OPSホーム>基本手技目次>手技130:Change! Try! Avoid Pitfalls! ピット・ホールを回避せよ(第4回)精神科救急搬送の対応
Change! Try! Avoid Pitfalls! ピット・ホールを回避せよ
第4回
精神科救急搬送の対応
Lecturer Profile of This Month
なまえ:比嘉武志(ひがたけし)
所属:浦添市消防本部 総務課救急救助係
出身;大阪府大阪市
消防士拝命 平成7年4月
救命士合格 平成5年4月
趣味:キャンプ、読書
シリーズ構成
田島和広(たじまかずひろ)
いちき串木野市消防本部 いちき分遣所
Change! Try! Avoid Pitfalls! ピットフォールを回避せよ
Chapter 4
精神科救急搬送の対応
いかに医療機関への治療に結び付けるか?
精神科救急への苦手意識を克服せよ!
精神科疾患傷病者の搬送については、救急活動が長時間になる、受け入れ先医療機関がなかなか見つからない等対応に苦慮する。また精神症状の見方や法律、人権の問題等からも精神科救急の対応について苦手意識を持っている隊員も多いと思う。今回はいかにスムーズに必要な医療機関での治療に結びつけるかをテーマに、私自身の精神科看護師としての経験も踏まえ、精神科救急の対応について考えてみたい。
精神科救急搬送は誰の仕事か
Who must carry an psychological patient?
○ピットフォール
「精神科救急搬送は消防の仕事ではないと思い込む」
○ソリューション
「救急隊の専門的立場からの介入は重要」
まず、精神科疾患の傷病者の搬送は消防の仕事ではなく警察が行うものということが議論になることがある。確かに警察官職務執行法の中で精神障害者の保護は警察官の職務になっており、自傷他害や幻覚妄想の激しい場合を含め社会的に秩序を乱す恐れのある方を保護するという観点からではないかと考えられる。だからと言って救急隊が精神科疾患の傷病者を搬送しないという訳ではなく傷病者に起こっている問題を医学的な観点からとらえ必要な医療に結びつけるという意味では救急隊員の専門的な知識や対応は重要であり、救急救命士法にも具体的な業務として精神科領域の救急救命処置が明記されている。
関係者が皆、逃げ腰で誰の仕事?と押し付け合い
現場で傷病者の対応や搬送について、関係者が皆、逃げ腰で誰の仕事?と押し付け合いになることがあるが(図1)、救急隊の立場から傷病者の病態や家族を含めた状況に合わせてどのような介入が必要かの判断と関係機関との連携を図りながら必要な医療に結び付けていくことは重要である。
精神症状=精神疾患、ではない
Psycological symptoms sometimes happen to ordinary people
○ピットフォール
「精神症状があると精神疾患と思い込む」
○ソリューション
「身体疾患を見逃さない」
奇異な言動、精神症状が前面にあると、身体所見をしっかりとらずに精神科疾患と決め付けて対応しがちである。
私自身が経験した事例であるが、「50代男性が家の中で急におかしなことを言って落ち着かない」との要請により出場し、現場では十数分前から急に落ち着かなくなりおかしなことを言って家中を歩きながら物を投げたりして意思疎通も図れずバイタルサインも測れない状態であった。
外耳からの出血
はじめてのことで既往歴や内服歴もなく飲酒もしていないとのことでまず精神疾患が頭の中に浮かんだが、精神科医療機関への搬送に結びつけるには府に落ちず、少し落ち着いたところで観察を始めると外耳からの出血があり(図2)、またトイレのドアが開いていることから外傷等の身体疾患を疑い、救急医療機関を選定し搬送した。結果、頭部外傷でありトイレで転倒し便器で頭部を強く打ったことが疑われた。
まず器質的な疾患や意識障害等の身体的な病態を疑いこれらを除外することが大切である。身体的な疾患があって精神症状を伴う場合は身体的にも重症であることが考えられる。年齢、性別に加えバイタルサイン、既往歴や飲酒歴、内服、発生状況等、傷病者に関する情報を総合的に収集し、生命にどのくらい危機が迫っているかの判断を最初に行うことが重要でありこれは他の傷病者と変わりない。
精神症状の見方
Observation of psychological symptoms
○ピットフォール
「精神症状の見方が分からない」
○ソリューション
「まずは傷病者の精神症状や状態をそのまま受け止める」
精神症状を観察する場合、意思疎通が計りづらい、状態が分かりにくく、その後の医療機関受診の必要性の判断や対応が難しいことがある。
精神症状と言っても多岐に渡っておりそれぞれの病態については専門書に譲るが、興奮や幻覚妄想状態等の激しい精神症状から昏迷状態で外からの刺激に反応できないような状態までどのような精神症状であっても、まずは傷病者に起こっている状態に共感し「肯定も否定もせずそのまま受け止める」という姿勢が大切である。
救急隊はあなたを助けに来たということをきちんと伝える
傷病者に起こっていることや訴えは本人にしてみれば現実であり、「神様が私を呼んでいる」と言っていることを「誰も呼んでいないですよ、幻聴があるようなので病院に行きましょう」と否定して説得しても傷病者には通じない。まずは傷病者に起こっていることを受け止めた上で救急隊はあなたを助けに来たということをきちんと伝えることが大切である(図3)。
警察官が来ることでより興奮
傷病者に救急隊員を受け入れてもらえた上で精神症状や程度、治療の必要性を客観的に整理し、医療に結び付けていくための次の対応を検討する。また、傷病者が救急隊員や警察官が来ることでより興奮したり心を閉ざしてしまうこと(図4)、逆に制服を見て素直に説得や医療機関への搬送に応じることもあるがアプローチする前に家族や関係者からの情報を得て家族から救急隊員が来たことを伝えてもらいアプローチすることも一つの方法である。最初につまづいてしまうとその後、取り返すのに苦労する。精神科救急の対応に限ったことではないがどうせ精神科の患者だから説明しても通じないと決め付けてかかると視野が狭くなり、その後の観察や判断に見落としの出る可能性がある。
以前、市内精神科医療機関より看護部長を招いて精神症状の見方について研修会を実施した。
傷病者との信頼関係をいかに構築することができるかがキーワードであったが、医療機関では時間をかけて関係を構築することができるが救急現場では短時間でいかにそれを行うかが難しいと感じる。
まず傷病者の訴えや体験していることを「そのまま受け止める」という姿勢が重要であると思う。
法律を知ること
Knowing lows for psychological patients
○ピットフォール
「精神保健福祉法と入院形態に関する理解が不十分」
○ソリューション
「救急活動を行う上での最低限の法を理解した上での対応」
精神科救急の対応、適切な医療へ結び付けることを考える場合には前述した精神症状の見方や対応に加えて法律や入院形態に対する理解が重要である。
平成12年に改正された精神保健福祉法では傷病者の人権に配慮しつつ、適正な傷病者の保護、医療を確保し、社会復帰の促進を目的としていくつかの措置が講じられているが、その中から、救急隊の活動に関連が深いと思われる「入院形態」と「緊急に入院が必要となる精神障害者の移送制度の創設」について人権保護の観点を含め触れてみたい。
表1は精神保健福祉法に規定された精神病院への入院形態である。
任意入院とは、本人の同意に基づく入院で、精神保健福祉法では人権擁護の観点からも、医療を円滑かつ効果的に行うということからも、これを原則的な入院形態としている。沖縄県においては精神科病院入院患者の7割がこの入院形態である。
任意入院以外のうち医療保護入院と応急入院についてはどちらも精神保健福祉法の第33条に記載されており、
共通する点は
(1)精神保健指定医の診察の結果、精神障害者である。
(2)適切な医療を行うため、又は保護を図るため入院が必要である。
(3)精神障害者であるため本人の同意を得ることが出来ない。
の3点にまとめられ、
異なる点は
(1)医療保護入院では、保護者の同意があれば本人の同意は得られなくても良いことに対し応急入院では本人及び保護者の同意が得られない場合でも72時間に限り入院させることができる。
(2)医療保護入院では精神科病院管理者は入院の措置をとったとき、また退院させたときは10日以内に最寄りの保健所長を経て都道府県知事に報告となっていることに対し、応急入院では精神科病院管理者は入院の措置をとったときは直ちに最寄りの保健所長を経て都道府県知事に報告する。
となっており、応急入院には報告義務も含め時間的な制限があり医療保護入院よりも緊急性が高いものと考えられる。
また、措置入院及び緊急措置入院については精神保健福祉法第29条に記載されており
共通する点は
(1)一般人や警察及び検察官、または矯正施設及び精神科病院の管理者などからの通報。
(2)都道府県知事の権限。
(3)精神保健指定医が入院させなければ自傷又は他害の恐れがあると診察した場合(図5)。
となっており、
異なる点は、
措置入院では精神保健指定医2名の診察の一致であるが緊急措置入院では72時間に限り1名の精神保健指定医の判断で入院させることができることである。緊急措置入院は措置入院の条件が整うまでより緊急な場合にとられる入院手続きであると考えられる。
以上のことから、任意入院以外は本人の同意を得ないままの入院形態であり、強制力を持つこと、さらには医療保護、応急入院では精神科病院の管理者が入院の主体となっているが措置入院、緊急措置入院においては都道府県知事が権限を持つことでより、緊急性、強制力が強くなることと理解できる。
特に自傷他害の可能性がある場合は救急隊自身の安全を確保することも含め、緊急性、入院形態を決める上での判断が重要である。
「どうにかして病院に連れて行って下さい。」
また精神科救急の対応での大きな問題として傷病者をどうやって医療機関まで連れていくかということがある。受診を拒否する傷病者のそばで「どうにかして病院に連れて行って下さい。」と家族に懇願され困った経験のある救急隊員は多いと思う(図6)。緊急性が高いと判断される事案に限って自分自身で治療の必要性を判断できなかったり受診を拒否する場合が少なくない。上手く受診、治療に結び付けられず病態が悪化し本人や家族の苦悩が長引くこともある。
精神保健福祉法第34条では、それまでなかった傷病者の移送についても明記されており、任意入院以外で、緊急に入院を必要とする状態にあるにもかかわらず精神障害のために本人が入院の必要性を理解できず、家族や主治医等が説得の努力を尽くしても受診に同意しないような場合に限り、必要な保護、医療を確保するため都道府県知事の公的な責任において適切な医療機関へ移送することができるとしている。
ただし精神保健指定医の診察や事前調査、本人及び保護者への告知、記録、移送先医療機関が応急入院指定病院に限られていること、移送制度の濫用等、緊急に対応するには条件や課題が多く上手く機能しているか疑問がある。平成16年日本精神科病院協会により実施されたアンケートによると法第34条移送制度が完全に機能していると答えたのは40県中1県、1政令指定都市(4.8%)でまったく機能していないと答えた県が30県、殆ど機能していないと答えた県が7県で両者を合わせると90%を超えていた。
自傷他害の恐れがあり、法第29条により措置入院になる可能性のある場合は速やかに警察への連絡、保護を依頼するが、それ以外で本人の意に反して強制力を使っての移送は人権保護の観点からもその後の治療に適切につなげると言う意味からも慎重に対応する必要がある。
救急隊には身体を拘束する権限は与えられておらず、救急業務実施基準第13条には
「隊員は、救急業務の実施に際し、傷病者又はその関係者が搬送を拒んだ場合は、これを搬送しないものとする」と規定されている。
精神障害の程度や本人に的確な判断能力があるかどうかをポイントにする
しかし、拒否したから搬送しないと短絡的になるのではなく精神障害の程度や本人に的確な判断能力があるかどうか(図7)をポイントにして搬送の可否を含めた対応を臨機応変に検討する必要がある。現場でどこまで傷病者を説得するかが議論になることがあるが家族も含め積極的に精神科救急医療システム及び医師の助言、指示を活用しながら説得に努め、極力本人の同意を得た上での搬送が望ましい。また緊急に医療・保護が必要と判断されるにも拘らず説得を尽くしても応じない場合には34条移送制度の活用検討も考慮する。
精神科救急の活動においては傷病者に対する観察、情報収集はもちろん法的側面、人権保護の観点からも留意することが重要である。
精神科救急医療のシステム作り
Structure of psychological emergency system
○ピットフォール
精神科救急医療システムが上手く機能していない
○ソリューション
精神科救急医療システムを補完する対応
システムを利用しても搬送医療機関がなかなか決まらない
平成7年にスタートした精神科救急医療システムについては、現在はほぼ全国で実施されており、その趣旨は「精神科医療を必要とする者が、いつでも安心して相談や受診ができるよう、精神科救急医療システムを整備し、精神障害者等の適切な医療及び保護を確保して、精神保健福祉施策のさらなる充実を図る」とされている。しかしながら多くの精神科救急に関する救急隊員の発表からも分かるように、システムを利用しても搬送医療機関がなかなか決まらない(図8)、アルコール、身体合併症に関する搬送先がない、相談窓口が24時間対応でない、関係機関の連携が不十分である等「上手く機能していない」「有効でない」という指摘が多い。
沖縄県における精神科救急医療システム(表2、表3)においても事ある毎に同様の問題が指摘されてきた。ハード面においては何回かの連絡調整会議後、関係者からの強い要望により下記の4点が改善された。
・当初、土曜・日曜・祝祭日の夜間は実施されていなかったが平成11年10月より沖縄県立精和病院がこの時間帯を受け持つことになり、365日24時間体制で実施されるようになった。
・県内主要新聞に毎日掲載される救急医療機関情報に精神科救急医療情報センターの連絡先が追加され県民に周知されるようになった。
・それまではなかった精神科救急医療システムに係る当番病院輪番制一覧表が県内消防本部救急隊に通知されるようになった。
・応急入院指定病院が当初の2箇所から20箇所に増えた。
これら体制の拡大により、関係者や県民にシステムが広く周知されたことは評価できるが救急隊が対応する精神科救急について具体的にどのように改善されたかはあまり見えて来ない。当消防本部では、市内精神科病院へ働きかけ数回の検討会を持った結果、平成15年に県精神科救急医療システムに沿った対応を行ってもなお受入医療機関の選定に苦慮する場合において下記の条件のもとに当該医療機関への受入を可能とする取り決めを行った。
【平安病院への搬送条件】
身体合併症がない場合
自傷他害の恐れがない場合
県精神科救急医療相談窓口との対応に時間を要し受入医療機関が決定しない場合
傷病者及び保護者が受診に同意している場合
保護者が不明で本人が受診に同意し、上記(1)から(3)のすべてに該当する場合
【平安病院への搬送に該当しない条件】
身体合併症がある場合
自傷他害の恐れがある場合
傷病者が受診に同意していない場合
県精神科救急医療窓口との対応に時間を要さず受入医療機関が決定する場合
飲酒者
平安病院が満床の場合
また、県精神科救急医療システムにこの独自の取り決めを合わせて当消防本部の精神科救急事案における活動要領を整理しフローチャートとして作成した(表4)。県の精神科救急医療システムの上手く機能していない部分を補完することが目的であり、現場で活動が長時間になり、なかなか受け入れ先医療機関が決まらない場合に一つの道筋が増えたことは評価できるが、活動時間が長時間になる、受け入れ先医療機関がなかなか決まらないという課題に対しての対策としてはまだ不十分であり、この取り決め後の検証が十分されていないことも反省点である。
現場での連繋
Relationship between organizarions
○ピットフォール
関係機関の連携不足
○ソリューション
救急隊がリーダーシップをもってコーディネートする
もっと積極的に参加、問題提起し改善に努めていくこと
最後に現場での関係機関の連携について考えてみたい。傷病者の状態や保護者を含めた背景は様々であり既存のシステムやテキストにある対応の通りに行かないことが多い。救急隊、警察、精神科救急医療システム、精神科病院、救急医療機関、保健所等関係機関の連携が必要になると思われるが、それぞれの立場からの業務や責任の範囲、マンパワー不足、利害等が絡み合い受入れ医療機関を含めた対応が決まらず現場で立ち往生してしまうことがある。定期的に開催されている県精神科救急医療連絡会議にも何度か参加しているが同じ精神科病院の間でさえ医師を中心とした医療スタッフ確保の問題、病床確保の問題、かかりつけ病院の定義の問題、救急輪番日に傷病者を受け入れる基準・判断等で意見がまとまらないようである。システム開始当初は関係者の間でさえ救急隊が精神科救急搬送を行っていることを殆ど知らなかった。もっと積極的に参加、問題提起し改善に努めていくことが必要である(図9)。
これまで精神科救急に対する対応を述べてきたが救急隊員にはこれらの知識を基に、現場で傷病者の状態と保護者を含めた情報収集を行いどのような問題があり、それに対しどの機関のどのような介入が必要なのかを見極め連絡・調整し必要な医療に結び付けていくためのコーディネート役を積極的に担っていくことが求められているのではないかと思う。
おわりに
Writer’s comment
精神科救急に対する対応について、救急隊員の視点から、如何に医療機関での治療にスムーズに結びつけることができるかをテーマに述べた。法的な面、人権保護の観点から留意することはあるが、精神疾患であっても早期発見と早期治療が傷病者のより早い回復や予後につながることは同じである。法律や体制が変わるには時間がかかるが精神科救急の対応に関し現時点でできることを救急隊各々が今一度確認することを提案して本稿を終えたいと思う。
引用・参考文献
References
1)救急救命士標準テキスト(改定第六版)
2)沖縄県保健医療計画(平成20年改定)
3)救急医療ジャーナル「精神科領域における救急医療」(NO22)
4)救急現場のピットフォール「17.ハードな精神科救急に見られる精神科疾患」
5)プレホスピタル・ケア「精神障害者の救急搬送」(通巻33号)
6)沖縄県の精神科医療の現状「沖縄県医師会報」(平成18年5月号)
7)わが国における精神科救急医療システムについての提言「日本精神科救急学会」(平成11年9月)
8)移送に関するガイドライン「公衆衛生審議会精神保健福祉部会」(平成12年1月)
09.12.16/1:53 PM
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