260620最新救急事情(271)学習性無力感

最新救急事情

月刊消防 2025/12/01号 47(12), 通巻558号 p68-9

最新事情

学習性無力感

目次

はじめに

「ビリギャル」をご存知だろうか。学年最下位の女子高生が1年半猛勉強をして慶應義塾大学に合格したノンフィクション作品である。初版は2013年に出版され2年で100万部以上を売り上げた大ベストセラーで、映画も2015年に公開されて大ヒットした。そのビリギャルが最近出した本1)に「学習性無力感」という概念が犬の実験とともに記載されていた。抑うつ状態のモデルの一つであり、職場でも問題となりうるこの概念について述べてみたい。

犬の実験

「学習性無力感」とは、何をやっても状況が変わらないという環境に置かれ続けると、状況を変える努力を放棄して無力感を学習することをいう。この反対が「ポシティブ心理学(「褒めて伸ばす」など)」である。

1967年にマーティン・セリグマンによって提唱された概念で、有名な実験を下敷きにしている。その実験はこうである2)。

↑文献5)から引用

第一段階として、犬の胴体をハンモックで吊るし、手足はブラブラさせる。次に両足に電極を付ける。左右どちらかの頬の横には板がある。ここで犬を8頭ずつ3つの群ABCに分ける。A群・B群では足の電極から何度も電気ショックを与える。A群は頬横の板を押せば電気が止まる。犬は初めは電気ショックで暴れて偶然に板に触れるのだが、次第に自分の意思で板を押すようになる。B群は板を押しても電気は止まらない。このことでA群は自分の動作で電気ショックを止められることを覚え、B群は自分では電気は止められないことを覚える。 C群では電気ショックは与えない。

↑文献5)から引用

第二段階として、24時間後、箱に犬を入れる。箱の手前半分は床に電極があり電気ショックが待っている。奥半分には電極がない。手前と奥は犬の肩の高さの塀で仕切られており、犬はジャンプすることで手前から奥へ逃げることができる。電気ショックは間隔はランダムで、備え付けられた電球が光った後に放電が起きる。一連のショックは1分間続き、1回の実験は終わり。この実験を10回繰り返した。その結果を表1,2,3に示す。

図1、2、3を提示してください

電気ショックは自分で止められると学んでいたA群の犬は8頭全部が9回の電気ショックの以前には塀を飛び越えていたのに対して、自分では電気ショックを止められないと学んでいたB群8頭のうち6頭は塀を飛び越えることなく電気ショックにじっと耐えていた。

学習性無力感は英語では英語ではLearned helplessness、直訳すると「助けが来ないことを学んだ」であり、犬の実験を正確に表現している。

9年後にセリグマンが書いた総説3)によれば、同様の現象はサカナ、ネズミ、トリ、サル、サル、ヒトにおいても観察できるという。

抑うつ状態のモデル

自分の力では状況は変えられないと考えた時、どんな人でもただ耐えるだけになるのは理解できる。そのため抑うつ状態のモデルとして、発表から60年近く経つ今でもコンスタントに論文が出ている。例えば、18-26歳349名を対象に人生の意味・自由意志・行為主体性と学習性無力感の関連を調べた研究では、自由意志は学習性無力感にも行為主体性にも関連していること(書いてあることは難しいが、要するに自分の考え次第で無力にも活発にもなること)が報告されている4)。

小さな成功体験が生き物を救う

犬の実験の主題は、自分ではどうしようもできない状態により何もしなくなる、という仮説を証明することであった。かわいそうなB群だけを見ていればそうなる。だがここでA群に着目すると、「小さな成功体験が自分を救う」ことを示している。これに気づいた学習性無力感の提唱者マーティン・セリグマンは後にポシティブ心理学を創設し今も活動している。

単純だが強いメッセージ

実験自体は非常に単純である。そして、犬を自分の子供や部下に置き換えれば、学習性無力感も、小さな成功体験が自分を救うことも、簡単に理解できる。この論文を読んで、自分の過去の行動を反省した。

もう一つ。この犬の実験を調べるに当たって、間違い、記事によっては意図して嘘が書かれていることに驚いた。原本の入手方法がわからなかったのでネットで実験方法を調べたのだが、正しく書かれていたのは日本の臨床心理学科の先生の論文5)だけで、その他の日本語の記事、加えて読んだ全ての英語の記事でも、いかにも動物を虐待しているように書かれていた。ビリギャルの本1)も同様である。原著に当たる大切さを再認識させてもらった。

文献

1)ビリギャル本人さやか:私はこうして勉強にハマった。サンクチュアリ出版。東京。2024p82

2)J Exp Psychol 1967 May;74(1);1-9

3)J Exp Psychol: General 1976 ;105(1);3-46

4)Arsian G: Scand J Psychol 2025 Aug 22: Online ahead

5)川崎医療福祉学会誌 1997; 7(1):11-18





 
 

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