050106マニュアルに書いていないこと

 
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050106マニュアルに書いていないこと

最新救急事情

マニュアルに書いていないこと

 私が普段接している救急隊員は知識の吸収に貪欲で、JPTECでもICLSでも先頭を切って受講する人たちが多い。しかし救急隊員全体を見渡した場合には、新しいプロトコールやマニュアルに対して感動はするものの、批判的精神を持って理解しようとする人は少ないように思われる。
 私が初めてJPTEC(当時はPTCJ)のデモを見た時、派手なログロールに接して感動するとともに、なぜせっかく寝ている人を横向きに、それも90度までする必要があるのか不思議に思ったものである。バックボードに乗せるのならずらせばいいわけだし、背中を見るのなら90度まで持ち上げずとも、手を指し入れれば出血などおおよそのことは分かるだろう。
 今回はJPTECマニュアルへの反論を紹介する。

ログロールは危険

 JPTECで盛んに推奨しているログロールを用いてのバックボード移動と、皆でよいしょと患者を持ち上げてバックボードに載せるリフトアンドスライド(JPTECではログリフトと呼ぶ)での、頸椎の動揺についての報告1)が出ている。
 頭部保持に1人、体幹移動に5人の計6人でチームを組み、ログロールとリフトアンドスライドで患者の頸部の動揺(角度の変化)を測定した。患者役は健常な学生とし、ネックカラーは装着しなかった。頸部の動揺は患者役の額とみぞおちに付けたセンサーで測定した。その結果、頸部の前後運動、左右運動、回旋運動の全ての運動においてログロールがリフトアンドスライドより動揺が大きかった。さらに筆者らはチームに5日間の訓練を施して訓練の成果を見たところ、リフトアンドスライドでは動揺の減少が見られたのに対し、ログロールでは訓練前から改善がなかった。筆者らはログロールで体幹を90度に傾けることにより頭部が動揺するとし、もし本当に脊椎が破壊されて脊椎の生理的生理的彎曲が消失している場合にはログロールは冒険であるとしている。

ネックカラーも効果は期待できない

 ネックカラーについてはさらに評価が低い。これはアメリカの救急隊員が使っている3種類のネックカラーの性能を、屍体5体を使って検証した報告2)である。屍体には神経外科医が第5頸椎と第6頸椎の間で完全断裂を作った。ネックカラーはMiami J, Ambu, Aspenの3種類である。ネックカラー装着は理学療法士が行い、体位変換と移送は3人の医師と2人のアスレチックトレーナーが担当した。ネックカラーの効果は前述のログロールと同じ機械で頸部の動揺を検討した。その結果、3種類のネックカラーで頸部の動揺に差がないばかりか、ネックカラーを付けない状態とも有意な差は認められなかった。この研究でもログロールとリフトアンドスライドの検討を行っており、その結果では頸部の前後屈でログロールがわずかに動揺が少なかったものの、左右運動と回旋運動ではログロールがリフトアンドスライドより有意に動揺が大きかった。

頸椎保護の欠点

 頸椎保護についても、頸部貫通創という特殊な例だが反論3)が出ている。
 筆者はイスラエル軍の軍医である。過去にネックカラーを装着して搬送された患者で出血や皮下気腫の発見が遅れた症例を経験したことから、頸椎保護について反論を試みている。Advanced trauma life supportでは「頸部貫通創については持続的にネックカラーとバックボードで固定しなさい」と書いてあるが、その論拠は屍体で検討したわずか1編の論文からに過ぎない。筆者らは自験例と関連病院の記録を調べ、頸部貫通銃創の身体症状、神経学的症状、治療法をピックアップした。その結果、対象患者は44例で(42例が銃創)、治療法の記載のある36例を対象とした。20人(56%)は皮膚の傷だけだった。残り16例中8例(22%)では病院到着後にネックカラーを取り去った時に大きな血腫もしくは皮下気腫を発見した。12例で頸椎骨折を認めたものの、手術的持続的頸椎牽引を施行したのは1例であり、その症例では頸椎から胸椎にかけての椎弓の破壊と完全四肢麻痺が見られた。フィラデルフィアカラーを装着したのは2例であった。12例では頸椎と関係のない手術が行われた。これらの結果から、筆者らは銃創における頸椎保護について独自のルールを提案している。つまり、1)意識があり神経学的に明らかな症状がない場合にはネックカラーを含む頸椎保護は必要ない、2)神経学的症状がある、もしくは意識障害があって神経学的症状が分からない場合には頸椎保護を考慮する、3)他の致死的外傷がある時には頸椎保護を考慮する、ということである。

    反論を考えること

     JPTECではいろいろなことが決まりとして提示されている。そのため反論の原稿も書きやすいのでありがたいのだが、しかし、これらの手技を否定するのは私の本意ではない。なぜこれらの器具や手技が採用されるようになったかを考えて欲しいのである。
     リフトアンドスライドでは2つの論文とも6人で行っている。日本の救急隊は普通3人しかいないのだから、患者をバックボードに載せるにはログロールを行うしか方法がない。ネックカラーについても体位変換には無力であってもその後の搬送時の頸部動揺を抑える作用があるのかもしれない。頸椎保護については銃創は例外と考えることもできる。
     マニュアルには最低限のことしか書いていない。次の段階ではマニュアルには書いていないことが要求される。マニュアルを越えるためには自らが疑問を持ちそれを解決する姿勢が必要である。ソクラテスばりにマニュアルを論破するのもいいだろう。この世に完全な理論なんて存在しないのだから。

    文献
    1)J Athletic Training 2003;38:204-8
    2)Spine J 2004;4:619-23
    3)Injury 2000;31:305-9


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