患に焦点を絞り、心電図から心筋梗塞を推定したものである。

著者紹介
木下訓 きのした さとし
出身地:和歌山県
2004年:消防士拝命
2012年:救急救命士合格
所属:須賀川地方広域消防組合
趣味:サッカー
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