月刊消防 2026/02/01号 48(02), 通巻560号 p66-7
リンク
はじめに
東京法令でずっとお世話になっている偉い方から「輸液の保温」について書いて欲しいとの連絡があった。温泉と同じで、体に入れるなら冷たいものよりも37℃に温めたもののほうが気持ちがいいだろうと思いグーグルAIに「輸液を温める利点」を聞いてみると以下の答えが返ってきた。
(1)低体温の予防。室温の液体が大量に入ることで低体温になり、不整脈発生や血液凝固異常発生の危険が高くなる。輸液を温めることでこれらの危険を回避する。
(2)快適。輸液される患者は冷たい液体を入れられるより暖かい液体が体に入ってくる方が快適である。
(3)回復の促進。暖かい輸液の方が回復が早い
この答えと一緒に文献も挙げられているのだがどれも二次以上の加工品である。多分全部本当なのだろうけど文献に当たって確かめてみた。
体温低下を防ぐという論文
常温の輸液と加温した輸液とで、どれほど体温は異なるのだろうか。腹腔鏡による大腸手術において体温変化を計測した報告1)が出ている。対象は51例。これを加温群25例と室温群26例に振り分けた。加温群では輸液を42℃に温め、室温群は室温のまま患者に投与した。輸液速度は1時間あたり5mL/体重kgとした。また動脈カテーテルによる一回心拍量変化(Stroke volume variation)を持続モニターし、この値が12%を超える場合は循環血液量が低下したと考え輸液250mLを15分かけて追加投与している。体温変化は食道に挿入されたプローブによってモニターしている。
結果は、麻酔導入直後は室温群36.5℃、加温群36.4度であったが、麻酔導入15分後では両群とも36.3℃と等しくなり、2時間後には室温群36℃、加温群36.3℃で有意差を認めた。
同じ手術でも結果が異なる
同じ手術で違った結果となった論文を紹介する。一つ目は輸液を温めることで体温低下と術後震えを防止できたとする2)。帝王切開の100名を対象とした研究で、輸液加温+空気加温群は輸液を加温しさらに下半身強制空気加温機を装着、空気加温群は空気加温だけで輸液は室温のまま投与している。術後に回復室に入った段階で輸液加温+空気加温群の深部体温は36.79℃であったのに対して空気加温群は35.96℃と有意に低かった。術後震えの発症率は回復室入室45分の時点で輸液加温+空気加温群25%、空気加温群75%と有意に低かった。
二つ目は輸液加温と下半身加温を行っても低体温や震えを防げなかったという論文3)。同じ帝王切開手術。加温群は23例で輸液加温と下半身強制空気加温機装着、対照群は毛布を下半身にかけただけである。手術後回復室に入室時点での体温は加温群で有意に高かったが、観察期間中に加温群で64%、対照群で91%が低体温となった。術中の震えについても加温群で22%、対照群で45%で発生した。
三つ目は2つ目とほぼ同じだが低体温も震えも防げたという論文4)。輸液加温+空気加温群と何もしない群で比較した。結果は輸液加温+空気加温群の方が術中低体温の頻度も震え発生の頻度も有意に低かった。
同じようなことをしていても結論が異なる。これではなかなかエビデンスにはたどり着けないだろう。
術後回復によい
人工股関節置換術の手術中に室温の輸液と35度に温めた輸液を行い、術中術後の状態を観察した前向き無作為研究がある5)。対象は64例で男34例女30例。平均年齢は71歳。半数を35℃に温めた輸液を行う加温群とし、半数を室温(22-23℃)のまま輸液を行う室温群とした。術中のバイタルサインの変化や輸血の実施例数には有意差は見られなかった。麻酔終了時から自発呼吸の出現までの時間、開眼までの時間、意識の回復時間、 気管チューブの抜管までの時間は有意に加温群で速かった。さらに術後の痛みの程度、術後震え(シバリング)の頻度、術後合併症の頻度も加温群が室温群より少なかった。
輸液を温めたくらいでそんなに違うものなのか、にわかには信じられないし、追随した研究も調べた限りでは見つからないので真偽のほどは不明である。
メタアナリシスによれば効果は不明
温かい液体を点滴すれば体温低下は防げるだろうし震えも少なくなると思うのだが、メタアナリシスによるとそのエビデンスはないらしい。2015年の論文6)であるが、24本、合計1250例を対象とした論文を横断してまとめたところ、研究デザインが不明瞭でバイアス(思い込み)リスクが高い論文が多いためエビデンスの質は中程度にとどまっていることがその原因としている。体温低下を防ぐ効果や震えを防ぐ効果にはっきりとしたエビデンスは認められず、心血管系合併症、感染症、褥瘡、出血、死亡率、入院期間、予定外の集中治療室入院、有害事象といったデータは検討されていないとしている。
エビデンスは不明
グーグルAIには申し訳ないが、結論として「輸液を温めても有意差のある改善点はない」となるようだ。これは文献6)に書かれているように、研究の質が低いことに起因する。メタアナリシスの論文6)より人工股関節手術の論文5)の方が発表は遅いにしても、輸液を温めたくらいで患者がそんなに良くなるとは思えない。
ただ、温めることは(有意差はないとしても)良いことに繋がるのは間違いなさそうなので、患者へ投与する輸液は可能なら温めてあげよう。
文献
1)J Int Med Res 2016 Apr 6;44(3):605-12
2)Ann Afr Med 2020 Jun 3;19(2):137-43
3)Anesth Analg 2016 May;122(5):1490-7
4)Eur J Anaesthesiol 2019 Jun;36(6):442-8
5)Medicine(Baltimore) 2017 Mar;96(13):e6490
6)Cochrane Databese Syst Rev 2015 Apr 13;2015(4):CD009891
リンク
コメント