耕運機に左足を挟まれた事例
2018年4月5日木曜日
•はじめに
奈良県広域消防組合は県内11消防本部が合併し、平成26年4月1日に誕生した消防組合である。管轄面積は3,361k㎡で県全体の80%に及び、奈良県の大部分を占める全国最大規模の管轄面積を誇る消防本部である。その広大な管轄をカバーするため職員数は1,284名、救急車は62台保有している。また、平成27年中の救急件数は43,938件で高齢化率や軽症者率の上昇で救急需要は増加の一途をたどっている。その中で私が勤務する御所消防署は奈良県の中部、大和平野の西南部に位置し、西部には金剛山・葛城山があり、緑豊かな自然に囲まれたところである。年間の救急件数は約1,600件、救急車は2台配備されている。
•発生日時と通報内容
平成28年某日。畑で作業中であった男性が、耕運機に左足を挟まれたと付近住民からの通報により、指揮隊、高度救助隊が救急隊と出場した。表1に時間経過を示す。
【出場途上の考察】
通報内容から、過去にも類似事案を経験していたため、救助に時間を要することが予想された。そのため、現場状況によっては早期にドクターカーの要請や救急救命士による心停止前の静脈路確保を行う必要があると考え、現場へ向かった。
•現場到着時の状況
現場到着時、傷病者は仰臥位の状態で、左下腿部が小型耕運機のロータリー部分に巻き込まれた状態であった。(写真1)
写真1
傷病者は仰臥位の状態で、左下腿部が小型耕運機のロータリー部分に巻き込まれた状態であった。
【接触時の考察】
左下腿部の状況から救出に時間を要すると判断したため、ドクターカーを要請したが、他事案出場中で出場は不可能であった。
•救急活動の状況
傷病者の意識レベルは清明、呼吸・循環状態は安定していた。なお、左膝部から末梢にかけての知覚はなかった。バイタルサインについては表2のとおりであり、中濃度酸素マスクを使用し、5リットル/分で酸素投与を開始した。現場で高度救助隊によりエンジンの停止及びクラッチの状況を確認後、左右にあるロータリー部分のうち巻き込まれていない右側部分を工具を使用し(写真2)取り外した(写真3)。
写真2
左右にあるロータリー部分のうち巻き込まれていない右側部分を工具を使用し取り外しにかかる。
写真3
ロータリー右側部分の取り外しに成功
そして、もう一方の巻き込まれているロータリー部分の分解作業中にドクターカーが出場可能となり現場へ到着した。医師と協議の結果、現場で分解作業を行うには、痛みと時間を要することから現状のままで搬送との活動方針を決定、耕運機を収容可能な大きさまで分解し、耕運機ごとバックボードに固定後、車内へ収容した。
写真4
医療機関に収容後、全身麻酔下にロータリーの抜去を試みる
写真5
下腿部に刺さっている爪(2個所)の取り付けナットを外し、ロータリー部分を下腿部から取り外した
7.活動を通しての考察
本症例は傷病者の左下腿部が小型耕運機のロータリー部分に巻き込まれ、同部位の著しい損傷及び窮屈な肢位を執っていることからクラッシュ症候群や血管損傷による循環血液量減少性ショックを考慮し、医師にオンラインメディカルコントロールを求めた。しかしながら本傷病者は透析を必要とする現病があったことから輸液については慎重で、ドクターカー同乗医師が現場へ到着し、自ら観察した結果から輸液投与を行うかどうかを判断するとのことであった。
•おわりに
奈良県広域消防組合では平成28年4月に高度救助隊と県内で初となる救急ワークステーションが発足した。今まで以上に救急隊・救助隊が連携し、刻一刻と変化していく傷病者の容体や環境に対応できるよう訓練を行い、連携を密にし、より豊富な知識を身に付ける必要性を強く感じた事案であった。
医師からのアドバイス
旭川医療センター病理診断科 玉川進
救急隊の判断が傷病者の残りの人生を左右することがある。切断肢はその一つである。
第一に傷病者を救うこと。出血が続いているようなら縛ってでも出血を止めなければならない。外傷によるショックに対する輸液については、輸液後に出血を助長し患者の予後を悪化させる可能性が指摘されており積極的には行わない。
次に切断肢を守ること。今回のようなひどい状態の四肢であっても医師は接着を試みる。再接着が成功すれば、その脚が満足に動かなくても義肢の土台となり、その土台は長ければ長いほど傷病者の負担は少なくてすむ。再接着を成功させるためには、一刻も早く切断肢を病院に運ぶ必要がある。今回は耕耘機を現場で完全には分解をせずにそのまま病院まで運んでいる。適切な判断である。
著者
西村基史(にしむらともふみ)
nishimura.JPG
・勤務先 奈良県広域消防組合 御所消防署 救急課 救急係
・出身地 奈良県御所市
・拝命 平成14年
・趣味 バスフィッシング
コメント