近代消防 2025/04/15 (2025/05月号) p45-7
両下肢の脱力を主訴とした急性大動脈解離
ー見抜けなかった原因を考察するー
仲村信哉
彦根市消防本部
目次
1.はじめに
我々、救急隊員は、主訴や受傷機転および観察結果から総合的に病態を判断している。今回、両下肢の脱力を主訴とした「急性大動脈解離」を経験したことによって、病態を総合的に評価する必要性を改めて認識させられたので、その内容を報告する。なお写真は全て再現である。
2.症例
覚知は午前1時15分。「38歳男性、自宅便所で下肢に力が入らず喋りにくいもの」との指令を受け救急出場した。
一戸建て住宅の玄関から進入し、廊下の角を一つ曲がったところで病者を発見した。病者は、便所前の廊下で下半身を露出した状態で腹臥していた(001)。現場到着時に家族の誘導はなく、病者接触後に家族と接触したが、家族から焦りや緊迫感は感じられなかった(002)。
初期評価の結果は、意識清明、気道開通、呼吸正常、脈拍は橈骨動脈で強く触知でき速さは正常、左右差もなく、皮膚所見も正常で、ショック状態は否定した(003)。
主訴は両下肢の脱力のみで(004)、救急隊接触時に呂律困難は改善されていた(005)。麻痺所見は、両下肢の運動麻痺、右下肢大腿部遠位の感覚麻痺、左下肢全体の感覚麻痺であった(006)。
車内収容後にバイタル測定を行った結果、収縮期血圧に左右差は見られなかったが、230mmHgと高い値であった(007)。バイタルサインの異常な観察所見は高血圧のみであり、既往症もなく対麻痺の突然発症であったため、脊髄梗塞や整形外科的な疾患を考え病院選定を行った。
また、搬送途上に両下肢の痛みと痺れを訴える状態であった。その状況を今でも鮮明に覚えているが、それは違和感でしかなく、病者の訴えに対して懐疑的(008)になってしまい、そんなわけはないと疑っていた。
この症例の診断結果は「急性大動脈解離スタンフォードA型」であり、当隊が救急搬送してから2時間後に、外科的手術目的で近隣の専門病院へ転院搬送となった。

001
便所前の廊下で腹臥する病者(下半身を露出)

002
焦りや緊迫感のない家族

003
初期観察(呼吸・脈拍・皮膚所見正常)

004
両下肢の脱力

005
呂律困難の改善(会話可能)

006
麻痺所見

007
車内収容後のバイタルサイン測定

008
病者の訴えに対して懐疑的な救急隊員
3.考察
大動脈解離は急性期において疼痛が主症状であり、突然発症する。A型解離では前胸部痛、解離部位の拡大とともに移動したり、一時的に疼痛が消退することもある。胸部・腹部大動脈分枝の灌流障害により虚血症状が稀に生じる。今回の事案のような脊髄虚血による下肢対麻痺は約4%で見られ、脳虚血による脳神経症状の合併率は3~7%で見られる1)。
今回の事案で「急性大動脈解離」を疑えなかったことを反省するとともに、それに繋がる所見について考察する。
発症状況については、大便後の呂律困難を伴う突然発症であり、胸痛、腹痛、両下肢の痺れ、対麻痺の順に発症した。これは、突然発症した前胸部から移動する疼痛であり、脊髄虚血による下肢対麻痺と脳虚血による呂律困難が合併したことが原因である。次に、搬送中の訴えについては、懐疑的にしか思えなかった「痛みと痺れ」についての訴えであるが、これは解離部位の拡大に伴う疼痛と痺れであることが考察できる。
今回の事案における反省点は、対麻痺を主訴とした急性大動脈解離の経験がなく、稀な症例ではあるものの知識がなかったことである。また、病者の主訴を信じられず疑ってしまい、対麻痺にのみフォーカスしてしまったことで、視野が狭まった活動となり、総合的に判断ができなかった。
病者の主訴を鵜吞みにしてはいけないが、主訴の中には、病態把握に繋がる重要なピースが潜んでいる。それらを逃すことなく集め、他覚所見と合わせて総合的に評価する必要性を改めて認識させられた。
文献
1)『2020年改訂版大動脈瘤・大動脈解離診察ガイドライン』
ここがポイント
大動脈解離を判断する上での困難をよく表した症例報告である。振り返れば観察した症状は大動脈解離として矛盾しないのだが、背部の移動する激痛や血圧の左右差がなかったために思いつかなかったのだろう。200を超える高血圧や変化する神経症状は大動脈解離を強く疑う症状である。読者諸兄もこの際大動脈解離の症状を見直して欲しい。

仲村信哉
読み仮名
なかむらしんや
所属
彦根市消防本部消防署南分署第2部
出身地
滋賀県彦根市
消防士拝命年
平成17年4月
救急救命士合格年
平成26年4月
趣味
スローライフ、野球、読書


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