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月刊消防2002 1月号「最新救急事情」第29話



月刊消防2002 1月号「最新救急事情」第29話

HTMLに纏めて下さいました粥川正彦氏に感謝いたします


月刊消防2002 1月号「最新救急事情」第29話

炭疽菌最前線

全米を震撼させている炭疽菌。幸い執筆時点では沈静化に向かいそうだが、このよう な菌が簡単にばらまかれること自体が恐怖である。Scienceと並ぶ世界最高峰の科学 雑誌Nature 1)では炭疽菌に関する過去の論文から出版前の最新文献までをインター ネット上で公開しており、米国医師会雑誌JAMA 2)でも出版前に記事をホームページ で公開している。今回は両誌から新聞では読めない情報を提供しよう。

症例1)

死亡症例1はブレントウッド郵便局で仕分けをしていた47歳男性。悪心と腹痛で10月 16日発症したが本人は食あたりだろうと仕事を続けた。4日後、短時間の意識消失を 起こしたが救急隊が来たときには回復していたので入院はしなかった。翌日午前2 時、腹部症状に加えてめまいと発汗もひどくなったので自分で車を運転して救急病院 を受診した。来院時呼吸困難と胸痛があり、体温36.1℃、血圧82/59、脈拍18/分、 SpO2 99%(以下大気中)。

レントゲン写真では右肺上下葉間に陰影を認めた。輸液と 胃腸薬投与で症状軽快のため胃腸炎の診断で3時間後帰宅。症状は悪化し、翌日午前 4時に妻がバスルームで倒れている患者を発見した。病院では血圧76/46、脈拍 152/分、呼吸28/分。この時点でCNNではワシントンDCで炭疽菌患者が出たと報道して おり、本症例でも炭疽菌が疑われた。

血液検査では白血球増多(31200/mm3)、胸部レ ントゲン写真では肺浸潤と縦隔陰影の拡大が見られた。末梢血採血ではイトミミズの ような細菌が見られ、血液培養によって「竹が連なった像」の炭疽菌と同定された。 抗生物質の大量投与に反応せず胸水が大量に貯留、人工呼吸管理ののちに心室細動を 起こし入院5時間後に死亡した。解剖では縦隔を中心とした気管・血管に多数の粘膜 下出血とリンパ節腫大を認め、腹水も2.5Lあった。

死亡症例2は同じ郵便局で仕分けをしていた55歳男性。症例1が発症した翌日の10月 17日から熱っぽかった。4日後、呼吸困難・胸痛・咳・悪心・嘔吐・高熱で症例1と は異なる病院を受診した。体温38/9℃、血圧119/73, 脈拍150/分、SpO294%。血液 では白血球増多と脱水を認めた。胸部レントゲン写真では右下肺野は真っ白であっ た。ここの病院スタッフは炭疽菌のニュースを知っていたのですぐ治療を開始した が、13時間後には人工呼吸となり、直後に心停止となった。血液培養では馬のしっぽ のような大量の炭疽菌を認めた。

生存症例1は同じ郵便局で郵便物輸送をしている56歳男性。10月16日微熱で発症。3 日後に発熱・咳・倦怠感で病院受診。関節痛・食欲不振・喉の痛みといった、鼻以外 の風邪症状があった。体温37.5℃、血圧157/75、脈拍110/分、SpO2 98%. 呼吸音減 弱、白血球数正常上限。胸部レントゲン写真では胸水を認めた。血液培養では炭疽菌 を認めた。抗生剤大量投与により重篤ではあるが第20病日にも生存している。

生存症例2は同じ郵便局で仕分けをしている56歳男性。10月17日からだんだん頭痛 がひどくなってきて3日後に受診。体温37.6℃、血圧133/87、脈拍127/分、SpO2 94%. 聴診で下肺野の呼吸音減弱以外異常なし。白血球数正常よりやや多い。胸部レ ントゲン写真では胸水を認めた。大量抗生剤投与により症状軽快し入院中。

炭疽菌の特徴

炭疽菌は芽胞という硬いカプセルを作り少なくとも60年は生きられる。また右記の症 例のように感染から死亡まで短時間で死亡する。この2点により75年以上前から約2 0の国によって生物兵器として研究されてきた。

肺炭疽感染の詳細な報告は3つしかなく、86-97%が死亡すると考えられていた。しか し、今回の事件での肺炭疽患者に共通の症状が出ること、肺炭疽10例のうち死亡は4 名であることが明らかになった。共通の症状としては頻脈・極端ではない発熱、白血 球増多、胸部レントゲン写真の異常陰影である。腹痛と胸部不快感も高頻度に見られ る。抗生剤が有効であるがいくつかの種類を合わせて使う方が治療効果が高いことも 分かった2)。

解毒剤を求めて

炭疽菌毒素は3つの蛋白からなる。人間の細胞に付着するための蛋白(鍵)・致死因 子・浮腫因子である。鍵が人間の細胞表面の鍵穴に嵌ると細胞膜に穴が開き、そこか ら致死因子が流れ込んで細胞は死ぬ。このうち、人間の細胞表面にある鍵穴の構造が 最近明らかになった。この鍵穴をいくつも作ってばらまけば、鍵を持った毒素はそち らにくっついてしまい症状は出なくなる。実験では人工的な鍵穴により細胞が生き延 びている1)。また、穴を塞ぐ栓も発見された。もし細胞に穴が開いてもそこを栓で塞 げば致死因子は入らなくなる1)。別の研究1)では致死因子の構造を明らかにしてい る。構造が分かればそれに対抗する薬剤の可能性も出てくる。

これらの研究が新薬に結びつくためには1年以上の年月が必要であり、現在の騒ぎに 間に合うものではない。「この事件が単独で終わると信じる理由はどこにもない。事 実、炭疽菌やたぶん他の病原体による追加攻撃がありそうだ。現在の、そして将来の 脅迫に対抗するために医療のプロは警戒し目を見開き聞き耳を立てることが重要だ」 とJAMAは結んでいる2)。

文献1) Nature 2001; 414(Nov 8)http://www.nature.com/nature/anthrax/
2) JAMA 2001;286(Nov 28)http://pubs.ama-assn.org/bioterr.html


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