泣こよっか、ひっ跳べ
救急の基礎を紐解く!? 初心者でもわかる救急のポイント
第2回
観察(視覚情報収集のポイント)
Lecturer Profile
徳永和彦
(とくながかずひこ)
所属:南薩地区消防組合大笠分遣所
年齢:47歳
出身地:鹿児島県南さつま市加世田
消防士拝命::昭和55年
救急救命士資格取得:平成11年
趣味:疲労止め(だれやめ=晩酌のこと)家庭菜園、木工と山菜採り
観察(視覚情報収集のポイント)
はじめに
第1回では、救急隊員としての適切な接遇とコミュニケーションスキルについてのポイントを紹介しました。今回は、救急現場や傷病者から直接得られる情報の中で、最初に飛び込んでくる視覚情報「見る」「見える」について、観察手技としての「視覚情報収集のポイント」について触れてみます。
救急活動の視覚情報
救急活動は、傷病者を適切な時間に適切な処置を施し、適切な場所へ安全に搬送することが、重要な任務であるわけですが、活動全体のマネージメントは、観察~評価~処置~確認の繰り返しです。
救急活動の中でもマネージメントの分岐点を左右するのが観察です。その中でも、「見る」という観察項目は救急活動の出発点として非常に重要です。視覚情報は瞬時かつ大量の情報を私たちに与えます。つまり、現場の様々な視覚情報は、その後の活動方針、観察の絞り込みなど、救急隊員に多角的な発想や気づきをもたらす可能性があるからです。しかしながら、視覚情報を考える場合に忘れてはならない点が二つあります。
1、見えない部分も見ること
救急現場は、何も整理されていないOPENな環境に曝された傷病者の状況観察から活動がスタートします。多くの視覚情報から緊急度、重症度のある情報を収集し、適切な観察と処置を行い、病態に応じた病院を選定し早期に搬送しなければなりません。つまり、救急活動は「見る」行動から始まりますが、視覚情報に頼り過ぎ、観察を省略すれば、視覚情報では確認できない、見えない部分の緊急度、重症度の高い症状を見逃してしまうことが出てきます。
「一人暮らしの老人が自宅のトイレで倒れている」との指令で出場した私は、通報内容から脳卒中を疑いました。現場での傷病者は、トイレ前の廊下に倒れており、失禁の跡が見られました。呼びかけにも返事は曖昧でしたので、観察もほどほどに脳卒中を強く疑い、搬送準備に取り掛かりました。ストレッチャーに収容しようと、傷病者の腰に手をかけたとき、「あ痛よ~、痛かがこら~」と叫ばれてしまいました。実はこの傷病者は、足が不自由でトイレに行くときに誤って転倒し腰を打撲、痛みで動けず失禁してしまい、痛みと羞恥心から呼びかけに答えなかったとのことでした。病院での診断は大腿骨の頸部骨折でした。
2、視覚情報を適切に処理すること
また、現場が遠距離で深夜の外傷現場に出場したとき、頭部、顔面を負傷した3人の傷病者を確認、予測以上の負傷者と重症度から緊張し、処置と搬送をどうしようかと困惑しました。応援の救急車は現場まで、1時間近く掛かること、傷病者の1人が重症の頭部外傷で早急の病院への搬送が必要なこと、現場を引き継ぐ者がいないことなどから、止むを得ず、救急車に負傷者3人と関係者1人、救急隊3人が乗車し病院へ搬送した事があります。
病院前の救急活動は、悲惨な事故現場や、突然の発病に動揺した家族、関係者が見守る急病人のいる場所など、特殊な環境下に置かれることがしばしばあります。目撃した状況に緊張し、困惑し思考能力が低下して、処置活動ができなることもあります。いかなる事態にも対応する心構えをしていないと、緊張し、冷静な判断が出来ずに現場滞在時間を引き延ばすことになりかねません。
傷病者の視覚情報ポイント
写真1 現場到着時に傷病者を確認
視覚情報は傷病者から離れた場所からでも確認できます(写真1)。接近していきながら、大体の年齢、性別、体重、全体的な印象を把握すると同時に、体の姿勢だけでなく、周囲のものとの位置関係を含めた傷病者の体位を観察し、その動きにも注意し(周囲の状況を理解しているか、不安に陥っていないか、明らかに苦痛を感じていないか、など)、見てすぐに分かるほどの大きな外傷や出血はないかを確認します。
写真2 接近しながら傷病者と周囲の位置関係を把握
また、現場での傷病者の位置や受傷機転を観察することは、どの傷病者を最優先すべきかを判断するのに役立ちます(写真2)。
1、姿 勢
写真3 痛みや不快感の部位を守っている姿勢
傷病者が好む姿勢は、症状が楽になる姿勢であることが多いものですが、姿勢の傾向は、痛みや不快感の部位を守るように、痛みの方向に体を丸めた姿勢になることが多いことに気付きます(写真3)。
写真4 麻痺側が下になった側臥位
脳卒中の疑われる傷病者で、側臥位になっている時には、麻痺側が下になっている症例が多くみられると発表されています(写真4)。
2、出 血
拍動性に噴出する出血は、動脈の損傷を意味し、急速に循環血液量減少性ショックに陥る恐れがあるので、早期の止血処置を開始する必要があります。
変形の部位からの出血では、骨折端が皮膚を破っているように見えなくても、骨折部位と皮膚の創傷部位の間には通行があると考えての処置が必要です。
ア 出血の色調
初期は赤く、時間の経過とともに黒く変色します。この性質は、初歩的でありながら非常に重要です。
写真5 出血(約200ml、コップ1杯)
口や肛門から流れる血液の色調が暗赤色であれば、血管から漏れ出たあとに、一定時間を経たもの、明るい色であれば、血管から漏れ出て短時間のものと考えます(写真5)。
イ 皮下の出血
皮下の出血は、皮下出血の部位と解剖学的な位置に着目します。
色調としては、出血と同じで、受傷後は、鮮紅色で出血の多い部位は血液の貯留が透けて見えます。その後、時間経過とともに、紫を経て周囲から黄色に変色していきます。一方、皮下出血の部位は、色の変化とともに拡散し、末梢へ移動するため、出血の部位と痛みの部位が異なってきます。これは創傷を正しく判断するために重要です。
3、顔面、頸部
顔や頸部をみて全身所見を推測することが必要です。
ア 顔色
正常の皮膚色は黄白色でやや淡紅色を帯びています。顔面蒼白とは血の気のない顔貌で、循環血液量減少性 ショックや心原性ショック、貧血でもなります。
皮膚の色が紫色(暗紫赤色)となっている時はチアノーゼといい、低酸素血症を疑います。顔面紅潮は精神興奮の際や、発熱患者に見られます。黄疸は眼球結膜、皮膚、口蓋粘膜の黄染により気付くでしょう。
イ 表情、顔貌
写真6 正常顔貌
正常者の顔貌はいきいきとして、まとまりがあり、表情が豊かです、これを正常顔貌と呼びます(写真6)。
意識障害のある傷病者は、無表情顔貌、無欲状顔貌を呈し、また、ショックや高熱の傷病者でも、しばしば無欲状顔貌を呈します。
写真7 苦悶様顔貌
激しい疼痛など苦痛が強いときには苦悶様顔貌を呈します(写真7)。むくんだ顔貌は顔面に浮腫があると表現されます。眼瞼の浮腫を見ることが多いでしょう。
ウ 頸部
写真8 頸静脈怒張
頸静脈怒張(写真8)が半座位や座位でも認められたら、右心不全、うっ血性心不全、心原性ショック、緊張性気胸を考えます。甲状腺腫大を認めたなら甲状腺機能亢進症(バセドウ病)の疑いがあります。
4、嘔吐、失禁
ア 嘔 吐
嘔吐の有無は重要であり、嘔吐があれば吐物の誤嚥、窒息を念頭に置きます。嘔吐物が固形であるのか液体であるのか、そして血液が混じっているか、アルコール、薬物などの臭気があるかについても観察します。
イ 失 禁
写真9 尿、便失禁は意識障害を疑う
尿、便失禁があるかどうかをみます。失禁があれば意識障害があったものと考え観察を進める必要があります(写真9)。
まとめ
救急現場では、遠くからの視覚情報から具体的な病態予測を開始します。そこから想起される症状を、頭のなかで巡らせながら観察の距離を詰めていくわけです。距離が狭まり傷病者の表情が見てとれる距離になり、異常な呼吸や頸静脈怒張に気付くことができれば、傷病者に接触するときには、主な活動方針が決定できていることさえあるのです。また、わずかな血液でも広範囲に汚染され、さらには、血液の落ちた服や床などの吸水性や色調によって、出血量に対する面積の印象は大きく異なってしまいます。出血面積に惑わされることなく、ABCやショックの所見を、いち早く把握することが重要です。
視覚情報を手掛かりとして観察を進めて、生命を脅かす状態であるかどうか見極めることとが大切です。また、視覚情報に惑わされることなく、見えないところの緊急度、重症度のある症状を探り当てられてこそ、しっかりと観察の出来る救急隊員と言えます。
09.5.8/9:23 PM
XREA
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