040703常識は変わる

 
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最新救急事情

040703常識は変わる

研究が蓄積してくれば、常識が180度変わることがある。川で溺れた少年を引き上げたタイガーマスク伊達直人は胸郭圧迫法で人工呼吸をして少年を救ったし、星飛雄馬はうさぎ跳びをして足腰を鍛えている。私が学生のときには胃は塩酸を作るため胃にはバイ菌が住めないと教えられたのだが、今ではピロリ菌が胃潰瘍から胃がんの原因として広く認められている。
今回は常識の意味を考えてみたい。

気管挿管で救命率は低下する

まずは気管挿管を否定的に見た論文1)を紹介する。
プレホスピタルケア領域での気管挿管の是非は今まで討論されてはきたものの、症例数をみるといずれも少なく、信頼のおけるデータとは言えなかった。筆者らは5773症例を対象として病院前に気管挿管した群とバックマスクで搬送した群を設定し、死亡率を比較した。比較に当たっては両群で年齢、外傷スコア、外傷機転をマッチングさせた。 これらマッチングで検討対象となった症例数は気管挿管群316例、バックマスク群217例であった。死亡率は気管挿管群で89%であったのに対してバックマスク群では31%と有意な差が見られた。覚知から病院収容までのプレホスピタル時間は気管挿管群で22分であったのに対してバックマスク群では20分であった。この結果から著者らは外傷の種類にもよるがと但し書きした上で、気管挿管には予後に有利な点はないこと、手技の複雑さから病院収容が遅れることを指摘している。
今までいろいろ文献を紹介してきたが、こんなにはっきり差が出たものは初めてである。あまりにも差がありすぎて本当かなと疑いたくなるほどだ。しかし気管挿管が救命に必須であると言う認識を改めるには有効であろう。

高濃度食塩水の点滴は無意味

これも以前に書いたことがある。通常補液は生理食塩水や乳酸リンゲル液など浸透圧が血液と同じものが用いられる。浸透圧が低い場合には赤血球が壊れ、浸透圧が高い場合には血管痛や血管炎を引き起こすためである。しかし浸透圧が高い場合には血管外水分を血管に引き入れることにより静脈圧が維持できること、脳浮腫が改善することが知られており、主に脳外傷の患者に勧められるというのが以前の内容であった。
今回はJAMAからコントロールスタディが出たので紹介する2)。筆者らはプレホスピタル・ケアで高浸透圧食塩水を投与することにより生存率が向上することは知られているが神経学的な効果は不明とし、神経学的な効果を検討した。研究は無作為割当の二重盲検で行われ、229人を対象とした。これらの患者はグラスゴーコーマスケールで9未満、血圧で100mmHg未満であった。患者に対しては7.5%の高濃度食塩水250mLもしくは乳酸リンゲル液250mLが投与され、必要に応じてさらに輸液が行われた。神経学的な評価は6ヶ月後にグラスゴーアウトカムスケールで点数分けをした。病院到着直後の血中ナトリウム濃度は食塩水を投与した群が149mEq/Lとリンゲル液の141mEq/Lより高かった。6ヶ月後に生存退院した患者の割合は食塩水群55%リンゲル群50%と差はなかった。6か月後のアウトカムスケールでも食塩水群5,リンゲル群5と差はなかった。その他の神経学的ないかなる指標についても差は認めなかった。これらの結果より、高濃度食塩水を投与しても通常の輸液を用いても効果に差はないと筆者らは結論付けている。
前に書いたこととは内容が全然違う。塩水くらいで頭が良くなるのかなあと疑いながら読んでいたら、やっぱり批判的な論文が、それも定評あるJAMAに掲載されたのは驚きであった。

二相性除細動の出力は大人も子供も同じ

単相性のときの除細動の出力は成人の場合には 固定値が、小児では体重あたりいくらと決められていた。現在日本でも主流になりつつある二相性除細動器を小児に使う場合にはやはり体重あたりで出力を設定するのだろうか。もし同じでいいのだったら空港などで壁にかけてあるAEDを小児にも用いることができるのだが。この疑問に答えるために子豚を使って実験したのがこの論文3)である。
4kgの豚を新生児に、14kgの豚を幼児に、24gkの豚を学童に見立てそれらを単相性除細動群と二相性除細動群に分けた。人為的に7分間の心室細動を起こさせたあとに、単相性除細動群ではは24kgの豚では200/300/360Jの順で、4kgと14kgの豚では2/4/4J/kgの順で放電し、二相性除細動群では全ての体重で51/78/81Jの順に放電した。その結果、除細動4時間後のejection fraction (左心室が一回の拍動で駆出する血液量の割合)は二相性除細動群で高く、24時間後の生存率と神経学籍評価においても体重に関わらず二相性除細動群で勝っていた。この結果から成人用のAEDを小児に用いても良いのではないかと筆者らは結論している。
これも本当だろうか。生まれたばかりの赤ちゃんに大人用のパッドを取り付けてドンとやったら赤ちゃんが壊れる気がする。

何が正しいのか

地球が太陽の周りを回っているのは正しいと思うし、DNAが二重らせん構造で核に収まっているのも正しいと思う。ではビックバンはどうだろう。糖尿病も統合失調病も原因は全て遺伝子なのだろうか。
今あなたの手元にある文献は本当に真実を述べているとは限らない。大学で研究をしている身としてつくづくそう思う。それが道路の上での研究であっても試験管の中の反応であっても、一つのデータを右から見るか左から見るかで異なる結論を導くことは実に簡単なことだ。結論が同じであっても論文に現れるのは書いた人の思想であって、表現の仕方で読む方の印象は全く異なって来る。
論文を読むときには疑いの目を持って読もう。私の書いた文章もしかり、である。

引用文献
1)J Trauma. 2004;56:531-6
2)JAMA. 2004;291(11):1350-7
3)Resuscitation. 2004;61(2):189-97


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